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社会動向レポート

脱炭素社会の実現と自社の成長につなげるサプライヤー協働(2/3)

環境エネルギー第2部 西脇 真喜子

3.陥りやすい失敗と対応

本稿では、サプライヤー協働の進め方・段取りに入る前に、多くの企業が直面する課題について紹介したい。筆者のコンサルティングの経験上、以下の2種の差異に関する考慮が不十分であることが、実務としてのサプライヤー協働の設計を誤らせていることが多い。


  • 目標設定優先と成果把握優先の差異
  • データ収集における製品ベースと組織ベースの差異

以下、それぞれについて解説する。

(1)目標設定優先と成果把握優先

サプライヤー協働の究極のゴールは、サプライヤー各社が排出量の実質ゼロ化を見据えた野心的な目標を設定し、それを着実に進捗させている状況である。しかし、こうした状況は一足飛びには実現しない。実務としては、(a)実質ゼロ化を見据えた野心的な削減目標を設定してもらうことを優先するか、(b)削減取組みを実施しその成果を確実に算定・報告してもらうことを優先するか、そのどちらかを選ばなければならない。

どの考え方を取るかでサプライヤー協働の働きかけは異なる。(a)目標設定重視ならば、サプライヤー企業に求めるのは将来的な削減余地の検討である。排出量算定の精度は多少粗くてもよいので、脱炭素化に係る今後の技術展望(系統電力の低炭素化や脱炭素燃料等の商業化)を重ね合わせて、将来的に可能となる削減の限界を見通すことが必要となる。(b)成果把握重視ならば、緻密な排出量算定が必要である。足元の削減取組みの成果が排出量に反映されるには、取組みの進捗指標が排出量の算定に使用されていなければならない。サプライヤー企業への要請内容は、2つの考え方で大きく異なることになる。

目標設定優先の長所は、パリ協定に整合した削減目標「SBT」の認定取得を目指す際に、比較的取り組みやすい手段となることである。SBT認定はESG投資においても一定の評価対象となる*7が、そこには、スコープ1・2排出量の削減目標の設定の他、条件に該当する場合にスコープ3排出量に関する目標の設定も求められる。スコープ3目標の設定は2通りの手法があり、スコープ3排出量の削減率を宣言する手法に加え、サプライヤー企業に対してSBT相当の排出削減目標の設定を促す手法も認められている。サプライヤー企業に野心的な目標設定を促すことができれば、後者の条件を満たすことができる。サプライヤー1社1社が緻密な排出量算定を行うことや、削減取組みの成果を経年報告することは、次の課題としていわば先送りすることが許される。

ただし、最終的にはサプライヤー企業の排出量が、目標通りに実質ゼロ化に向けた削減を進捗させているかが問われることは避けられない。サプライヤーの削減取組みの成果を把握し、結果を踏まえて次の取組みを促す関係性を構築するには、成果把握優先のアプローチの方が、向いている。

サプライヤー協働を働きかける顧客企業も、働きかけを受けるサプライヤー企業も、協働の当座の目的が目標設定なのか、成果把握なのかを明確にしておくことが重要である。


図表2 目標設定優先と成果把握優先
図表2

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

(2)組織ベースと製品ベースのデータ収集

企業が直面することが多い課題の二つ目は、データ収集のフォーマットの問題である。先述の成果把握優先アプローチを採用する場合、買い手側はサプライヤーに対して自身の排出量データの提示を求めることになる。

サプライヤーに対してデータの提示を求める時、どのようなフォーマットでデータを収集するかが課題となるのだが、ここで多くの企業が直面するのは、収集する排出量データを製品ベースとするか、組織ベースとするか、という問題である。

①製品ベースのデータ収集

製品ベースのデータ収集は、サプライヤー企業が個々のモノ・サービスを製造・提供する際に排出されるGHG排出量を個々のモノ・サービス単位で積み上げ、顧客企業に報告するアプローチである。サプライヤー企業は自社工場内での製造時の排出量(サプライヤー企業のスコープ1・2排出量)のみならず、更に上流のサプライヤー企業から調達する素材や部品の製造時の排出量データを収集して加算することになる。製品ベースのデータ収集は、製品単位でライフサイクルアセスメント(LCA)を行い、その結果(GHG排出量に関するインベントリ分析結果)を顧客企業に提示することに相当する。

こうして算定される製品単位の排出量データは、工場での脱炭素化の取組みに加え、製品の薄肉化による素材使用量の削減等の設計上の工夫による削減効果が反映しやすい点が特徴である。製品単位のLCAの実施実績のあるサプライヤー企業であれば、取組みのハードルも低い。

加えて、現在広く採用されているサプライチェーン排出量(スコープ3カテゴリ1「購入した製品・サービス」等)の算定式を、そのまま活用できる点も大きなメリットである。現状、多くの企業は、スコープ3カテゴリ1排出量の算定において、調達する製品・サービス単位で、活動量(製品・サービスの調達量・調達額)×排出原単位(製品・サービスの単位量供給に伴う排出量)という算定式を使用している。この排出原単位は、現時点では各種の排出原単位データベースから値が参照されるケースが多いが、サプライヤー企業が製品ベースのデータ収集に基づく固有の排出原単位を顧客企業に提供することになれば、顧客企業はより実態を反映した値としてデータベースの排出原単位を代替し、利用できることになる。同じ算定式を使ったまま、顧客企業はスコープ3カテゴリ1排出量を、サプライヤー企業の削減取組みの成果が反映されるデータで置き換えることができる。

ただし、デメリットも存在する。最も大きなデメリットはデータ収集プロセスの複雑さである。特に、製品単位のLCAの実施実績がないサプライヤー企業にとっては、データ収集方法の理解と確立に多くの労力を要する可能性が高い。また、複雑さはデータ収集を継続的に実施する上での正確性にも影響を与える。データ収集を継続的に実施する中では、サプライヤー企業の担当者が変わる可能性や、製造拠点の物理的な構成や製造方法等が変わる可能性もある。この場合、報告開始時点に確立された方法が次の担当者に正確に伝わらない、製造拠点の変化に応じてデータ収集を適時変更することは難しい等の理由から、提出データの正確性に疑問が生じる場合も考えられる。

②組織ベースのデータ収集

これに対して、組織ベースのデータ収集は、サプライヤー企業が組織単位で排出量を収集し、組織単位の排出量から売上高あたり排出原単位を算定、顧客企業に報告するアプローチである。自社の排出量と調達物の排出量を個々のモノ・サービスごとに積み上げる必要性がなく、組織全体として捉えることができることから、製品ベースほどの複雑さはない。従って、顧客企業への報告開始以降に担当者や拠点の変更等が生じた場合にも、比較的容易に対応することができる。ただし、モノ・サービス単位でGHG排出量の削減取組みを行った場合の削減成果が製品ベースほどは反映されない。

③製品ベースと組織ベースの議論が求められる理由

製品ベースと組織ベースの議論はなぜ重要なのであろうか。企業が直面する課題と共にその理由について解説したい。

経営層がスコープ3を含めたGHG排出量の削減活動を推進する決断を行った後、実務面ではサステナビリティ関連等担当部署が対応することとなる。担当部署は通常業務としてスコープ3を算定し、CDP*8等の情報開示対応を行っている。

スコープ3を削減するために、サプライヤーデータを利用する算定方式へ変更したいと考え、サプライヤーデータの収集方法について担当部署内で議論が始まる。この時に担当者間で認識の齟齬が生じるケースがある。

排出構造の分析に着手する担当者は、排出量の大きな調達物を特定し、その調達物に係る原単位を低下させたいと考える。そのため、製品単位のLCAを想起し、サプライヤーに製品ベースでのデータ提供を依頼したいと考えるだろう。

一方、普段からCDPの情報開示対応を行っている担当者は、CDPサプライチェーンプログラム*9によってサプライヤーデータが手に入ることを知っている。同プログラムは組織ベースのアプローチを採用しているため、サプライヤーデータの収集は組織ベースと考える担当者もいるだろう。


このように、担当者によって描いているデータ収集の方法が製品ベースと組織ベースで分かれてしまうケースが少なくない。認識の齟齬が生じたまま実務に移行した場合、混乱が生じることは想像に難くない。

本稿で示した製品ベースと組織ベースの議論をサプライヤーデータの収集方法を見極める際の一助として頂きたい。


図表3 製品ベースと組織ベースの算定アプローチ
図表3

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

4.サプライヤー協働のステップ

それでは、サプライヤー協働の全体的な流れについて解説したい。

サプライヤー協働の進め方の大きな流れは図表4に示す通りである。紙幅の都合上それぞれのステップについて本稿で詳細に解説することは叶わないため、大まかな流れを提示するに留める。


図表4 サプライヤー協働の進め方
図表4

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

(1)ステップ1 排出構造分析

ステップ1はスコープ3の排出構造を分析するプロセスである。サプライヤー協働の究極のゴールである排出量の実質ゼロ化を達成するためには、排出量のホットスポットを分析し、そこに対して優先的に働きかけを行うことが効率的な進め方となる。ステップ1は成果把握優先の場合必須のプロセスであるが、目標設定優先の場合にも実施することをお勧めしたい。排出構造を把握することで、サプライヤーとのコミュニケーションの円滑化につながり、また、サプライヤー協働を進める中での手戻りの発生を防ぐことができる。

(2)ステップ2 対象サプライヤーの選定

ステップ2では働きかけを行う対象サプライヤーを選定する。本来は自社と取引関係のあるすべてのサプライヤーを対象とできれば良いが、数多くのサプライヤーと取引を行う中、すべてのサプライヤーを一度に対象とすることは現実的ではない。そのため、優先順位をつけてサプライヤー協働を行う対象を選定するプロセスが必要となる。例えば、調達量または調達額が大きいサプライヤーや、GHG排出量が多いサプライヤー等が優先順位の基準として考えられる。

(3)ステップ3 目標設定・削減活動の要請

ステップ3はサプライヤーに対してGHG排出量の削減目標の設定を要請し、削減取組みを喚起するプロセスである。目標設定優先の場合はこのステップがサプライヤー協働の根幹ともいえるプロセスとなるが、成果把握優先の場合はステップ4を先に実行しても構わない。

(4)ステップ4 サプライヤーデータの収集

ステップ4はサプライヤーデータを収集するプロセスである。製品ベース、組織ベースどちらのフォーマットとするかを検討し、サプライヤーに対してデータ収集と報告を依頼する。成果把握優先では、サプライヤー協働の成果を占う重要なプロセスであり、ステップ1で実施した排出構造分析の結果も含めて十分に議論し、データ収集方法を決定したい。目標設定優先の場合でもステップ4の実施をお勧めする。目標の設定要請を行ったからには、その進捗を確認することがサプライヤー協働を実施する企業の責任とも捉えられ、進捗状況についてはいずれ問われる。そのため、目標設定優先でもステップ4は実施し、サプライヤーの進捗によって削減活動の要請を再度促すという継続した活動が必要である。

(5)ステップ5 スコープ3上流カテゴリに反映

ステップ5は収集したサプライヤーデータを利用して自社のスコープ3上流カテゴリを算定し、サプライヤー協働の成果を反映させるプロセスである。ステップ4と5はその結果が情報開示に利用されるため、毎年実施するプロセスとなる。

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