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量子電子動力学シミュレータ(QuickQD)

背景及び目的

現在の主流の電子状態計算は電子が最も落ち着いた状態に収まり時間変化しない状態(固有基底状態)を計算し、この基底状態から物質の静的な特性を解析するものです。この基底状態の電子に外部から光のように時間とともに振動する電磁場を印加すると、電子は徐々にエネルギーをもって躍動的に時間変化する励起状態となります。この励起状態で解析される動的特性は基底状態の解析では得られない新たな知見となります。

そこでみずほリサーチ&テクノロジーズでは分子や結晶内の電子状態が外場によって励起され躍動的に時間変化する過程を第一原理計算でシミュレートする量子電子動力学シミュレータQuickQDを開発しました。基底状態のみを計算する他の電子状態計算プログラムでは解析できなかった以下の例のような動的特性を解析できるようになりました

適応分野

QuickQDは光などの振動電場・磁場によって基底状態にあった電子状態が駆動され、徐々に励起していく動的な過程を時系列的に計算・表示します。基底状態に限定されないため、励起状態を含めた物質の動的特性を解析することができます。例えば以下のような数値シミュレーションに適応できます。

超微細半導体回路の超高速スイッチング特性

適当なCADソフトでナノスケールの微小な2次元面にポテンシャルと誘電率の分布を指定することで半導体回路のモデルを作成しておきます。QuickQDで最初にこの2次元回路モデルに外部電界がオフの状態での表面電子の固有波動関数を計算します。次に直流あるいはテラヘルツの超高速交流の外部電界をスイッチオンして、この固有波動関数が電界で駆動されていく様子をシミュレーションします。電子密度分布や電流密度分布の時間変化が可視化出力されますので、これを解析することでこの回路の超高速なスイッチング特性などの動的な電流特性がわかります。


強パルスレーザーによる分子の非線形光学応答特性

量子力学の摂動理論で計算できる分子の光吸収スペクトルは光が弱い場合の線形近似式です。QuickQDは波動関数の運動方程式を直接計算するため強い光による振動電場のもとでも波動関数の振る舞いを計算でき、その結果、線形近似式では表現できなかった非線形光学応答特性もシミュレートできます。実際、パルスレーザーと呼ばれる電場の振動時間を数サイクルの短時間とし、その振幅強度を極めて大きくすることが実現されています。このパルスレーザーを分子に照射すると入射光と分子の電子が多段階的に複雑に反応した非線形光学応答の結果として、入射光の1000倍ものエネルギーを持った高次高調波と呼ばれる散乱光が測定されます。QuickQDではこのようなパルスレーザーによる分子の非線形光学応答特性としての高次高調波スペクトルをシミュレーションできます。

また、QuickQDでは弱い強度の光に対しても、すべての振動数の電場を重ね合わせたデルタ関数型の撃力電場を分子に照射する仮想的なシミュレーションによって、すべての振動数に対する電子の応答を線形近似の範囲内で計算することができ、この結果を解析することで振動数の広い範囲での動的誘電率、複素屈折率、光吸収スペクトルなどを理論計算で予測できます。


分子回路の交流応答特性解析

ナノテクノロジーの研究のひとつの究極の目標として、分子に導線やトランジスタの機能を持たせた電気回路を構成し、この超微細な回路を大量に集積して製造することで超高性能のコンピュータを作成することがあります。QuickQDにそのような分子回路の構造を指定して、まずは外部電界オフの状態で電子の基底状態を計算し、次に外部電界をオンにして電子の流れる様子をシミュレーションします。電子密度分布や電流密度分布の時間変化が可視化出力されますので、これを解析することでこの回路の超高速なスイッチング特性などの動的な電流特性がわかります。

また、QuickQDは量子コンピュータの回路のシミュレーションもできます。量子コンピュータのキュービットの電子の状態を基底状態と励起状態が線形結合した波動関数で計算するため、キュービットの演算操作で電子状態がどのように変化するかをシミュレーションできます。


数値シミュレーションの計算理論

QuickQDでは時間依存密度汎関数理論から導かれた次式の時間依存コーン・シャム方程式(TD Kohn-Sham equation)を基礎方程式として、波動関数の時間発展を数値計算します。

計算式

結晶や分子の多数の電子の基底状態にあった軌道波動関数が外場により駆動を開始し、それに伴い電子密度分布が変化し、電子間相互作用のポテンシャルも時間変化します。そのような時間変化するポテンシャルのもとでの軌道波動関数が複雑に時間変化していく過程を数値計算します。

計算方法の特徴

実空間法

波動関数を実空間の格子点で記述する方式を採用し、波動関数や電子密度の空間分布が分かりやすい方式となっています。また、計算を効率化するため、この実空間法に加えて平面波展開法も一部に採用しています。

実時間法

微小時間刻の間隔で逐次的に波動関数の時間発展を計算します。この際に数値計算が安定に進むように時間発展演算子を厳密にユニタリ行列として時間発展を計算する方式を採用しています。

外場作用

電子状態を時間発展させる外場として、静電場、動電場、静磁場、動磁場に対応しています。電位差のみを与える電場応答、磁場を印加する磁場応答、光の電磁場を照射した光応答を解析することができます。

周期境界条件

境界条件として以下の4種類を指定して計算することができます。

  • 孤立境界条件:孤立クラスター分子の計算に対応します。
  • Z方向の周期境界条件:鎖状の分子の計算に対応します。
  • XY方向の周期境界条件:表面の計算に対応します。
  • XYZ方向の周期境界条件:結晶の計算に対応します。

計算機能の特徴

並列化

OpenMPによるマルチコアCPUで並列に計算できます。
PGPUによるグラフィックボードで並列に計算できます。

出力データ

時間発展する電子状態から各時刻での期待値として以下の物理量を出力します。

【ノルム、分極、運動量、電流、エネルギー。】

これらの値は簡単な形式でファイルに保存されるため、gnuplotやexcelなどのプロットソフトで簡単にグラフにすることができます。また、ユーザーの要望に応じて出力データを追加することもできます。

可視化データ

3次元空間に広がる波動関数とそれから導かれる以下の3次元場の量を出力します。

【各軌道波動関数の分布、電子密度分布、電流密度分布、相互作用ポテンシャル。】

これらのデータは本ソフトウェア付属の可視化ソフトを用いて3次元グラフィックの動画として再生できます。

動作環境

Windowsパソコン各種、Linuxワークステーション各種

ソフトウェアの計算手法の論文

  • Naoki Watanabe and Masaru Tsukada, Physical Review E, Vol 62, No 2, 2914 (2000).
  • Naoki Watanabe and Masaru Tsukada, Physical Review E, Vol 65, No 3, 036705 (2002).

お問い合わせ

担当:サイエンスソリューション部
電話:03-5281-5311

サイエンスソリューション部03-5281-5311

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