
DXを起点に社会課題の解決に取り組むみずほリサーチ&テクノロジーズ。その1つとして注力しているのが教育DXの推進です。前編では教育DXを主導するデジタルコンサルティング部の伊澤 俊、栗山 緋都美と、医療DXの知見を活かして連携する社会政策コンサルティング部の近藤 拓弥が、取り組みの内容や意義を語ります。
日本の産業競争力を強化するために。基盤となる教育を、ゼロベースで変革
▲デジタルコンサルティング部 マネジャー 伊澤 俊
文部科学省が推進する「GIGAスクール構想」などにより、デジタル化が進む教育現場。その中でみずほリサーチ&テクノロジーズは、公教育における教育DXを積極的に推進しています。
教育DXを主導するのは、官公庁や民間向けにデジタル技術に関する調査やコンサルティングを行うデジタルコンサルティング部。マネジャーを務める伊澤は、教育DXを推進する背景をこう語ります。
伊澤:〈みずほ〉がグループ全体としてめざしているのは、日本の産業競争力を強化することです。そのために必要な社会イノベーションの創出を促すためにも、基盤となる公教育が非常に重要だと考えています。教育内容の質・量の見直しを軸に、教育を取り巻く環境も含めてゼロベースで変革に取り組んでいます。
単なるデジタル化にとどまらない本質的な公教育の変革。その中でとくに伊澤が重視しているのが、認知能力から非認知能力へのシフトです。
伊澤:認知能力とは学力テストで定量的に測定できる能力を指すと捉え、戦後から現在まで認知能力向上を軸に教育施策や学習法が展開されてきたと考えています。
しかし生成AIなど最新技術が台頭し、人間の在り方や役割が問われる中で、さらに重要なのは数値化の困難な自制心や協調性、遂行力などの非認知能力の向上ではないかと考えています。そうした見解が妥当であるかも検討しながら、非認知能力育成に重点を置いた教育へのシフトについて挑んでいます。
挑戦の実現においては、持続可能な仕組みをつくることも重要だと伊澤は続けます。
伊澤:変革にともない、新たな指導法を確立するなどの負担が教育現場に生じる可能性もあります。変革を進めるだけでなく、同時にDXによって教員の長時間労働を改善するなど、教育現場の理解が得られるような持続可能な仕組みづくりも欠かせません。
そのためにも、教員をはじめ教育を取り巻くさまざまなステークホルダーの意見をヒアリングすることが重要です。その上で従来のやり方から何をどこまで変えるのが最善かであるかを検討しています。
時間やリソースに限りがある中で最善の判断を行うためにも、鍵となるのがデータやエビデンスの利活用です。
伊澤:公教育に関する実態や課題について、客観的かつ科学的な根拠にもとづいて把握し、取り組みを検討する必要があります。そこで私たちはEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)を重要キーワードとして、証拠にもとづく政策立案を推進しています。
EBPMとは、先行学術研究や国内外における政策事例などにより創出されるエビデンスにもとづき、明確な政策目的を設定しつつ、統計・行政記録情報などのデータを活用した政策課題の特定や政策効果の検証を行うことを指します(EBPM推進にむけた、データ整備に必要な「5つの視点」なども参照)。
ステークホルダーの意見を聞き、より良い教育を実現する新たな施策の実施を支援すること、そして必要なデータやエビデンスを収集・分析し、適切な判断を支援すること。大きくこの2つの方向性で、教育DXに取り組んでいます。
どのようなデータ、エビデンスの活用が有効であるかは、まさに検討中の段階ですが、従来から比較活用の進む学力テストを通じ収集される学力データはもちろん、児童・生徒の自制心や協調性、遂行力などの非認知能力を示すデータ、教員の働き方の実態や働きがい・ストレス状況に関するデータなど、これまで収集・活用のなされなかった新たなデータ利活用の関心が高まりつつあると考えています。
デジタル人材育成に関する調査や海外事例を通じて考える、日本のDXにおける課題
▲デジタルコンサルティング部 シニアコンサルタント 栗山 緋都美
伊澤と同じデジタルコンサルティング部に所属し、シニアコンサルタントとして教育DXに携わる栗山。教育分野も含め、日本のDXにおける課題はデジタル人材の不足だと指摘します。
栗山:IMD(国際経営開発研究所)が発表した2023年度の「世界デジタル競争力ランキング」において、日本は総合32位でした。世界の中でも遅れをとっている背景には、デジタル人材の不足があると考えています。
この課題に対して日本政府も取り組んでおり、「デジタル田園都市国家構想」において2026年度までに230万人のデジタル人材を育成することが提言されました。日本のDXを推進するには、教育に限らず社会全体においてデジタル人材の育成が重要だと言えます。
栗山はこれまで、自身のキャリアを活かしてデジタル人材育成に関する調査やコラムの執筆などに取り組んできました。
栗山:私は社内公募でコンサルタントに転身する以前、ITエンジニアとして国際系の大規模銀行システムの開発・リリースを担当していました。その経験を活かし、経済産業省から受託した「デジタル人材政策に関する調査」の実施や、「DX推進におけるSREの役割」をテーマにしたコラムの執筆などを行ってきました。SREの役割に関するコラムは大手メディアにも取り上げられ、デジタル人材育成の今後につながる示唆が提示できたと感じています。
さらに栗山は、海外の事例も参考にしながら日本のDXがめざすべき方向性を探っています。
栗山:私は2022年に「デンマークの行政サービスのデジタル化」についてコラムを執筆したのですが、デンマークでは日本のマイナンバーにあたる個人識別番号が1968年には導入されていました。日本でもデジタル庁の発足を起点にデジタル化が推進されていますが、やはり民間だけでなく行政のDXも加速させる必要があると感じています。その点においても、公教育のDX推進は非常に重要だと言えます。
元ITエンジニアである一方で、子どもを持つ母でもある栗山。そうしたバックグラウンドが、教育DXに関するコンサルティングを行う上で役に立っていると話します。
栗山:教育DXには、デジタルやデータの利活用に加え、システム開発が必要な面もあります。そのためこれまで開発やプロジェクト管理で培った現場感覚が、教育DXのコンサルティングに役立っていると感じます。
私は産休・育休を経て現チームに異動し、教育DXに関する案件に本格的に携わるようになったのですが、親となったことで未来の子どもたちのために、これまで以上に当事者意識を持って業務に向き合うようになりました。
教育DXは、児童、生徒、保護者、先生、教育委員会、自治体、地域、国など、多様なステークホルダーを巻き込む非常に公共性が高い分野であり、民間企業だけでは変革が実現できない面もあります。
当社が官公庁とともに教育DXに取り組むからこそ、社会に大きなインパクトを与えられるという信念と、これからの教育をより良くするという使命感を持ち、社会課題の解決に貢献できることにやりがいを感じています。
医療分野で培ったデータ分析の知見を活かして。組織を超えた連携で挑戦する教育DX
▲社会政策コンサルティング部 マネジャー 近藤 拓弥
他分野で先行するDXの事例に学ぶため、デジタルコンサルティング部が連携を進める社会政策コンサルティング部。そこでマネジャーを務める近藤は、NDB(匿名医療保険等関連情報データベース)を用いた分析を担当しています。
近藤:医療分野は、他分野に比べてデータの収集や標準化、利活用が進んでいると言われている分野です。その要因の1つとして、レセプト(診療報酬明細書)データの存在があると考えています。
レセプトは、医療機関が実施した医療行為に対して費用の支払いを保険者に求めるために発行するもので、事務処理を効率化するためデータの標準化が進みました。レセプトには処置内容や処方薬、医療費など多岐にわたる情報が含まれており、NDBではレセプトデータを2009年度分より収集・蓄積しています。このNDBを用いて、日本の医療提供の実態や政策実施の効果について、分析を行うのが私の主な業務です。
医療分野のビッグデータであるNDBを活用し、取り組むべき課題が2つあると近藤は話します。
近藤:どちらも背景には少子高齢化がありますが、まず1つは医療費の増加です。医療費の適正化を進めると同時に、生活習慣病の予防など病気を防ぐ施策が必要だと考えています。
そしてもう1つが、医療・介護サービスの需要増加と供給不足です。今後、さらに需要と供給の乖離が大きくなることで、医療・介護のサービスを十分に受けられないことや、サービスの質が低下することなどが懸念される中で、サービス提供体制の再構築が求められています。
それらの解決策を検討する上で必要な分析を進めるにあたり、近藤はさらなる推進が期待される点があると指摘します。
近藤:昨年度「2040年の未来に向けた医療・介護のビッグデータ活用」についてコラムを執筆しました。より高度な分析を行うためには、医療以外のデータとの連携・共有が欠かせません。
2020年にNDBと介護DB(匿名介護保険等関連情報データベース)は連携されましたが、保健など各関連分野との連携や、医療機関と介護施設間、医療機関同士のデータ連携・共有はまだ十分ではありません。医療分野は教育分野と比較してDXが先行しているとは言え、まだまだ課題もあるのが現状と捉えています。
こうした課題にも向き合いながら、社会政策コンサルティング部では、ヘルスケア分野のビッグデータを活用したデータ分析サービスを提供しています。
近藤:厚生労働省が保有するNDBなどを利用し、データ分析の支援をしています。日本全国民の膨大なデータ量を扱うため、分析には高度なスキルはもちろん政策的知見も必要です。それらを有する当部の価値を発揮しながら、厚生労働省からの要望にもとづいて分析仕様を検討し、データの集計・分析を行っています。
具体的には「特定保健指導による生活習慣改善の効果検証」、「地域の歯科医療提供状況の分析」などです。現状を可視化することで、政策的示唆のある情報をご提供しています。
官公庁での案件に多くの実績を持つみずほリサーチ&テクノロジーズ。だからこそ担当できる業務や教育DXという新たな挑戦に、近藤は醍醐味を感じています。
近藤:アンケート調査では得られない、日本全国民の大規模データを分析できることがやりがいの1つです。分析結果が国の審議会の資料などで提示されることもあり、基礎情報の提供を通じて政策の検討に貢献できていると感じます。
もともと私は教育学部の出身で、両親が小学校の教員だったこともあり、教育分野には以前からとても親しみがありました。デジタルコンサルティング部との連携による教育DXの取り組みを通じ、入社前に培った教育分野の知見と、入社後にヘルスケア分野を担当する中で築いたデータ分析の知見を融合させ、新たな価値を創出できることに喜びを感じています。
「ともに挑む」ために。ステークホルダーの声を幅広く集め、データにもとづく意思決定を
組織の枠を超え、〈みずほ〉が教育DXの推進に注力する意義。それについて伊澤は、次のように語ります。
伊澤:〈みずほ〉は金融基盤の1つとして、日本の産業競争力強化や社会イノベーション創出のご支援を続けてきました。そこから金融の枠を超え、教育システムの変革をめざすさまざまなステークホルダーをご支援することは、ブランドスローガンである「ともに挑む。ともに実る。」の体現につながる取り組みの1つです。
「ともに」を追求し、協働する姿勢は、これからの時代に必要なビジネスの在り方であり、協調性や遂行力といった非認知能力を育成する教育へのシフトとも、整合するものと考えています。
教育を取り巻く数多くのステークホルダーとの協働が求められる中、伊澤は2つの課題があると指摘します。
伊澤:当事者である児童・生徒を第一に考えるためにも、教員や自治体、教育委員会、中央省庁など、多数のステークホルダーと慎重に議論を進めなければなりません。今後は、限定された範囲での意見収集にならないように、ステークホルダーの声に幅広く耳を傾けることが求められます。
一方で、広く意見を収集しすぎるとスピード感や推進力を失う可能性があることも、課題として挙げられます。そこで重要となるのがデータやエビデンスです。根拠にもとづいた議論を進める文化を醸成し、共通認識のもとで意思決定をするべきだと考えています。
教育DXは、教科内容だけでなく教育業界における意思決定の手法も変革する取り組みであると、当社では捉えています。私たちは教育現場を支える当事者の最終的な意思決定をご支援する立場として、データやエビデンスを活かした最適なソリューションをご提案していきたいと考えています。
データやエビデンスを活用するために必要な基盤は、文部科学省の取り組みによって整いつつあると伊澤は話します。
伊澤:1人1台端末をめざす「GIGAスクール構想」の開始から5年目を迎え、ようやくデータ収集の基盤が整ってきました。集積されたデータをどう活用し、児童・生徒の学びにおける付加価値の創出や教員・自治体職員の業務効率化に役立てるか——それを考えるフェーズにようやく入ったと感じます。
そこで参考となるのが他分野の成功事例です。近藤さんが専門とする医療ビッグデータの分析手法には大いに学ぶ部分があり、こうした組織横断の連携が当社の強みにもなってくると考えています。
期待される社会政策コンサルティング部との連携。医療分野の事例に倣うには、いくつものステップを踏む必要があります。
伊澤:データには多様な種類があるため、収集に向けてまず事前の設計が必要です。そして関係者間で目線合わせをしながら、さまざまなデータをどう連携して分析するかを考えなければなりません。
分析結果にもとづいた公正な判断を重ね、学習の質向上と効率化を実現するには、数えきれないほどのステップがあること。そのことも医療分野から学びながら、挑戦を続けています。
※ 記載内容は2024年8月時点のものです
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