COP28の総括と今後の気候変動政策の見通し

2024年4月4日

みずほリサーチ&テクノロジーズ サステナビリティコンサルティング第1部
コンサルタント

金池 綾夏

*本稿は、『みずほグローバルニュース』Vol.124(みずほ銀行、2024年3月発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。

はじめに

2023年11月30日から12月13日にかけて、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第28回締約国会議(COP28)がアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された。グローバルストックテイクと呼ばれるパリ協定の初めての進捗評価がどのような結論に至るのか、また世界有数の産油国である議長国UAEが世界の温室効果ガス(GHG)削減目標の達成に向けてどのようなリーダーシップをとるのかに、大きな関心が寄せられた。本稿では、COP28の結果を総括するとともに、今後の気候変動政策の見通しについて述べる。

1.5℃目標との「ギャップ」とグローバルストックテイク

本題のCOP28の結果の総括に入る前に、1.5℃目標の達成に向けて求められるGHGの削減水準と現行政策とのギャップについて触れておく。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2023年3月に公表した第6次評価報告書(AR6)統合報告書*1によれば、産業革命以前に比べて世界の平均気温の上昇を1.5℃以内に抑えるためには、世界全体のGHG排出量を2019年比で2030年に43%、2035年に60%、2040年に69%削減する必要がある。しかし、国連環境計画(UNEP)は2023年11月に発表した排出ギャップ報告書*2において、現行政策のままでは今世紀末に3℃の気温上昇につながると指摘し、1.5℃目標との大幅な乖離(ギャップ)を埋めるための政策強化を各国に求めている。

これらのギャップを世界全体で確認し、政策強化を後押しする仕組みがグローバルストックテイクである。グローバルストックテイクとは、2016年に発効したパリ協定に基づき実施される世界全体の気候変動の取組(緩和、適応、資金等)の進捗評価で、国が決定する貢献(NDC)の提出サイクルに合わせて5年ごとに実施される。COP28では、初めてのグローバルストックテイクの結論(成果文書)について議論が行われ、各国はそれを踏まえて次のNDC(2030年以降のGHG削減目標)を検討することから、その動向に大きな注目が集まっていた。

COP28の主な結果

本項では、COP28の総括として、グローバルストックテイクの結論について説明する。また、重要な論点とされていた「損失と損害」基金と、国内外で関心が高まっているパリ協定第6条の交渉結果について紹介する。最後に、交渉以外の動向として、COP28会期中に発表された主な国際イニシアチブについて整理する。

(1)グローバルストックテイクの成果文書を採択

COP28では、会期を1日延長した最終日に、グローバルストックテイクに関する成果文書が採択された。ここでは、1.5℃目標実現のため、2035年までに世界全体のGHG排出量を2019年比で60%削減する必要があることが明記された。これを踏まえ、各国は自国の次のNDCを2025年2月頃までに提出することとされている*3

また、成果文書には、1.5℃目標達成のために締約国が貢献すべき「GHG削減に資する脱炭素対策(global efforts)」が具体的に示された(図表1)。石炭火力発電フェーズダウン(COP26で合意)を除くその他の脱炭素対策は、いずれもCOP28において初めて合意されたものであるが、各国の事情を踏まえ、様々な対策の実施を容認する記載となっている。特に注目が高かった化石燃料に関しては、欧米やツバル、バヌアツなどの島嶼国と、サウジアラビア等の産油国の間で意見が対立したが、最終的には「化石燃料からの移行(transitioning away)」を進めることで決着した。フェーズアウト(phase–out)やフェーズダウン(phase–down)とならなかったものの、化石燃料からの移行が初めて脱炭素対策のひとつに位置付けられたという点は、COP28の成果としてグテーレス国連事務総長も評価している*4

図表1 グローバルストックテイクの成果文書に記載された世界の脱炭素対策

項目 内容
再エネ・省エネ 2030年までに再エネ発電容量を世界全体で3倍、省エネ改善率(年率)を世界平均で2倍
石炭火力発電 排出削減対策が講じられていない石炭火力発電のフェーズダウンに向け、取組を加速
ゼロ・低炭素燃料 ゼロ・低炭素燃料を活用し、今世紀半ば以前、あるいは半ば頃までのエネルギーシステムのゼロ排出に向けた世界の取組を加速
化石燃料 2050年までにネットゼロを達成するため、エネルギーシステムにおける化石燃料からの移行を進め、この重要な10年間で行動を加速
ゼロ・低排出技術 再エネ、原子力、CCUSを含む削減・除去技術、低炭素水素製造を含む、ゼロ・低排出技術を加速
非CO2(メタン) 2030年までに、非CO2排出、特にメタン排出を世界全体で加速的に大幅に削減
道路交通 ゼロ・低排出車の迅速な導入、インフラの構築を含め、多様な道筋のもとで道路交通の排出削減を加速
化石燃料補助金 エネルギー貧困や公正な移行に対応しない非効率な化石燃料補助金を可能な限り早期にフェーズアウト

出所:UNFCCC資料より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

(2)損失と損害のための基金の運用ルールを採択

グローバルストックテイク以外で重要な論点とされたのは、昨年のCOP27で創設が決まった、気候変動の悪影響に伴う「損失と損害」基金の運用ルールである。議長国UAEの事前の働きかけもあり、COP初日に、最初の4年間は世界銀行が暫定的に運営することで合意に至った*5。新興国が主張していた先進国に対する資金拠出の義務化は見送られたものの、UAEによる1億米ドルの拠出表明を皮切りに、日本の1000万米ドルを含む、約8億米ドルの拠出が2024年1月時点で表明されている*6。ただしこの金額は新興国における被害額(複数の研究結果によれば2030年時点で数千億米ドル~数兆米ドル)*7に対してごく僅かであり、更なる資金拠出が必要とされている。

(3)パリ協定第6条は意見の隔たりが大きく合意は見送り

その他に関心を集めたのが、パリ協定第6条である。パリ協定第6条では、先進国が新興国に支援を行い削減・吸収した排出量の一部をクレジットとして国際的に移転し、自国の削減に充当できる仕組みである「市場メカニズム」を規定している。このうち6条2項(協力的アプローチ)では、国間の合意に基づき実施される各国主導型のメカニズムを規定しており、日本政府の二国間クレジット制度(JCM)はこれに該当する。それに対して6条4項(国連管理型メカニズム)では、京都議定書で定められた柔軟性措置の一つであるクリーン開発メカニズム(CDM)の後継となる仕組みを規定している。

これまでのCOPで、パリ協定第6条の実施指針と報告様式等の詳細規則が制定されたことを受け、COP28では残る詳細ルールについて議論が行われた。しかし、6条2項の議論では、クレジットを国際移転する際に、削減量の二重計上を回避するための手続きについて意見がまとまらず、合意は見送られた*8。6条4項についても、制度の運用開始に必要となる吸収・除去プロジェクトのガイダンスについて、人権・環境社会面の配慮等に懸念が残るとして、合意は見送られた。これらは次回のCOP29で引き続き議論が行われる。

(4)COP28会期中に複数の国際イニシアチブが発足

このほか、COP28会期中に、複数の国際的なイニシアチブが発足した*6。日本は再エネ・省エネ宣言、原子力宣言、クリーン水素の取組に参加した一方、石炭からの移行を推進するイニシアチブへの参加を見送った。なお、議長国UAEは、ALTERRAと呼ばれる気候変動基金を新たに設立し、300億米ドルを拠出するなど、資金不足の課題に前向きに対応する姿勢をアピールしている(図表2)。

図表2 COP28会期中に発表された主な国際的イニシアチブ等(2024年2月6日時点)

イニシアチブ等 概要 参加状況
世界全体での再生可能エネルギー設備容量3倍・エネルギー効率改善率2倍宣言
  • 2030年までに世界の再エネ容量を現在の3倍(1.1GW以上)にすること、年間エネルギー効率の改善率を2%→4%に向上させることを誓約。目標達成に向けて、投資枠組み強化や新興国における官民投資増加を奨励
  • UAE・EU・米国等が主導
130カ国
(日本含む)
石炭移行加速
  • 知見の共有、新規政策の策定、新たな官民資金等により、石炭からクリーンエネルギーへの公正な移行を促進させることをめざす
  • フランスが主導
9カ国・地域
石油・ガス脱炭素憲章
  • 2050年までのネットゼロへの整合、2030年までの日常的なフレアリング廃止、メタン排出ほぼゼロに取り組むことを規定
  • UAEが主導
52社(石油ガス関連)
※INPEX、コスモ石油、伊藤忠商事、三井物産
原子力3倍宣言
  • 2050年までに世界の原子力発電容量を2020年比で3倍にすることを宣言。革新的ファイナンスメカニズム等を通し、原子力発電への投資の動員にコミット
25カ国
(日本含む)
クリーン水素認証の相互承認に関する意向表明*1
  • 再生可能かつ低炭素な水素および水素派生物の世界市場を発展させることを目的とし、参加国がそれぞれの認証制度の相互承認をめざす
37カ国
(日本含む)
世界冷房誓約
  • 2050年までに冷房関連の排出量を2022年比で68%削減し、2030年までに持続可能な冷房へのアクセスを大幅に増加させ、新しい冷房の効率を世界平均で50%向上させることをめざす
  • UAEが主導
66カ国
(日本含む)
世界気候資金枠組みに係るUAE首脳宣言
  • 気候変動ファイナンスをより利用しやすくするためのUAEの宣言
  • UAEは「ALTERRA」というUAE気候変動基金を設立し、2030年までに2,500億米ドルの民間投資の動員をめざし、300億米ドルを拠出
13カ国

*1 再エネや原子力、または炭素回収・隔離によって製造された水素を含むが、排出削減対策が講じられていない化石燃料(天然ガス含む)によって製造された水素は含まない
出所:COP28議長国ウェブサイト等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

今後の気候変動政策の見通し

それでは、COP28を受けての今後の気候変動政策の見通しについて、短期、中長期の双方の観点から説明する。まず、日本政府については、COPの前後で大きな方針転換の動きはみられない。経済産業省は、グローバルストックテイクの合意内容は、あらゆるエネルギーや脱炭素技術の活用など日本の従来からの主張と一致しており、「化石燃料の移行」についてもGX推進戦略(2023年7月28日閣議決定)に整合していると言及している*9。また、環境省は、パリ協定第6条の合意見送りを受けた今後のJCMの方針として、これまでに決定した枠組みに基づいて実績を積み重ねるとしている*8

一方で、次のNDCの目標検討に向けて、中長期的には政策を強化する動きが生じ得る。日本の足元の排出量と目標値について記載した図表3を見ると、日本の2030年度2013年度比46%削減は、グローバルストックテイクで示された目標値(2019年比2035年60%削減)の水準には達していない。なお、グローバルストックテイクで示された目標値を日本に当てはめると、2030年度48%削減相当、2035年度66%削減相当(いずれも2013年度比)となる。日本の現行のNDCでは「2030年度にGHGを2013年度から46%削減することをめざし、さらに、50%の高みに向けて挑戦を続けていく」としている。次の目標検討では、2035年以降の目標設定に合わせて、2030年度の対策の見直しや深掘りに向けた議論が行われる可能性もある。その先には、国民や企業に対する更なる排出削減が求められることが予想される。

図表3 日本の排出実績と排出削減目標の水準

図表3

排出削減率 2030年度の排出量 2035年度の排出量
2030年度▲46%
(2013年度比)
761MtCO2e 571MtCO2e
2030年度▲50%
(2013年度比)
705MtCO2e 528MtCO2e
2035年度▲60%
(2019年度比)
728MtCO2e
(2013年度比▲48%)
485MtCO2e
(2013年度比▲66%)

出所:UNFCCC資料より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

世界をみると、図表4の通り、欧州諸国が先んじて2030年以降の野心的なGHG削減目標を検討している。イタリアが議長国を務める2024年6月のG7サミットにおいて、G7としてNDCに関してどのようなメッセージを発するかに注目が集まる。また、2024年11月のCOP29は、再び産油国(アゼルバイジャン)が議長国となる。グローバルストックテイクや「損失と損害」基金で一定の成果をあげたUAEに続くリーダーシップの発揮が期待される。さらに、2024年11月の米大統領選挙も、世界の気候変動政策の命運を左右するターニングポイントとなり得る。

図表4 欧米における2030年以降の排出削減目標の検討状況(2024年2月6日時点)

欧州連合(EU) 2040年目標を1990年比90%削減とすることを検討中
ドイツ 2040年目標を1990年比88%以上削減とすることを決定済
英国 2035年目標を1990年比78%削減とすることを決定済
米国 —(詳細は不明)
カナダ 2035年目標を提出予定(詳細は不明)

出所:各国政府ウェブサイト等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

おわりに

COP28におけるグローバルストックテイクの結論を踏まえ、今後各国政府は次のNDCを検討する。脱炭素の機運が国内外でますます高まる中、日本は先進国としてのどのような水準の目標を掲げて脱炭素化を推進していくのか、政府の舵取りと取組の加速に期待したい。

  1. *1
    IPCC(2023)「AR6 Synthesis Report(Summary for Policymakers)」(PDF/5,290KB)
  2. *2
  3. *3
    UNFCCC(2023)「Outcome of the first global stocktake(Advance unedited version)」(PDF/338KB)
  4. *4
  5. *5
    UNFCCC(2023)「Operationalization of the new funding arrangements, including a fund, for responding to loss and damage referred to in paragraphs 2-3 of decisions 2/CP.27 and 2/CMA.4(Advance unedited version)」 (PDF/240KB)
  6. *6
  7. *7
  8. *8
    環境省 地球環境局 気候変動国際交渉室(2023)「国連気候変動枠組条約第28回締約国会議 (COP28)の結果について」(PDF/1,240KB)
  9. *9
    経済産業省 産業技術環境局(2023)「COP28について」 (PDF/6,470KB)

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