
*本稿は、『週刊東洋経済』 2024年6月1日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。
経済産業省は、今年3月に「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」を発表した。この背景には、労働力が希少となる中で仕事をしながら家族などの介護に従事する、ビジネスケアラーの増加がある。
ビジネスケアラーの増加状況を見ると、2012年(211万人)から20年(262万人)にかけて24%増加した。今後も増加が続き、30年は20年より21%増えて318万人になると推計されている。これは、30年の労働力人口の約5%を占めるという。
特筆すべきは、現状のまま推移すれば、両立困難を起因とする経済的損失が、30年に約9兆円に上る、という試算である。両立困難は、従業員の労働生産性の低下や離職者の増加を招くためだ。これは社会全体の課題といえよう。
ところで、介護休業の拡充や所定外労働時間の制限など、仕事と介護の両立に向けた法的措置は長期的に充実してきた。しかし、ガイドラインによれば、企業による自主的取組みは一部の企業に限られている。例えば、従業員向けセミナーの実施や、専門窓口の設置をする企業は約1割にとどまる。この背景には、両立支援は経営上の優先順位が低いことがある。
しかし、両立支援は、企業経営にもプラスに働く。例えば、企業が各従業員とその両親の年齢から、大まかに介護発生リスクを予見すれば、定着率向上や、業務負担の最適化などにつながる。さらに、企業全体のリスクも可視化できる。
一方、筆者は、企業による両立支援が効果をあげるには、その土台である公的介護保険の利用状況の改善が必要と考える。なぜなら、要介護となった親が必要な介護サービスを利用できなければ、その分、家族介護の時間が増えて、仕事と介護の両立自体が困難になるからだ。
介護保険の喫緊の課題は、介護職員の不足である。労働力人口の減少が見込まれる中で、19年度の介護職員数211万人を基準に、今後追加的に必要となる介護職員数を見ると、25年度は32万人、40年度は69万人と推計されている。
介護職員数を増やすには、介護職員の処遇を改善する必要がある。介護職員と全産業の平均月収を比べると、介護職員は約7万円低い。処遇改善のためには、介護保険の追加的財源が必要になる。
筆者は、介護保険の被保険者の範囲を現行の40歳以上から、より低い年齢層に拡大すべきだと考える。現行の40歳以上は、親が要介護となる人が40代ごろから増えるため、みんなで介護を支えるという趣旨にかなうと考えられてきた。
しかし、ビジネスケアラーが急増する中で、40歳未満の従業員も、中高年期となった頃の親の介護リスクをより身近に感じることだろう。また、若い世代では兄弟姉妹数が減少しているので、介護負担が重くなることも考えられる。
その点、介護保険は親が要介護となっても、働き続けられるという安心感を付与する。これは介護保険の間接的な恩恵と言える。従業員が若い頃から、中高年になっても就労を継続できるという安心感を持てるように、被保険者の範囲拡大を検討してはどうか。
(CONTACT)

