データスペースやCatena-Xなど、欧州データ経済圏づくりをベンチマークとしながら 日本版データ経済圏づくりを推進するキードライバーとは何か

2025年2月18日

デジタルコンサルティング部

西脇 雅裕

“データスペース”や、Catena-Xといった“○○-X”というキーワードを近頃よく耳にする。これは、国や組織を跨いだデータ連携を通して新しい価値を生み出していく、欧州のデータ経済圏づくりに関連するキーワードだ。

欧州は企業同士のデータ連携を通じ、グローバルでの新たな勝ち筋を模索する

世界的にプラットフォームビジネスが流行する中、GAFAMやBATなど、米国や中国の大手プラットフォーマーは、主に消費者の行動によって生み出されるデータを競争力向上に生かすデータ経済圏の構築を各社独自に進めている。消費者から収集した購買情報や閲覧履歴などのデータをもとに、サービスを改良したり、消費者ごとにカスタマイズした広告を発信したりするなど、消費者のデータを起点とした事業成長を推進している。
競争力の源泉となるデータを一部の大手プラットフォーマーや、米国、中国が寡占する状況を懸念する欧州は、政策的に企業が持つデータを企業間で連携させ、米中のように個社ではなく、企業群としてデータ経済圏を構築することで、グローバルでの新たな勝ち筋を模索している。例えば、欧州委員会は、デジタル単一市場戦略、データ戦略、データガバナンス法といった政策を相次いで公表し、社会経済活動においてより多くのデータを利用できるようにするほか、企業間のデータ連携を促進し、それらを活用した新たなサービスの開発、各社の成長を促している。国や組織の垣根を超えてデータ連携を行うサイバー空間“データスペース”のコンセプトや、データスペースを活用した代表的なプロジェクトとして自動車業界におけるデータ連携を通じた価値づくりを行う“Catena-X”は、いずれも上述した政策に関連するものだ。
ゆくゆくは欧州のデータ経済圏が構築され、グローバルへと広がった際には、日本の産業としてのワーストシナリオを筆者は恐れている。自動車業界を例にとると、日本の自動車メーカは、販売先や部品製造元として東南アジアを一大市場とし、強固なサプライチェーンを築いている。仮に欧州データ経済圏が東南アジアへと広がり、東南アジアの部品メーカや販売先も欧州企業とデータ連携する世界を想像しよう。この時、販売の面では、東南アジアにおける自動車の販売需要データを連携することで、的確なリードタイムで欧州製の自動車を東南アジアに輸出。そして、納入までの時間を短縮する、あるいは東南アジアにおける自動車の利用や走行の履歴データを連携することで東南アジアのニーズに合った車両を設計し、顧客の満足度を高めるというように、欧州自動車メーカのファンが増えていく可能性がある。また、製造の面では、部品の見積もりや受発注データを連携することで事務手続きが簡便化したり、事務対応コストが低減したり、あるいは脱炭素化の要請の中でCO2データを連携するためには欧州のデータ連携環境が最適で使いやすいとなれば、日本企業よりも欧州企業と付き合ったほうが最適と判断する部品メーカも増えていくだろう。結果、日本の自動車メーカの自動車が売れなくなる、製造が難しくなるというシナリオが考えられる。

欧州データ経済圏の実現に向けてはハードルも数多い

日本から見ていると、欧州の動きは一見バラ色かつ脅威に映るかもしれない。確かに、政策との一貫性があり、日本と比較すると、データ経済圏づくりに向けて数歩先を歩んでいるように見え、参考にすべき点も多くあろう。しかし、欧州現地で、欧州の様々な関係者と対話する中での筆者の感覚として、データ経済圏構築に向けた活動は一筋縄では行かず、また課題も山積していると感じる。筆者が感じる欧州の課題として、例えば以下の点が挙げられる。

課題1:欧州各国の期待の相違

データ連携に関連する一連の政策は、国を超えて欧州一丸で取り組んでいくことを目指すものの、データ連携を通じて実現したいビジョンや方向性が国ごとに異なり、欧州委員会が目指す欧州単一市場とはまだほど遠い。ドイツは自動車に代表される伝統的な産業の保護や成長、フランスはこれまで政策的に振興してきたITやソフトウェア企業といった新興産業の成長のチャンスとしてデータ連携に期待を寄せる。また、グローバルで活躍する大企業が限られるオランダは、過去より中堅や中小企業同士の連携を通じてグローバルで競争してきたが、データ連携を通して企業間の連携をさらに強固とし、引き続き国際社会での同国企業のプレゼンスを高める方針だ。実際、データスペースの構築は、欧州レベルではなく、各国が主導するケースが多い。データスペースのプロジェクトとして有名なCatena-Xはドイツの自動車業界向け、後述するAgDataHubはフランスの農業業界向け、SCSN*1はオランダの製造及び物流業界向けというように、各国の業界ごとにデータスペースが構築される。
例えば、オランダで製造した部品をもとに、ドイツの自動車メーカが組み立て、完成車を製造するというプロセスにおいて、サプライチェーン全体で部品のトレーサビリティを管理したい場合があるとしよう。この時、SCSNとCatena-Xが相互に連携し合えば、オランダ企業とドイツ企業が異なるデータスペースを介してデータ連携を行うことができるが、現在そのような状態とはなっていない。SCSNはあくまでもオランダ国内の中堅・中小ものづくり企業同士の連携をさらに強固するためのツールであり、Catena-Xとの連携がオランダにとっての期待に叶うか不透明なためだ。本来的にはデータスペース同士の連携によって更なる価値が生まれるものの、欧州全体と各国でデータ連携に対する期待に乖離がある中、欧州データ経済圏として、欧州としての一貫性のあるアプローチをとれるのか、混迷を極めることになりそうだ。

課題2:企業の理解度や準備状況

データ経済圏の構築に向けては、データスペースという場に、データ連携を行う企業の参画数を増やす必要がある。しかし、データスペースに対する理解が十分に進んでいない、連携するためのデータが整理されていない、アナログな情報しか有しておらずデータ自体が存在しないなど、企業によっては事業成長に向けたデータの管理体制や、データを使いこなす環境が十分に整っておらず、参画する企業は一部に留まる。例えばCatena-Xプロジェクトでは、BMWやRenault、Volvo、Ford、Magnaといった業界をリードする大手企業の参画に留まるように、データスペースを活用した多くのプロジェクトでは、特にデータガバナンスの問題を抱えやすい中小企業の参画状況は芳しくない。結果、例えば脱炭素化に向けてサプライチェーン全体のCO2の可視化を行いたい場合、企業規模を問わず数多存在するサプライチェーンを構成する企業が各々CO2排出量データを連携しなければ、サプライチェーン全体での正確なCO2排出量を計算することはできず、データ経済圏を通じた価値づくりは実現できない。

課題3:データスペースの自立化

データ連携の環境を持続的に提供し続けるためには、自立的にデータスペースを運営できる体制と資金が必要となる。欧州のデータスペースを活用した多くのプロジェクトでは、現在、公的資金のもとでPoCやPoBを重ね、社会実装に向けた準備を行っている。しかし、社会実装に向けては、行政の手を離れ、民間の体制で運営できるのか、データスペースに参画する企業による資金のみで運営できるかが検討課題となる。例えば主にフランスの農業業界に関連する様々なステークホルダーが参画するデータスペースをAgDataHubというスタートアップが提供している。これまでAgDataHubは、参画する各ステークホルダーからの参加料や利用料を原資に、民間ビジネスとしてデータスペースを提供し続けることを望んでいた。しかし2024年9月、公的なプラットフォームとして、公的資金でデータスペースを今後運用していく方針であると報道された*2。各業界のデータスペースが引き続き公的資金のみで運営していくこととなれば、欧州の行政機関は莫大な資金を既存のデータスペースを維持するために拠出せねばならず、結果、データ経済圏の更なる拡大を見据えた新たな取り組みを進めるために十分な公的資金を投入できない状態に陥る可能性がある。

ワーストシナリオ等の具体的なテーマをもとに議論することが、日本版データ経済圏づくりの推進につながる

現在、欧州が抱える課題の一部は、日本版データ経済圏づくりの過程でも障壁となり得る。この障壁を欧州よりも先に日本が乗り越えていくことは、先述した日本としてのワーストシナリオを避けるのみならず、日本としての新たな勝ち筋を見出していくことにもつながる。
現在、日本では、企業や業界を横断したデータの利活用を促進し、官民協調で企業や産業競争力強化を目指すOuranos Ecosystem*3というコンセプトを立ち上げるほか、デジタル庁や経済産業省の音頭のもと、産業界、学識、行政が集う会合を設けるなど、日本版データ経済圏づくりが加速している。業界団体においてもデータ連携をトピックとして扱うことが増えてきた。国内のみならず、国際社会に対しても日本のプレゼンスが発揮されており、DFFT(Data Free Flow with Trust)*4のコンセプトの発信を通じ、信頼性のある自由なデータ流通を国際的に促すべく議論を主導するなど、日本の動きは世界的にも注目され始めている。
日本版データ経済圏づくりの好機を逃さないためにも、産学官の様々なステークホルダーが共通認識を持て、皆が知恵を振り絞るきっかけとなる具体的なテーマが必要だ。その理由は、データ経済圏づくりといったモノがないテーマから議論をはじめると、どうしても抽象的な議論に陥りやすく、結果、議論が進まないケースが往々にしてあるためだ。一方、具体的なテーマとして、先述したように、欧州の動向から想像される日本産業の衰退というワーストシナリオを議論の出発点とすれば、「自分たちの今後の事業等にもネガティブな影響があるかもしれない」「自分たちもデータ活用に本気にならなければならない」と、各ステークホルダーがデータ活用を自分ごととして捉えるきっかけにつながる。また、ワーストシナリオを回避するためには、データ活用を産業レベルで進める必要性がある中で、その考えがステークホルダー同士にも芽生えていけば、「産業全体としてデータを活用していくためには、どのような場面で、どのようなデータを産業全体で連携していけばよいか」「流通するデータを増やしながら連携していくためには、データを提供する各ステークホルダーに対し、メリットやインセンティブをどう付与していくべきか」というように、日本版データ経済圏づくりに必要な論点が明確になり、議論の焦点が定まっていくこととなるだろう。こうした具体的なテーマが、日本版データ経済圏づくりを推進するキードライバーになるのではないか。

  1. *1
  2. *2
    Gaia-X Hub France「The AgDataHub Board of Directors Approves the Transition to Public Governance」
    https://www.gaia-x-hub.fr/en/the-agdatahub-board-of-directors-approves-the-transition-to-public-governance-2/
  3. *3
    経済産業省「Ouranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)」
    https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/digital_architecture/ouranos.html
  4. *4
    プライバシーやセキュリティ、知的財産権に関する信頼を確保しながら、ビジネスや社会課題の解決に有益なデータが国境を意識することなく自由に行き来する、国際的に自由なデータ流通の促進を目指す」というコンセプト(参照)デジタル庁「DFFT」
    https://www.digital.go.jp/policies/dfft

(CONTACT)

会社へのお問い合わせ

当社サービスに関するお問い合わせはこちらから

MORE INFORMATION

採用情報について

みずほリサーチ&テクノロジーズの採用情報はこちらから

MORE INFORMATION