介護職の「最低賃金」導入で問われる財源

2025年5月19日

コンサルティング推進部

藤森 克彦

*本稿は、『週刊東洋経済』 2025年4月12日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

福岡資麿厚生労働相は、3月の記者会見で、介護職員への「特定最低賃金」の導入を検討していく意向を示した。特定最低賃金とは、一般に知られている「地域別最低賃金」とは別に、鉄鋼業や総合スーパーなどの特定業種を対象にした産業別最低賃金である。その狙いは、介護分野の最低賃金を他業種よりも高くして、介護職員を増やすことにある。
筆者は、これを実施するには追加財源を確保し、公的介護保険から事業者に支払われる介護報酬を引上げることが必要だと考える。

まず、介護分野の人手不足の現状から見ていこう。2022年度の介護職員数215万人を基準にして、今後追加的に必要となる介護職員数を見ると、26年度は25万人、40年度は57万人と推計されている。また24年12月の有効求人倍率は、全職業では1.25倍なのに対して、介護従事者では4.25倍と高水準になっている。

一方、短時間労働者を除いた一般労働者の賞与込み給与(24年)を見ると、介護職員は30.3万円であり、全産業の38.6万円よりも約8万円低い水準である。介護職員を増やすには、まずは処遇改善が必要だ。

では、介護職員は不足しているのに、なぜ賃金が低いのか。その一因は、介護事業者が賃金引上げのコスト増を勝手に価格転嫁できないことである。というのも公的介護保険では、介護報酬の支払いは、国がサービスごとに定めた公定価格に基づくためだ。

コストを価格に転嫁できない中で介護事業者が賃上げをすれば、経営が圧迫され、最悪の場合は倒産しかねない。介護職員に特定最低賃金を適用した場合も、低賃金職員への賃上げになるので、コスト増への対応が課題となる。これは介護報酬の引上げが必要だ。

この点、24年度の介護報酬は全体で1.59%増の改定となった。特に介護職員の賃金底上げのため、24年度は2.5%、25年度は2.0%のベースアップ(ベア)が可能となる措置が盛り込まれた。

しかし、24年の春闘における全産業の平均ベア率は3.56%である。すでに介護職と全産業とでは賃金に格差があるうえに、賃上げ率の差も大きい。そして東京商工リサーチによれば、24年の介護事業者の倒産件数は、前年比40.9%増で過去最多になった。

ひとたび介護事業者が倒産すると、介護難民が生じるだけでなく、その後の事業所復活も難しい。将来にわたって必要な介護サービスを安心して受けられるよう、介護職員の確保が急務である。

万一、公的介護保険が維持できなくなれば、介護費用は全額自己負担となって、高所得者層を除き、介護サービスの利用は難しくなる。その場合、家族介護者が離職をして、多くの産業で人手不足が一層深刻化するだろう。公的介護保険は、現役期の介護離職を防ぐための基盤でもある。

今後は、介護保険を維持するための取り組みを強化すべきである。介護職の魅力の伝達やテクノロジーの開発とともに、介護報酬のさらなる引上げに向けた財源確保が必要になる。介護保険の被保険者範囲の拡大を検討してはどうか。

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