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炭素除去が変えるScope 1・2・3の枠組み

GHGプロトコル新ガイダンス素案を読む

2023年3月30日 サステナビリティコンサルティング第2部 森 史也

TCFD、CDPなどの対応を通じて、近年多くの企業が算定・開示するScope1・2・3。実は今年からこの枠組みが大きく変わることをご存じだろうか。

Scope1・2・3の算定・報告の枠組みはGHGプロトコルによって規定されている。そのGHGプロトコルが今年、新しいガイダンスを発表する。タイトルは「Land Sector and Removals Guidance」、つまり土地セクターと大気中からの炭素除去量の算定に関するガイダンスである*。土地セクターや炭素除去と聞くと、自社とは関わりが薄いことと思われる方もいるかもしれない。しかし、カーボンニュートラルを目指す巨大な潮流の中で、最後の手段として期待されているのが、植林や農業、あるいは最新テクノロジーを用いたDACCSなどによる大気中からのCO2吸収(炭素除去)であることを考えれば、見方も変わるのではないだろうか。GHGプロトコルは、脱炭素化の奥の手ともいうべき炭素除去の効果を、企業のScope1・2・3に組み込むことを目指してこの新ガイダンスの開発に取り組んでいるのだ。今後ネットゼロを目指していく中で、炭素除去に取り組もうとする企業や、その効果を炭素クレジットとして購入することを検討する企業は、少なくないはずである。Scope1・2・3に反映できる炭素除去やクレジットの要件が、今まさに決まろうとしているといえば、その重要性はおわかりいただけるだろう。

GHGプロトコルがこの新ガイダンスの作成に着手したのは2019年である。その後3年間の検討を経て、ようやく素案が公開されたのが2022年9月であり、パブリックコンサルテーション、パイロットテストを経て2023年第3Qに確定版が公開される運びとなっている。筆者は2019年の新ガイダンス検討の立ち上げ直後から関心を抱き、レビューグループに参加し情報を追ってきた。また最近ではある企業と連携してパイロットテストにも参加しているところである。本稿では最新のドラフトの内容を基に、これから起き得るScope 1・2・3の枠組みの拡張について解説する。

新ガイダンスにおいて、まず押さえておきたい概念がある。それは「炭素プール」と「炭素フラックス」である。炭素プールとはCO2などの炭素を貯蔵、放出する媒体で、大気、土地、製品、地中、海洋(ただし、本ガイダンスでは海洋の取り扱いなし)の5種類に分類される。炭素フラックスとは炭素プール間での炭素の正味移動量を意味する。実はこの2つによりGHGプロトコルは、それまでやや曖昧に使用されてきた「排出(emission)」と「除去(removal)」を整理したのである。大気炭素プールに対して炭素量を増やす方向の炭素フラックス、たとえば化石燃料を燃焼して大気にCO2を放出することなどは排出とする。一方で大気炭素プールに対して炭素量を減らす方向の炭素フラックス、つまり光合成による森林での炭素蓄積などは除去とする。この除去を定義することで、企業のGHG算定において扱いが不明確であった取り組みを規定することができる。DACCSのように直接大気中のCO2を回収・貯留する取り組みは除去であるのに対し、化石燃料由来のCO2を発電所などの発生源で回収するCCSは大気中からの炭素移動がないため除去には当たらないことになるのだ。

さらに注目したいのは、炭素除去を企業の排出量算定に取り込もうとしたことで、Scope1・2・3の枠組みそのものが拡張されることになったことだ。よく知られているように、従来の定義のScope1排出量は化石燃料燃焼やプロセス由来の直接排出量を意味していた。しかし新ガイダンスでは、これはあくまで「非土地(Non-land)Scope1排出量」であり、社有林の森林吸収は「土地Scope1除去量」とする。すなわち、Scope1が対応する範囲が広がると同時に、「土地」「非土地」という新たな分類が導入され、新たな体系で整理されることになったのだ。これはScope3でも同様である。調達した鉄鋼やプラスチックの製造は非土地Scope3カテゴリ1排出量として計上し、調達したトウモロコシや牛乳の生産は土地管理Scope3カテゴリ1排出量や土地利用変化Scope3カテゴリ1排出量を計上する必要があるのだ。つまり、これまでの化石燃料燃焼由来のCO2排出を中心とするScope1・2・3の世界は終わり、非土地・土地・除去を含めた新たな枠組みに発展していくことになるといえるだろう。

なお、これまで解説した概念整理以外に、算定項目別の考え方・要件、目標設定、排出および除去クレジットの品質や算定上の扱い、報告方法なども記載されている。新ガイダンスを把握することのメリットは、天然資源を扱う食料品・繊維・消費財およびそれらの小売などの企業にとっては、自社の排出源・除去源を理解できること、炭素クレジットの創出や調達を考える企業にとっては、関与すべき炭素除去プロジェクト/購入すべき炭素クレジットの区別つけられることが挙げられるであろう。

新ガイダンスを通じてGHGプロトコルはScope 1・2・3の枠組みを大きく拡張させようとしている。炭素除去は削減取り組みの切り札であり、ネットゼロを目指す全ての企業にとって必読のガイダンスであることは間違いないだろう。炭素除去要件や炭素クレジットの扱い、さらにパリ協定に整合した企業の排出削減目標である「SBT」と新ガイダンスの対応など、重要な情報はまだまだある。ガイダンスの最終版を踏まえた筆者からの続報も期待いただきたい。

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