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[連載]2040年の社会を、ともに語る。ともに創る。

自社の適切な「位置情報把握」から始めよう

第3回(DEI編)「意味のある」人的資本経営の情報開示実践のキーポイント

2023年12月14日 社会政策コンサルティング部 ヒューマンキャピタル創生チーム 渡邉 夏子

人口減少、少子高齢化が加速する我が国、日本。社会・経済の活力を維持・発展させ、安心して暮らせる社会基盤づくりをどのように進めていくべきか、課題解決に向けた取組みが各方面で進んでいます。

社会政策コンサルティング部では、個人の幸福な生活とサステナブルな社会・経済の実現に向け、さまざまな角度から議論を重ねています。

今回はそのなかでも「DEI*」「ヘルスケア」をメインテーマに、2040年を見据えた議論を連載コラムとして皆さんにお伝えしていきます。今回はその第3回です。

2040年の社会を、ともに語り、ともに創っていきましょう。


  • *DEI (ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン):
    あらゆる多様性を尊重し、機会の公平性を確保し、多様な視点や価値観を積極的に取り入れるという概念


人的資本経営の情報開示におけるプロセスの重要性

2023年、各企業における人的資本経営の情報開示を後押しする取組が活発化している。たとえば、日経ビジネスが主催する「人的資本開示アワード」や、人的資本理論の実証化研究会*1が主催する「人的資本の投資対効果」の開示に関する評価など、投資家等向けの判断材料として、開示状況のレーティング(格付け)を行う事例が挙げられる。当社でも2023年5月、独自に開発した評価手法を用いて開示の取組をスコアリングし、一定のスコア以上を満たした企業に対してみずほ銀行が融資を行う「Mizuho人的資本経営インパクトファイナンス」の取り扱いを開始した*2

これら取組は、企業による人的資本の情報開示をますます加速させることとなるだろう。他方、こうした状況下で、経営戦略に紐づく人材課題やデータの信憑性を十分に吟味することなく、算出しやすい指標を"とりあえず"可視化・開示する企業も出てくることが懸念される。

人的資本経営の情報開示においては本来、以下4つのプロセスを踏む必要がある。具体的には、①自社の足元の状況(適切な位置情報)を把握、②数多ある人材課題の中から、自社の掲げる経営戦略に紐づく人材課題を抽出、③当該人材課題の現状や改善状況、施策効果を把握するための指標、すなわち人材課題の裏付けとなる指標を特定、④指標の可視化・開示に向け、信頼性の高いデータを取得・開示、である。このプロセスを怠っては、当該企業における経営戦略に紐づく人材課題の経過観察、ひいては課題解消に向けた効果的な施策の打ち出しが困難となる。

人材獲得競争のさらなる激化が予想される2040年の社会では、投資獲得に向けた資本市場だけでなく、人材獲得に向けた労働市場においても、経営戦略に紐づく人材課題の裏付けとなる情報開示の重要性が増していくと考えられる。当社ではこうした将来を見据え、人的資本経営にこれから取り組み始める企業を対象とした「プロセス①自社の足元の状況(適切な位置情報)を把握」するためのコンサルティングサービス「人的資本経営PHASE0」の提供を開始している。本稿では、本サービスをはじめとする各企業の人的資本経営を支援するコンサルティングに携わる筆者の観点から、今、悩める企業に求められる取組を検討したい。

「経営戦略に紐づく人材課題の裏付けとなる指標」の可視化・開示が大切

「人的資本経営の重要性は認識しているものの、可視化・開示に向けまず何から取り組めばよいのか分からない」企業は、自社の足元の状況に十分に目を配ることなく、収集しやすいデータを集めて開示することに終始しがちである。しかし、人的資本経営の情報開示においては、前述の通り、データが取れている/取りやすいものからではなく、「プロセス③自社の経営戦略に紐づく人材課題の裏付けとなる指標」から可視化・開示することが大切である。

ここでは、DEIの要素の代表格ともいえる「女性管理職比率」を例にとり、考えてみる。本指標は2020年の女性活躍推進法改正に伴い女性活躍推進施策に係る情報公表が義務化されたこと等もあり、「取り組まなければならない→取り組みやすい→(結果として)自社の人的資本経営の情報開示に有効」と考える企業が多い指標の一つだろう。たしかに、女性職員比率や女性管理職比率は、比較的取得しやすい元データ*3のみで算出できる指標であるため、取り組みやすいといえる。しかし、女性管理職比率が「当該企業のどのような経営戦略に基づく、どのような人材課題の状況を把握するものであるか」が明確でなければ、自社の人的資本経営の情報開示に有効とは言えない。

では、どうすればここから有効な開示を導き出せるのか。それには更なる探索が必要である。たとえば性別に留まらず年齢・国籍・保有資格、あるいは勤務日数や職務・異動の範囲等の様々な切り口で「女性」に係るデータの現況を吟味していくと、自社の経営戦略に紐づく人材課題に関して、新たな着眼点が見えてくるかもしれない。その着眼点を、着眼した背景や問題意識とともに社内外に報告することこそが、人的資本の意味ある開示といえるのではないか。一見、遠回りにも見えるこうした開示までのプロセスにこそ、企業にとっての大いなる気付きがあるのである。

特徴的な事例をみてみよう。花王グループは、女性活躍を同社の成長に不可欠な要素として位置づけており、「さまざまな意思決定の場に多様な視点が入ること」との方針のもと、女性管理職の中でも上級管理職や初級管理職等、役職ごとの内訳人数を明らかにした開示方法を採っている*4。「女性管理職比率」を包括的に開示するのではなく、特定の役職・部門における女性比率に問題意識を持ち、現状や改善状況等を把握するため、役職別・部門別の女性割合に着眼し開示する工夫を行っているものと推測できる。


図表:花王グループにおける女性従業員・女性管理職の状況
図1

出所:花王グループ「花王サステナビリティレポート2023」


この指標に着眼し開示する判断に至るまでには、同社内において幾度とない検討が重ねられたことだろう。これから人的資本の情報開示に取り組もうとする企業がこのように議論を重ね、人材課題に関する新たな着眼点を見出していくことは並大抵のことではないと考えられる。しかしながら、十分な議論が行われないまま指標の特定・開示を行っては、経営戦略に紐づく人材課題の現状や改善状況等のエビデンスが確認できず、当該課題が机上の空論となりかねない。

「意味のある開示」を進めていくため、まずは「自社の適切な位置情報を把握すること」から始めよう

では、このように経営戦略に紐づく人材課題の裏付けとなる指標を吟味し、意味のある開示を進めていくために、企業はまず何から着手すればよいのだろうか。それは「プロセス①自社の足元の状況(適切な位置情報)を把握」していくことである。経営戦略上、人的資本がどのように位置づけられているのか再確認したうえで、指標算出に係る元データの取得・整備状況、開示状況等に関する自社の足元の状況を洗い出す。これを行うことで初めて、「意味ある」開示を行うために、まずどの領域でどのようなアクションが必要なのかが明確になる。人的資本経営の領域全体を俯瞰することで、この「最初のアクション」を見出すことこそが、「自社の適切な位置情報を把握する」大事な狙いである*5

たとえば、人的資本領域の中で、自社の経営戦略上重視されている領域を再確認できれば、当該指標の算出に向けたデータ取得・整備が次なるミッションとなる。はたまた、経営戦略に紐づく人材課題の裏付けとなる指標のデータ取得・整備が既に行えていることが把握できれば、その指標をまず開示していくことが次のアクションとなる。こうしたステップをまず初めに踏み、小さな成功事例を積み重ねていくことが、人的資本経営の「意味ある」情報開示に向けた大きな近道となるのである*6

  1. *1Institution for a Global Society株式会社(IGS)が事務局、一橋大学大学院の小野浩教授と、同特任教授兼IGS代表取締役社長の福原正大氏が共同座長として、2022年10月に発足した研究会。2023年9月末現在、33の企業が参画している。ノーベル経済学者ゲーリー・ベッカーが唱える「人的資本」の理論に基づき、人的資本(当該研究会ではこれを「能力」と定義)が企業価値にどの程度寄与するのかを明らかにすることを目的としている。
  2. *2みずほリサーチ&テクノロジーズ『「Mizuho人的資本経営インパクトファイナンス」の取り扱い開始について』
  3. *3指標の算出式を構成するデータ。たとえば、「労働者に占める女性労働者の割合」における元データは「女性労働者数」と「全労働者数」となる。
  4. *4花王グループ「花王サステナビリティレポート2023」 (PDF/22,800KB)
  5. *5実際に指標の可視化・開示に取り組む際には、KPIとの乖離を把握する目的で、自社の現在の指標を算出し「現状把握」を行う(AsIs)ことが求められる。しかし、ここではそうした指標算出を行う前段階で、経営戦略の状況やデータ整備状況等を確認するための現在地把握が必要であるとの意味合いから、「適切な位置情報」と区別し表現している。
  6. *6当社が提供しているサービス「人的資本経営PHASE0」(前述)では、こうした自社の適切な位置情報把握に向け、利用者が当社コンサルタントと複数回の面談を行いながらツールに回答を行うことで、経営戦略上の重要性を踏まえた指標の開示状況や元データの取得・整備状況等、自社の足元の状況に関してフィードバックを受け取ることができる。

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