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なぜ「子育て費用の社会化」が必要か

  • *本稿は、『週刊東洋経済』 2023年9月30日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員 藤森 克彦

2030年以降、日本の20代・30代人口は加速度的に減少していく。そのため、岸田政権は30年までが少子化を反転させる最後の機会と捉え、6月に「こども未来戦略方針」を発表した。

その基本理念をみると、①若い世代の所得を増やす、②長時間労働の是正など社会全体の構造・意識を変える、③すべてのこども・子育て世帯を切れ目なく支援する、といった点を挙げている。

注目すべきは、すべての子育て世帯を対象とした普遍的な支援策を検討している点だ。例えば、児童手当は、所得制限を撤廃して、支給期間を高校生まで延長する。また、親の就労に関わらず、すべての子育て世帯が利用できる「こども誰でも通園制度」を創設する。

歴史的に見て、子育て期は高齢期と並んで人生の中で貧困に陥りやすい時期であった。日本では、高齢期には、年金・医療・介護といった社会保険によって防貧機能が図られているが、子育て期の公的支援の規模が小さかった。そのため、貧困に陥ることを嫌った人は子どもをもたない選択をして、生活防衛を図ることになる。

一方、日本で子育て期への公的支援が小規模だったのは、子育ては家族の役割という意識が根強いことや、夫が正社員として働き、妻が専業主婦ないしは主婦パートとして育児を担うといった夫婦の役割分担が機能したことが大きい。

しかし、1960年代以降、非正規労働者が急増し、若者の世帯形成が困難になった。また、正社員に支給される年功的賃金には子どもの教育費などの生活給が含まれたが、年功的要素を廃止する企業が増えた。さらに女性の社会進出は、仕事と生活の両立が難しい職場の課題を浮き彫りにした。家族や労働状況は変わり、多くの若者が生活上の困難に直面したが、十分な手が打たれず、少子化が進んだ。

遅ればせながら、普遍的な子育て支援策が導入される意義は大きい。「子育て費用の社会化」によって、子育てに困難を抱える多くの現役世代が社会保障の受益感を持ちやすくなる。これは「支援を受ける人」と「支援をする人」といった世代間の分断を防ぐことにもつながる。

問題は、安定財源をどう確保するかだ。よく耳にするのは、高齢者向けの社会保障給付費を削って若者世代の給付に回すという考えだ。しかし、日本の高齢者の貧困率は国際的に見て高い水準である。日本の課題は、所得再分配の全体の規模が小さい点にある。

この点、現行案では、財源は歳出改革などと併せ、新たに社会保険の賦課・徴収ルートを活用した支援金制度を構築するという。詳細は未定だが、企業を含め、社会・経済の全世代の参加者全員が連帯して広く負担していく方向だ。

少子化を少しでも緩和できれば、中長期的にその恩恵を受けるのは、企業である。また、人口減少を抑えることができれば、年金・医療・介護といった社会保険の持続可能性を高めることになる。現在の高齢者にも、いずれ高齢期を迎える現役世代にも恩恵がある。高い財源調達力を持つ社会保険を活用して、全世代で子育てを支える制度は、理にかなっている。

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