ページの先頭です

[連載]スコープ3で始める企業の新標準 炭素会計入門(第1回)

経営戦略の鍵「炭素会計」を学ぶ 炭素で見える、トヨタとテスラの違い(1/2)

  • *本稿は、『日経ESG』2024年1月号(発行:日経BP)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ サステナビリティコンサルティング第2部
柴田 昌彦、吉國 利啓

2020年10月、当時の菅義偉首相が「50年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言し、50年の「カーボンニュートラル」実現を目指すことが日本の国際公約になった。あらゆる企業は、カーボンニュートラルの実現を意識して経営戦略や事業目標を策定し、事業活動をすることが求められている。さらにはその取り組みを、非財務情報として法定開示を求められる時代になってきた。

財務情報は、「財務会計」によって企業活動を「お金」の視点で整理し、自社の財務諸表や会計情報を公開して財政状態や経営状況を明確にするものだ。投資家や金融機関、取引先などに現在の財務状況を提供し、投資先として適正か、取引に問題がないか判断する材料にしてもらう。

そして今、脱炭素に向けて同様に取り組む手段として注目を集めているのが、「炭素会計」(カーボン・アカウンティング)だ。「炭素」の視点で企業活動を整理し、事業を通じて排出されるCO2など温室効果ガス(GHG)の収支を記録・開示する。

お金は増やす、炭素は減らす

財務会計と炭素会計は目標に大きな違いがある。お金は企業活動を続けるうえで「増やす」。一方、炭素は事業活動を通じて発生する温室効果ガスを「減らす・排出しないようにする」ことが目標となる。

カーボンニュートラルは「人為的な温室効果ガスの排出量と人為的な吸収量を均衡させること」を指す。15年12月に採択された気候変動の抑制に関するパリ協定の合意内容に基づく定義だ。パリ協定の目標に整合する「科学的根拠に基づく削減目標」(SBT)を企業に求めるSBTイニシアチブ(SBTi)では「ネットゼロ」と表現し、「温室効果ガスの排出量の大部分を削減したうえで、残りの排出量を炭素除去・貯留などの技術によって実質的にゼロにしている状態」とより厳密に説明する。

企業がカーボンニュートラルを達成するということは、事業活動により排出する温室効果ガスを減らし、「人為的な温室効果ガスの排出量と人為的な吸収量を均衡させる」ことで、最終的に温室効果ガス排出量を「実質ゼロ」にすることを意味する。

こうした取り組みを進めるには、企業活動に伴う「温室効果ガス排出量の把握」と「短中長期の時間軸での温室効果ガス排出削減のロードマップ策定」が不可欠である。その前提となるのが、温室効果ガスの収支を記録する炭素会計なのだ。

炭素会計では、「GHGプロトコル」が基準となる。米国の環境NGOである世界資源研究所(WRI)と持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)を中心に、世界中の事業者、行政組織、NGO、学術組織など様々な利害関係者が参加して温室効果ガスの算定・報告基準を定めた。

GHGプロトコルで算定するのは事業者自らの排出だけでなく、原材料調達、製造、物流、販売、廃棄など事業活動に関係する一連の流れからの排出を合計したものだ。

温室効果ガスは、排出源と企業活動との関係性に基づいて「スコープ1」「スコープ2」「スコープ3」の3種類に分けられている。

スコープ1は、燃料の使用や工業プロセスにおいて事業者自らが排出する直接排出だ。工場の敷地内でガソリンやガスを燃焼させるといったエネルギー消費工程での排出(エネルギー起源排出)と、工場の敷地内でセメントなどを製造する過程で発生する産業プロセスに係る排出(非エネルギー起源排出)がある。

スコープ2は、他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う間接排出だ。電力会社が発電所で石油や石炭を燃焼して発電する際に発生する温室効果ガスを自社の間接排出として算定する。

スコープ3は、スコープ1、2以外の間接排出、つまり事業者の活動に関連する他社の排出だ。GHGプロトコルでは、スコープ3を原料調達、製造、物流、販売、廃棄などサプライチェーンの上流と下流で、15カテゴリに分類している。カテゴリ1~8はサプライチェーンの上流、カテゴリ9~15が下流になる。日本ではスコープ3基準に整合したガイドラインとして、環境省と経済産業省が「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン」を公表している。


サプライチェーン排出量
図表4

サプライチェーン排出量は、自社内における直接的な排出(スコープ1)だけでなく、他社から供給された電気・熱・蒸気の使用に伴う間接排出(スコープ2)、自社事業に伴う他社の間接的な排出(スコープ3)も対象となり、原材料調達・製造・物流・販売・廃棄など事業活動に関係するあらゆる排出を合計した排出量を指す

  1. 出所:環境省

関連情報

この執筆者(吉國 利啓)はこちらも執筆しています

2023年10月
移行計画の観点で見る、ISSB基準
―脱炭素社会を生き抜くための情報開示とは―
2023年3月
サステナビリティ開示の新重要項目「移行計画」
―企業実務のためのなぜ・なにを・どのように―
ページの先頭へ