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社会動向レポート

「カーボンプライシング」と「自動車関係諸税」のあり方についての考察

日本の脱炭素化政策の今後(2/5)

環境エネルギー第1部 地球環境チーム コンサルタント 内藤 彩  コンサルタント 川村 淳貴

2.カーボンプライシングのあり方についての考察

(1)カーボンプライシングを巡る日本の現状

カーボンプライシングには、大きく炭素税と排出量取引制度があるが、日本には既に国レベルの炭素税(正式名:地球温暖化対策のための税)が導入されており、また東京都及び埼玉県では排出量取引制度が導入されている。しかし炭素税の税率は289円/tCO2と、脱炭素化を目指すスウェーデンの15,000円と比較すると低く、排出量取引制度についても、国レベルの施策は導入されていない。

では、国レベルのカーボンプライシングについて、日本ではどのような議論が行われているのかみていきたい。

[1] カーボンプライシングを巡る国内の議論

カーボンプライシングについては、その是非を巡って、政府内で見解が分かれている。環境省は、2017年度に学識者・有識者から構成される「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」を設置し、2018年3月に報告書を取りまとめ、「脱炭素社会に向けた円滑な移行を誘導していくために、カーボンプライシングが有効」と明記した。さらに、2018年6月には、産業界も含む幅広いステークホルダーで議論を行うため、中央環境審議会地球環境部会に「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」を設置し、カーボンプライシングの望ましい活用方法について議論を進めているところである。

一方で、経済産業省は、2017年4月に公表した報告書において、「カーボンプライシング施策の追加的措置は必要な状況にない」と明言している上、80%削減のような大幅削減についても「非常な困難を伴う」としており、国内での削減ではなく「国際貢献」や「グローバル・バリューチェーン」での削減により進めるべきとしている。また、経団連等の産業団体も経済産業省と類似した意見を公表しており、カーボンプライシングや脱炭素化に対する風当たりが強い状況にある。図表2に、それぞれの主な意見を整理した。

図表2 日本におけるカーボンプライシング及び脱炭素化に対する意見の相違
図表2

  1. (資料)みずほ情報総研作成

[2] カーボンプライシングの必要性

以上のように、カーボンプライシングを巡って、省庁間で大きな意見の隔たりが見られるが、日本の脱炭素化を進める上で、カーボンプライシングは本当に必要なのだろうか。それを検討するために、日本におけるCO2排出量の現状を見てみたい。

図表3を見ると、日本では、1990年以降のCO2排出量はほぼ横ばいで推移しており(7)、2013年以降減少傾向にあるものの、現状のままでは、脱炭素化や2050年80%削減どころか、2030年26%削減すら難しい状況にある。

環境省が「長期低炭素ビジョン」で示した2050年80%削減の方向性によれば、日本で大幅な排出削減を進めていくためには、[1] エネルギー消費量の削減、[2] エネルギーの低炭素化、[3] 利用エネルギーの転換(電化)、を総合的に進めていくことが必要とされている(8)。すなわち、すべての部門における省エネを進めるとともに、発電の低炭素化、及び燃料の燃焼から電力への転換を進めなければならない。特に、石炭は同じエネルギーを得るのに他の燃料よりも多くのCO2を排出するため、石炭火力発電や産業部門の石炭消費を、より低炭素なエネルギーに代替していくことが求められる。

以上のような日本の排出状況を踏まえれば、環境省が言及するように、脱炭素社会に向けた円滑な移行を促す上で、すべての部門に対し排出削減のシグナルを与え、CO2排出量が少ないエネルギーへの移行を促すカーボンプライシングの導入は、有効と考えられる。

図表3 日本における部門別CO2排出量の推移(電気・熱配分前)
図表3

  1. (資料)環境省「2016年度(平成28年度)の温室効果ガス排出量(確報値)について」よりみずほ情報総研作成

[3] カーボンプライシングの負の側面

一方で、経産省の言及にもあるように、カーボンプライシングには負の側面もある。主なカーボンプライシングの負の側面を図表4に整理した。カーボンプライシングを強化することによって、生産コストに占める燃料コストの割合が大きなエネルギー多消費産業が、カーボンプライシングが導入されていない国・地域へ移転する「カーボンリーケージ」と呼ばれるリスクが生じる。また、カーボンプライシングによるコスト増によって、革新的技術を生み出すための「イノベーションの原資が奪われる」といった指摘もなされている。加えて、2018年11月以降のフランスでの暴動(9)に見られるように、特に低所得者層にとって燃料価格上昇の影響が大きくなる「逆進性」の問題もある。

また、1.1のスウェーデンの事例で取り上げたように、カーボンプライシングは脱炭素化において有効ではあるものの、単純に価格を設定するだけで脱炭素化が実現するわけではないという課題もあり、脱炭素社会に移行していくために、カーボンプライシングを適切に設計できるかどうかが鍵を握る。

次節以降では、カーボンプライシングを巡る世界の事例を参照し、日本におけるカーボンプライシングの望ましいあり方について、考察を行う。

図表4 カーボンプライシングの主な負の側面
図表4

  1. (資料)みずほ情報総研作成

(2)カーボンプライシングを巡る世界の潮流

世界では、1990年代から欧州を中心にカーボンプライシングの導入が進み、欧州以外にも、北米の州レベルの取組が複数あるほか、メキシコやチリといった中南米での導入が進んでいる。アジアでも、中国と韓国が排出量取引制度を導入しているほか、シンガポールが2019年1月から炭素税を導入し、世界中でカーボンプライシングの導入が拡大している。

これらの導入事例では、炭素価格を単純に課すのではなく、カーボンプライシングの負の側面に対する対応策とセットで実施されている場合がほとんどである。具体的な対応策について、以下では、[1] 軽減措置・ポリシーミックス、及び[2] 収入使途に分けて、諸外国の事例を紹介する。

[1] 対応策1:軽減措置・ポリシーミックスによる対応

上述のようなカーボンプライシングの負の側面には、図表5に示すように、エネルギー多消費産業に対する炭素税の減免措置あるいは排出量取引制度の排出枠の無償割当といった軽減措置や、ポリシーミックスによって対処することができる。

例えば欧州では、多くの炭素税導入国において、鉄鋼やアルミニウム等の製造における燃料の原料使用について、炭素税が免税となっている。これらの製造工程はエネルギー集約的であることから、炭素税を課すことにより税負担が大きくなり、カーボンリーケージのリスクが高くなるためである。また、EU-ETSでは、第3フェーズ以降(2013年~)発電部門が有償で排出枠を購入する仕組みとなったことから、電力価格の上昇によるカーボンリーケージを防止するため、EU-ETS参加国がエネルギー多消費産業への資金支援を行うことを認めている。

欧州やカナダのアルバータ州では、運輸部門や家庭・業務部門は炭素税の対象となり、一方で排出量の大きい産業部門と発電部門は排出量取引制度の対象となるため炭素税は免税となる。欧州の排出量取引制度の場合には、排出量の上限(キャップ)を設定し排出総量の削減を求めているが、産業部門に対してはベンチマーク(製品当たりのCO2排出量)に基づいて排出枠を無償で割当てることで、リーケージのリスク低減が図られている。アルバータ州では、排出総量の削減は求められていないが、ベンチマークよりも低排出な生産を行った場合に利益を得られ(政府から、他社に売却可能な排出枠を譲渡される)、ベンチマークを上回った場合には排出枠を購入しなければならない制度となっている。これらの制度は、同じ製品を生産しても、製品当たりのCO2排出量が少ない企業ほど得をし、CO2排出量が大きい企業は確実にカーボンプライシングのコスト負担を求められる仕組みである。

カナダのブリティッシュ・コロンビア州では、2008年から炭素税が導入されているが、2012年以降一定であった炭素税率が2018年以降再度引き上げられ、2021年に50カナダドル/tCO2となることが決定している。それを受け、産業への負担を緩和するために、アルバータ州の制度のように製品ベンチマークを設定し、パフォーマンスの高い企業には、炭素税の引上げ分を還付するという「CleanBC program for industry」という仕組みを2019年から新たに導入する予定である(10)。単純に税率を低く設定するのではなく、排出削減のインセンティブを維持しつつ、影響を緩和する仕組みである。

図表5 カーボンプライシングによる負の側面への対応策の例
図表5

  1. (資料)みずほ情報総研作成

[2] 対応策2:収入の活用による対応

北米やカナダの事例では、炭素税の税収や、排出量取引制度における排出枠の売却益(オークション収入)を活用し、カーボンプライシングの負の側面への対応が行われている。

例えばアルバータ州では、2017年に「気候変動リーダーシッププラン(Climate LeadershipPlan)」を策定し、炭素税の税収と排出量取引制度のクレジット売却益の収入を用いて、イノベーションファンドを設置し、企業の研究開発投資プロジェクトへの支援を行っている。特にアルバータ州は、GHG排出量の大きいオイルサンド産業を抱えており、オイルサンドの産出過程における低炭素技術のイノベーションが急務であることから、ファンドによる排出削減技術に対する支援が重点的に行われている。

また、スウェーデンやカナダのブリティッシュ・コロンビア州では、低所得者層の所得税の減税や資金支援を行い、逆進性の緩和が図られている。また、RGGI(米国北東部州,RegionalGreenhouse Gas Initiative)の排出量取引制度では、オークション収入を発電事業者の設備投資支援に活用することで、電力価格の引下げを行っており、カリフォルニア州では、送配電事業者に排出枠を無償で割当て、その売却益を電気代の高騰の防止に活用することを義務付けることで、家計への打撃を緩和する工夫がなされている。

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