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社会動向レポート

「カーボンプライシング」と「自動車関係諸税」のあり方についての考察

日本の脱炭素化政策の今後(3/5)

環境エネルギー第1部 地球環境チーム コンサルタント 内藤 彩  コンサルタント 川村 淳貴

2.カーボンプライシングのあり方についての考察(続き)

(3)日本におけるカーボンプライシングのあり方

2.1で述べた通り、現時点ではカーボンプライシングの是非を巡って省によって見解が分かれ、日本政府としての方針は定まっていないが、政府として、今後80%削減や脱炭素化を見据えて、カーボンプライシング導入に舵を切る可能性がある。

日本におけるカーボンプライシングの設計を行う際には、諸外国の事例のように、カーボンプライシングの負の側面を緩和する仕組みとのパッケージで考えなければならない。特に日本のCO2排出量において大きなシェアを持つ鉄鋼、セメント、化学といった業種においては、商用化されている技術での削減には限界があり、生産方法を低炭素化するには革新的技術(例えば製鉄プロセスにおける高炉の還元材の石炭から水素への代替等)の開発が必要となる。そのような排出削減が難しい生産工程に高額の炭素価格を付与すれば、カーボンリーケージにつながる可能性があるため、諸外国の事例にみられるように、減免措置や無償割当といった措置が必要である。一方で、エネルギー集約的な産業であっても継続的に排出削減インセンティブを維持する必要もあり、欧州やアルバータ州の事例にみられるように、炭素税は免税とした上で、無償割当を含む排出量取引制度によってカバーするなど、工夫が求められるだろう。

加えて、日本国内で脱炭素化を行うためには、革新的な低炭素技術の普及・開発が必要であり、北米の排出量取引制度の事例のように、カーボンプライシングの収入を効果的に活用することによって、日本の技術力を生かしたイノベーションが進むことが期待される。加えて、革新的な低炭素技術への投資を行う覚悟を企業に持たせるためにも、カーボンプライシングのシグナルが有効だろう。

逆進性の問題についても、減免措置や資金支援によって対応が可能である。例えば、公共交通機関が発達していない地域において、自動車に頼るしかない世帯、特に電気自動車等の次世代自動車の購入が難しい低所得者層に対しては、ブリティッシュ・コロンビア州のような資金支援等による対応が求められる。

しかし、上記のような措置は、導入時のショックを和らげ負の側面を緩和する措置であり、永久に実施する必要があるものではない。図表6に示すように、脱炭素化を実現するためには、価格を徐々に引上げ排出削減のインセンティブを強化し、減免措置や無償割当といった配慮措置も、徐々に縮小していく必要があるだろう。加えて、スウェーデンの事例に学び、カーボンプライシングによって排出削減が進みにくい部門に対して、追加施策と組み合わせて実施していくことも求められる。これらの設計を伴ったカーボンプライシングにより、脱炭素化を実現することができれば、CO2の排出量はゼロに近づき、CO2の排出削減を目的とするカーボンプライシングは役割を終えることになるだろう。

諸外国では、負の側面を緩和する措置とのパッケージでカーボンプライシングを導入することにより、排出削減が進められてきた。日本においても、時間軸に沿ったきめ細やかな設計を伴った効果的なカーボンプライシングを導入することで、脱炭素化に向けて大幅な排出削減を進めていくことが重要である。

図表6 排出削減の進度に応じたカーボンプライシングの設計のイメージ
図表6

  1. (資料)みずほ情報総研作成

3.自動車関係諸税のあり方についての考察

(1)運輸部門の排出削減策と自動車関係諸税の現状

[1] 運輸部門における排出削減策の概要

運輸部門の排出削減策を論じるにあたり、日本の運輸部門のCO2排出量を確認しておきたい。図表7が示すように、運輸部門のCO2排出量は2000年頃から徐々に減少傾向にあるが、その8割強を占めるのは依然として乗用車やバス、貨物自動車による自動車由来のCO2排出量であり、その構造に大きな変化はない(11)。従って、運輸部門の脱炭素化に向けては、自動車部門の脱炭素化が特に重要であることがわかる。

では、自動車の脱炭素化に向けた対策にはどのような方法があるだろうか。2030年の削減目標達成に向けた取組をまとめた「地球温暖化対策計画(平成28年5月13日閣議決定)」によると、運輸部門は2030年までに6,200万トン(2013年比)の排出削減が求められている。自動車関係の削減対策では、「次世代自動車の普及、燃費改善」による削減見込量が2,379万トンと最も大きく、次に「公共交通機関の利用促進」による削減見込量の178万トンが続く。

次世代自動車は、図表8に示すように、燃料や駆動方式等に応じて6つのタイプに分類でき、2030年に向けては、ハイブリッド車、電気自動車(以下、BEV)、プラグインハイブリッド車(以下、PHEV)を中心に、乗用車における次世代自動車の普及に関する政府目標が定められている(12)

このように、自動車部門の脱炭素化に向けては、燃費のより良い車の普及(例:ガソリン車からハイブリッド車への移行)や環境負荷の小さいエネルギーを使う車の普及(例:ガソリン車から電気自動車への移行)、公共交通機関の利用促進による自動車の走行そのものの削減等により、排出削減が進められることになるだろう。

図表7 運輸部門における用途別CO2排出量の推移
図表7

  1. (資料)環境省「2016年度(平成28年度)の温室効果ガス排出量(確報値)について」よりみずほ情報総研作成

図表8 次世代自動車(乗用車)の概要
図表8

  1. (資料)みずほ情報総研作成

[2] 排出削減策としての自動車関係諸税

上記のように、地球温暖化対策計画における、「次世代自動車の普及、燃費改善」をいかに進めていくかが今後の重要な課題であり、その主要な施策の1つとして位置付けられているのが、自動車関係諸税である。

図表9に、取得段階及び保有段階の自動車関係諸税を対象に、省エネ法に基づき設定された燃費基準値の達成率に応じて減免措置を講じるエコカー減税及びグリーン化特例の概要を示す。現行のエコカー減税及びグリーン化特例は、数年毎に燃費基準の達成率を切り上げることで、環境インセンティブを維持する仕組みとなっている。

平成31年度与党税制改正大綱においても、燃費基準の達成率の切り上げが行われたが、その一方で、2019年10月の消費税増税による駆け込み需要及び反動減による需要変動の平準化を目的に、現行制度の自動車取得税に代わる環境性能割(取得段階の税)における2019年10月から2020年9月までの一律1%税率引下げや、自動車税の恒久的な税率引下げが行われた。これらの税率引下げにより、軽減措置の対象車(エコカー)と非対象車(非エコカー)との相対的な税負担差が縮まったため、エコカーを選択するインセンティブが弱まったと捉えることもできる。加えて、税制改正大綱の検討事項でも言及された「保有から利用」への移行を踏まえると、取得段階及び保有段階の税を対象とする現行のエコカー減税及びグリーン化特例の排出削減効果も、徐々に減衰していく可能性がある。

図表9 乗用車におけるエコカー減税及びグリーン化特例の減免措置(2019年1月時点)
図表9

  1. (資料)みずほ情報総研作成

[3] 自動車関係諸税の税収推移

他方で、自動車関係諸税は排出削減だけでなく、国・地方の重要な財源という側面も忘れてはならない。図表10の自動車関係諸税の税収推移をみると、取得段階及び保有段階の税、利用段階の税はいずれも2000年代前半をピークに減収が続いており、2018年度の収入見込額は、ピーク時から1兆円程度の減収となっている。取得段階及び保有段階の税の減収は、自動車取得税や自動車重量税の税率引下げや、エコカー減税及びグリーン化特例の導入が主な要因と考えられ、走行段階の税の減収は、主に燃費改善や次世代自動車の普及によるガソリン及び軽油消費量の減少が主な要因と考えられる。このように、自動車関係諸税は「国・地方を通じた財源を安定的に確保」することが難しい状況が続いている。

以上の現状を踏まえると、「保有から利用」への移行に対応しつつ、「環境負荷の低減」を実現し、「国・地方を通じた財源を安定的に確保」する税制について、検討に着手することが求められている。次節以降では、自動車関係諸税を巡る世界の事例を参照し、日本における中長期な視点で検討しうる自動車関係諸税のあり方について、考察を行う。

図表10 自動車関係諸税の税収推移(左:取得段階及び保有段階の税、右:走行段階の税)(13)
図表10

  1. (資料)財務省「租税及び印紙収入決算額調」、総務省「地方財政統計年報」、総務省「平成28年度地方税収決算見込額」、総務省「地方税及び地方譲与税収入見込額(平成29年度)」、総務省統計局「日本の長期統計系列 第5章財政」よりみずほ情報総研作成
  • 図表10の右側のグラフ(走行段階の税)において、「地方揮発油税(緑色)」の値に誤りがあったため訂正いたしました(2019年11月)。
  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
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