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社会動向レポート

EBPMを契機とした行政・研究の連携を

行政への浸透に向けたEBPMの課題とその一方策(3/3)

社会政策コンサルティング部 チーフコンサルタント 森安 亮介

4.EBPM推進に向けた一方策:研究知見を行政に活かせる協業体制の構築を

以上、本稿ではEBPMにおけるわが国の取組みを概観するとともに推進に係る3つの課題―(1)データの整備、(2)行政への組み込み、(3)行政・研究機関の協業―を確認した。このうち(1)(2)については既に各省庁で検討や着手がなされている。例えば厚生労働省では「厚生労働省統計改革ビジョン 2019」(2019年8月公表)にEBPM実践を通じた統計の利活用やデータ管理等が明記されており、実行に移される段階にある。また、人材の育成・登用についてもEBPM推進委員会「EBPMを推進するための人材の確保・育成等に関する方針」(2018年)で方針が提示され、各省庁で検討が進められている。これらは統計改革であり、行政プロセス改革であり、そして組織人事改革とも直結するテーマでもある。そのため一朝一夕で解決されるものではなく、長い道のりを着実に推進していくものであろう。

こうした状況を鑑み、本節では、残る(3)行政・研究機関の協業に焦点を当て、その実行に必要な機能について考察する。先述のように研究サイドと行政サイドは時間軸もインセンティブも異なっている。そのため、両者がwin-winな関係になるために、各々の本業にとっても有益になるような仕組み作りが求められる。両者がうまく結びつく中間機能として、筆者は次の3つの社会的機能の拡充が必要だと考える。

まず、「[1]研究コーディネート機能」である。時間軸の異なる両者のwin-winな体制構築の鍵は、どうしても時間軸の長くなる研究を先行させることにあろう。そこで、データ整備や研究フィールドづくりを積極的に行い、政策テーマにも関連する諸研究の発展を促すことが第一歩になるのではないだろうか。例えば、学校現場でランダム化比較実験を行おうとしても、学校関係者や保護者、教育委員会等との密なコミュニケーションや膨大な諸調整が欠かせない。こうしたコミュニケーション・諸調整を第三者機関が担い、研究者は研究に集中できるような良質な研究フィールドを築くことが求められる。 しかし、そうした研究成果(すなわちエビデンス)が学術界のみに発信されていては政策活用には至らない。そこで重要になるのが、「[2]研究レビュー・政策支援機能」である。上述の研究成果や海外も含めた先行研究を、行政担当者のニーズに即して分かりやすく伝えることが、エビデンスの行政への取り込みを促すために有効な手段である。例えばイギリスのWhat Works CentreやアメリカのWhat Works Clearinghouseでは研究知見が分かりやすく発信されており、研究と行政・教育現場をつなぐ役割を果たしている。こうした発信は行政担当者のエビデンス生成やエビデンス収集の負担を軽減することから、EBPM推進を促すものとなろう。

そして、最後に必要なのが、そうした研究の有用性や必要性を広く発信し、研究への理解を広める「[3]科学コミュニケーション機能」である。例えば教育に関する研究知見は、本来的には教育の質向上にも役立つものであり、丁寧なコミュニケーションさえ行えば学校側にも有用である。研究成果の解釈や留意点、活用可能性等について丁寧に説明するとともに、世に広く事例や意義を発信することが、共感者の拡大を通し、実証フィールドの提供可能性の拡大にもつながる。実際、筆者も政策研究大学院大学(GRIPS)で実施したセミナーで100名程度の教育関係者にランダム化比較実験等を紹介したところ、少なくとも5つの学校や自治体で「工夫次第によって自組織での実施が可能である」との意見が表明された(4)。このような事例を一つでも多く創出し、研究フィールドの輪を広めていくことが必要である。

こうした3つの機能はEBPMに先行する医療領域のEBM(Evidence Based Medicine)のエビデンスを「つくる」「つたえる」「つかう」の3つの段階にも即したものである(7)。即ち、まず[1]研究コーディネート機能を通してエビデンスを「つくる」支援を行う。次に[2]研究レビュー・政策支援機能によってエビデンスを「つたえる」とともに、行政がエビデンス「つかう」ための支援を行う。そして、こうしたサイクルが自律的に展開される土台として[3]科学コミュニケーションによる支援を行う。このように、単に行政・研究の両者間の仲介ではなく、両者各々の本業にとって最大限有益になるように付加価値を高めながら介在する役割―研究知見に関する商社のような役割―が、上述の3つの機能を果たす上で重要だと考える。もちろんこうした役割は現在でも大学、各種研究機関、行政、NPO、シンクタンク等が担っているが、前述した機能の担い手として、今後一層の発展と貢献が必要となる。


図表5 EBPM実装を促す3つの機能―教育領域を念頭に―
図表5

  1. (資料)当社自主研究事業等の議論を参考に、筆者作成

5.結びにかえて

以上、本稿ではEBPMやその取組みを概観するとともにEBPM推進の3つの課題を確認した。その上で、とくに行政と研究機関の協業に関する解決の一方策を検討した。歴史を紐解くと、EBPMのさきがけとなったイギリスも政府の旗振りだけでその実践に至ったわけではない。政府が取り組むはるか以前から、活発な研究コミュニティを中心に研究知見を実践に活かす文化があり、そうした土壌があったからこそ花開いた経緯がある。現在各省庁で検討や実行がされているEBPMを1つの契機として、むしろわが国の研究土壌にも目を向けて対応していくことが結果的にはEBPMの推進に結びつくのではないだろうか。

  1. (1)例えば経産省の経済産業研究所(RIETI)では慶應義塾大学 山本勲教授をリーダーとしたチームで企業・従業員をマッチングしたパネルデータが構築されている。また文科省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、博士取得人材を追跡したパネルデータが構築されている。このデータの分析には筆者も参加しており、調査概要や結果については「博士人材追跡調査 第2次報告書」を参照頂きたい。
  2. (2)研究で必要とされる統計・データの条件や、現状のわが国の政府統計に係る課題については川口(2019)に詳しい。
  3. (3)14歳時点での基礎学力の達成度や高校卒業率に統計的に有意な差が生じ、40歳時点では月収、持ち家率、犯罪率等についても教育プログラムを受けた層の方が優れているとの検証結果が出ている。
  4. (4)ワークショップは2018年3月10日(土)に政策研究大学院大学で実施した。文部科学省職員や文部科学省所管の研究所の研究者、自治体職員、教育やEBPMを研究する学者、教育に関わる民間企業など計122名が参加した。
  5. (5)社会科学の専門性を生かした政策形成の導入については内山(2015)に詳しい。イギリス政府における公務員制度や政官関係のあり方については内山・小林・田口・小池(2018)に詳しい。
  6. (6)EBPMの導入効果に対する議論も存在する。例えば関沢(2017)・関沢(2019)ではEBPMがモデルとしている医療のEBM(エビデンスに基づく医療)において、バイアスによって、本当に信頼できるエビデンスが得られなくなっているケースを紹介している。
  7. (7)EBMは「エビデンスに基づく医療」という考え方であり、1991年にゴードン・ガイアットによって“Evidence-based Medicine”と題する論文が発表され、1993年からアメリカ医師会雑誌にEBMのシリーズ論文が掲載されたことが契機だとされている。そうした動きの中、本稿p2でも紹介したコクラン共同計画がイギリスで実施された。なお、コクラン共同計画は、研究者などがエビデンスを「つくる」場と、それらを医者・薬剤師・行政官・患者などが「つかう」場の、両者の間に入って「つたえる」(多様なランダム化比較実験等の研究知見の中から、信頼に足る成果を吟味して、それらをまとめて必要な人に遅滞なく伝える)ことが大切だとして推進されたものでもある。こうした経緯やEBMとコクラン計画との関係等については正木・津谷(2006)や津谷(2011)に詳しい。

参考文献

  1. 家子直幸・小林庸平・松岡夏子・西尾真治(2016)「エビデンスで変わる政策形成」三菱UFJリサーチ&コンサルティング政策研究レポート
  2. EBPM推進委員会(2018)「EBPMを推進するための人材の確保・育成等に関する方針」(平成30年4月27日)
  3. 内山融(2015)「政策立案力高めるには 経済分析の専門家採用を」日本経済新聞2015年5月29日付 経済教室
  4. 内山融・小林庸平・田口壮輔・小池孝英(2018)「英国におけるエビデンスに基づく政策形成と日本への示唆─エビデンスの「需要」と「供給」に着目した分析─ 」RIETI Policy Discussion Papers Series18-P-018 2018年12月
  5. 岩崎久美子(2017)「エビデンスに基づく教育 研究の政策活用を考える」情報管理 2017年4月
  6. 川口大司(2019)「日本の統計の質はどう評価できるのか?」経済セミナー2019年6・7月号 日本評論社
  7. 経済産業省 平成28年度政策評価調査事業(経済産業行政におけるエビデンスに基づく政策立案・評価に関する調査)報告書
  8. 関沢洋一(2017)「エビデンスに基づく医療(EBM)探訪 第5回『エビデンスに基づく医療がハイジャックされている?」独立行政法人経済産業所
  9. 関沢洋一(2019)「EBPMがハイジャックされないために」独立行政法人経済産業所
  10. 津谷喜一郎(2011)「日本のEBMの動きからのレッスン─前者の轍を踏まないために─」国立教育政策研究所紀要 第140集45-54,2011年3月
  11. 正木朋也・津谷喜一郎(2006)「エビデンスに基づく医療(EBM)の系譜と方向性:保健医療評価に果たすコクラン共同計画の役割と未来」日本評価研究/6巻1号
  12. 三浦聡(2017)「経産省におけるEBPMの取り組み」
    (PDF/1,000KB) (2019年11月1日アクセス)
  13. 内閣府(2018)「内閣府本府EBPM取組方針」(平成30年4月)
  14. Melnyk, B. M (2010); Fineout-Overholt E“ Evidencebasedpractice in nursing and healthcare; A guideto best practice.” Lippicott Williams & Wilkins,2010, p.12
  15. OECD (2007) “Evidence in Education: LinkingResearch and Policy”
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