フィナンシャルエンジニアリングレポート Vol.35
The American Finance Association 2020 Annual Meeting 参加報告
2020年4月
みずほ情報総研 マーケッツデジタルテクノロジー部 磯部 晃
1.カンファレンス概要
本年も当部よりAllied Social Science Associations主催の年次ミーティングに参加した。アメリカ・サンディエゴのダウンタウンに位置するMarriott Marquisを大会本部として、周辺の会場で様々な分野に渡る大会が開催された。中でも、金融・経済に的を絞ったAmerican Economic Association(AEA)、American Finance Association(AFA)はManchester Grand Hyattにて開催され、筆者はAFAのセッションを聴講したため、その参加記録をレポートする。
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大会名: | The American Finance Association 2020 Annual Meeting (AFA 2020) |
主催者: | American Finance Association |
開催地: | アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンディエゴ |
期間: | 2020年1月3日~2020年1月5日 |
カンファレンスは1セッションが2時間で行われ、1日あたり3セッションが行われた。セッション内では3~4程度の論文について15~20分程度発表が行われ、それぞれの発表の後に、直前の発表に対して第三者によるディスカッションやコメント、改善点などが同様に15~20分で発表される形式である。3日間240件にも上る論文に関する74のセッションが開かれ、テーマとしては、「金融規制」「流動性」といった内容から、「FinTech」「ブロックチェーン」といったテーマが扱われていた。
2.内容
以下では、聴講した発表の中からその一部を報告する。
2.1. Fintech and Credit Scoring for the Millennial Generation
本研究は、個人のデジタルフットプリント* を活用したクレジットスコアリングの可能性を論ずるものである。
- (*インターネットを利用したときに残る記録の総称。作成したアカウント、ソーシャルメディアへの記事やメッセージの投稿、電子メールの送受信、ウェブページの閲覧履歴など。)
全世界には約20億人ものクレジットスコアを持たない人々が存在(IMF2017)している。本事象は発展途上国のみにおける問題ではなく、キャッシュレス大国である米国においても4500万人にも上る人々がクレジットスコアを有していない(Consumer Financial Protection Bureau, 2015)。「クレジットスコア」がなんらかの代替手段によって評価される場合、それらの人々が「良い借り手」になる可能性が期待され、未開拓市場として注目されている。一方で、発展途上国での携帯電話の導入率は98.7%であり、インターネットおよびソーシャルメディアの使用は指数関数的に増加しており、近年これらから得られる情報、すなわち「デジタルフットプリント」を活用した代替的なクレジットスコアが検討されてきたBerg, Burg, Gombovic and Puri, 2019)。
著者らは、インド国内(2016-2018)で得られた個人のデジタルフットプリントのなかでも、アクセスログをはじめとするよりディープ(取得が困難)なフットプリントを活用した機械学習により、
- (1)デジタルフットプリントの、ローン希望者のデフォルト予測におけるクレジットスコアに対する優位性
- (2)ディープ・デジタルフットプリント(=通話ログ)の活用による予測精度の改善
を明らかにした。クレジットスコアを有さなくとも、構造化されていない情報を携帯電話内に大量に保持している人々を対象に、潜在的なクレジットカード利用可能者の拡大が期待される結果が示された。
2.2. Equilibrium Bitcoin Pricing
本研究は、ビットコインの標準的なREE(Rational Expectation Equilibrium)モデルを構築し、そのモデルと実データとの比較に関して論ずるものである。
一般的な通貨は周知のとおり、中央銀行によって発行されその信用をもって価値の創出・維持されるが、当該機関が信用を失った場合にはインフレや金融危機に直面する(トルコ、ベネズエラ、ジンバブエ等)。一方、インターネット上でやりとりできる財産的価値である「暗号資産(仮想通貨)」は、銀行等の第三者を介することなく、財産的価値をやり取りすることが可能な仕組みとして、高い注目を集めている。しかし、「お金は本来、国民の信頼を享受する説明責任のある機関に支えられた不可欠な社会的慣習であり…中略…ビットコインや最近急成長した他の暗号資産などのプライベートデジタルトークンは、根本的なこのお金の価値と性質に関する信頼を危険にさらしてはならない」(Agustin Carstens,BIS)、「ビットコインは純粋なバブルで、本質的な価値のない資産であり、信頼が失われると、価格はゼロになる」(Jean Tirole, TSE)等の警告を提言する有識者も存在する。それでも現在のビットコインの時価総額は1,000億ドルを超えて(2020年1月現在)おり、この価値は非合理なものなのか、それとも基本的な経済学と矛盾を持たない合理的なものなのか、という議論は尽きない。
著者らは、暗号資産のファンダメンタルズとして考えられる、トランザクションにおけるコストやリスクを導入した中央銀行通貨と仮想通貨からなる単純な世代重複モデル(The Overlapping Generations Models:OLG)を構築、それをもとに暗号通貨特有のトランザクションコストやハッキングリスクなどのファンダメンタル・バリューを反映した価格均衡のモデルを導出した。モデルの乗法構造性は、均衡価格の多様性を示唆するとともに、ファンダメンタル・バリューのモデル反映がビットコインの価格変動の一部を説明できると主張した。
2.3. Trading Volume, Illiquidity and Commonalities in FX Markets
本研究は、理論およびデータの両側面における、FX市場における取引量、ボラティリティ、および非流動性に関する共通の決定要因について論ずるものである。
近年では、変動FXレート、オープンエコノミー、および資本移動の拡大により、FXのボラティリティ、取引量、および非流動性のより良い理解が求められるようになった。その一方で、外国為替市場は分散化されておりFXの取引量に関するデータの入手は困難であったため、取引量とその他の要素との関係性の分析は十分に行われてこなかった。その中で、2002年にCLS Continuous Linked Settlement)は、決済メンバーとその顧客のFXトランザクションの決済リスクを軽減するPvP(Payment Versus Payment:多通貨同時)決済サービスの運用を開始。そのシェアは急速に増加し、2017年3月までにグローバルFX取引の50%を上回るほどとなり、CLSで蓄積されたグローバルFX取引量が分析対象として注目されるようになった。
著者らは、上述のCLSにおけるグローバルFX取引量データを用いて、取引量とボラティリティを決める主な要因は、ある情報に対する投資家間の意見の不一致であることを示し、インプライド・ボラティリティによる取引量の増加をはじめとする、取引量とボラティリティおよび非流動性の間の相関関係や、流動性により価格効率が形成されることを明らかにした。
3.所見
本大会では幅広いテーマについて、学術関係者や金融当局関係者らが研究を発表しており、昨年対比、金融市場の流動性やFinTechに関するセッションが増えているように見受けられる。特に近年のFinTechに関する技術導入は世界的に目覚ましく、そこから得られるデータの蓄積量の充実とビッグデータ分析に関する技術の経済・金融分野への浸透により、それらの検証やレビューが可能な段階に来ていることの証左といえるだろう。現在進行形で劇的な変遷を遂げつつある金融市場とそれを取り巻く関連研究・技術に関して、最新の研究成果の知見を得ることができたのは実務の面からも大変有意義であった。引き続き、金融技術の動向をモニタリングしていく所存である。
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