フィナンシャルエンジニアリングレポート Vol.36
スマートベータとリターン特性について
2020年9月
みずほ情報総研 マーケッツデジタルテクノロジー部 堤 太一
1.はじめに
近年、スマートベータの普及が進んでおり、機関投資家の投資戦略として定着しつつある。スマートベータの定義は明確に定まっていないが、従来の市場インデックスをベンチマーク*1とするのではなく、特定の要素(ファクター)*2に着目して生成されたインデックスをベンチマークとする投資手法のことであり、別名ファクター指数とも言われている。
ファンドは伝統的にベンチマークとなる市場インデックスを超過することを目指すアクティブファンドと、ベンチマークに追随することを目指すパッシブファンドに大別される。また、アクティブファンドは、超過リターンが期待される分、パッシブファンドに比べ手数料も高く設定されている。しかし、アクティブファンドと言っても長期的にベンチマークを超過する事は難しく、それが故に昨今は、手数料の低いパッシブファンドへの資金流入が加速している。この状況下、手数料を抑えつつも、ある程度の超過リターンを獲得したいという中間的なニーズの受け皿としてスマートベータに注目度が高まり、これに追随する投資手法が機関投資家の間で広がっている。国内では2014年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)での採用を機に大きく広がり、スマートベータに連動したETFが登場するなど個人投資家にも身近なものとなりつつある*3。このようなスマートベータについて、過去のパフォーマンスを定量的に把握しておくことは投資家全般に対して有用であると思われるため、本稿では、スマートベータの代表例としてMSCIファクター指数を取り上げ、各種ファクター指数のリターン特性、及び類似性について評価する。
2.各種ファクター指数とリターン特性
ここでは具体的に、市場インデックスを上回るファクターと言われている6つのファクター(高配当、バリュー、低リスク、最小分散、クオリティ、モメンタム)について取り上げる(図表1)。株価指数の算出や提供を行う代表的な指数会社の1つであるMSCI(Morgan Stanley Capital International, URL: https://www.msci.com/)社は、これら6つのファクターについて、各々のファクター指数を公表している。 詳細な、指数のメソドロジーについては、https://www.msci.com/index-methodologyを参照されたい。
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ファクター名 | 指数の名称 | 概要 |
---|---|---|
高配当 | MSCI高配当利回り指数 | 配当利回りだけでなく配当性向、配当持続性などを考慮して銘柄を選定し、時価総額でウェイト付け |
バリュー | MSCIエンハンストバリュー指数 | P/B(Price to Book Value:株価純資産倍率)、Forward P/E(Forward Price to Equity:予想株価収益率)、EV/CFO(Enterprise Value/Operating Cash Flow:企業価値対営業活動によるキャッシュフロー比率)の高い銘柄を選定し、時価総額でウェイト付け |
低リスク | MSCIリスクウェイト指数 | 株価のボラティリティに着目したもので、個別銘柄の分散の逆数でウェイト付け |
最小分散 | MSCI最小分散指数 | 指数そのもののボラティリティを最小化するようにウェイト付け(リスクウェイト指数と異なり個別銘柄間の相関を考慮) |
クオリティ | MSCIクオリティ指数 | D/E(Debt to Equity:負債自己資本比率)、ROE(Return on Equity:自己資本利益率)、Earnings Variability(利益安定性)の高い銘柄を選定し、時価総額でウェイト付け |
モメンタム | MSCIモメンタム指数 | 過去6か月間及び12か月間の株価収益率の高い銘柄を選定し、時価総額でウェイト付け |
(資料)MSCIの公表資料を基に筆者作成
最初に、各ファクター指数のリターン特性について見ていく。本稿では対象の株式市場を米国の株式市場とし、ベンチマークをMSCI USA Indexとした。2000年から2019年までの20年間における各ファクター指数の月次リターンと、そのリスク(標準偏差)は図表2の通りである。リターンは年率でプラスの7~10%、リスクは11~17%の範囲となっている。リターンについては、すべてのファクター指数でベンチマークを上回っている。リスクについては「最小分散」が最も低い。この点については図表1で触れた概要と整合的であろう。
【図表2】ファクター指数のリスク・リターン(グロスリターン、ドルベース)
(資料)MSCIのHPデータ(https://www.msci.com/end-of-day-data-search)より筆者作成
次に、ベンチマークとなるMSCI USA Index対比の超過リターン(=ファクターリターン)について見てみる。図表3は、ファクターリターン(年率)と、ベンチマークを上回った年数の割合について示したものである。20年間の計測期間に加え、市場の構造変化を捉えるために、計測期間を前半(2000-2009)と後半(2010-2019)に分けた比較も行っている。
結果について見ると、全期間については、「バリュー」と「低リスク」のファクターリターンが相対的に高く、20年間で7割程度の年がプラスだった。次に前半と後半で比較した場合、「クオリティ」と「モメンタム」のファクターリターンは、大きな変化はなく、年率+2.0%前後と安定していることが確認できる。一方、それ以外の4ファクターは、後半にかけてファクターリターンが低下している。「バリュー」や「低リスク」については、全期間で見た場合のファクターリターンは相対的に高かったが、後半のファクターリターンは、大きく低下しており、特に「バリュー」のファクターリターンは、前半から後半にかけての落差が最も大きくマイナス値になっている*4。「高配当」や「最小分散」も同様、後半のファクターリターンが低下している。
【図表3】期間別ファクターリターン
(資料)MSCIのHPデータ(https://www.msci.com/end-of-day-data-search)より筆者作成
3.ファクターリターンのクラスター分析による類型化
次に、ファクターリターンの特性を踏まえたうえで、前半10年(2000-2009)と、後半10年(2010-2019)の期間別に、教師なし学習の1つであるクラスター分析(ユークリッド距離、ウォード法)を実施して、その類型化を試みた。図表4はその結果である。距離行列も合わせて表示している。前半10年では、(1)【モメンタム】、(2)【クオリティ、バリュー】、(3)【高配当、最小分散、低リスク】のクラスターに、後半10年では、(1)【バリュー】、(2)【モメンタム、クオリティ】、(3)【高配当、最小分散、低リスク】のクラスターに類型化された。これらの特徴について見てみると、まず「モメンタム」に関して、前半においては他のどのファクターからも離れていたが、後半においては「クオリティ」と同じクラスターとして形成されている。この点について、後半では両ファクターリターンが指数間で相対的に高かったという、前項の分析結果とも整合的であろう。「高配当」、「最小分散」、「低リスク」については、前半後半ともに同クラスターで類型化されている。「バリュー」については、後半は、どのファクターからも離れている。これも、後半ではファクターリターンが相対的に最も低く、唯一のマイナス値であった、前項の分析結果と整合的である。各ファクター間距離の平均値は前半が0.29、後半が0.19となっており、全体的には前半と比較して後半におけるファクター間の距離が近くなった、即ちファクター間の類似性が高まっていることが確認できる。
【図表4】ファクターリターンのクラスター分析結果(ユークリッド距離、ウォード法*5)
(資料)MSCIのHPデータ(https://www.msci.com/end-of-day-data-search)より筆者作成
デンドログラム作成には統計分析フリーソフトRのhclust関数を使用した。
4.終わりに
本稿では、ファクターリターンの特性、類似性について過去20年間のMSCIファクター指数を用いて評価を行った。 「クオリティ」と「モメンタム」のファクターリターンは、過去20年間の前半と後半で大きな変化はなく、年率で+2.0%と安定していた。一方、「高配当」、「バリュー」、「低リスク」、「最小分散」のファクターリターンは、前半と後半で大きく異なり、前半(2000-2009)ではいずれも年率+3.0%以上であったが、後半になると「バリュー」ではマイナス値となり大きく低下していた。他の3つのファクターについてもプラス値ではあるものの、年率+1.0%未満と低下していた。クラスター分析では、後半(2010-2019)では、(1)【バリュー】、(2)【高配当、最小分散、低リスク】、(3)【モメンタム、クオリティ】の3つのクラスターに、リターン特性が類型化され、ファクターリターンの大小関係、即ち、(1)【バリュー:小】、(2)【高配当、最小分散、低リスク:中】、(3)【モメンタム、クオリティ:大】と整合的であった。ファクターリターンのみを見る限り、後半にかけては(3)【モメンタム、クオリティ】クラスターが、「賢い(スマート)ベータ」クラスターと言えるのかもしれない。
これまで2019年までのリターン特性について見てきたが、最後に、コロナショックのあった2020年について見てみる。図表5は2020年1月から8月まで集計したものである。「クオリティ」と「モメンタム」のみがプラスのファクターリターンとなっており、後半(2010-2019)の分析結果と同様なリターン特性の傾向が継続しているのが確認できる。ただ、今後はコロナ禍による世界経済の先行き不透明感が続いている中で傾向が変わっていくかもしれない。引き続きファクターリターンの動向について注視していきたい。
【図表5】2020年のファクターリターン(8月まで)
(資料)MSCIのHPデータ(https://www.msci.com/end-of-day-data-search)より筆者作成
注
- *1ベンチマークとはファンドが運用の目安としている指標。
- *2ファクターとは投資対象資産(株、債券)に共通するリターンやリスクを引き起こす要因を指す。ファクターの具体的要素として国、業種、割安度など様々なものがあるとされる。
- *3例えばJPX社HP(https://www.jpx.co.jp/equities/products/etfs/etf-outline/04-07.html)をご参照
- *4Two Sigma社による実証研究では2008年のGFC(Global Financial Crisis)以降、レジームが変わりバリューファクターのパフォーマンスが低下していることを示している(以下URLご参照)
https://www.twosigma.com/insights/article/diagnosing-the-recent-decade-of-drawdown-in-value/ - *5ウォード法とはクラスター形成方法の1つで、統合されるクラスター内の平方和を最小にする基準でクラスターを形成する手法。クラスター内のまとまりがよく、クラスター間の距離が適度に保証されるという点で最もよく使用されていると言われている。
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