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社会動向レポート

指名委員会等設置会社への移行による「一段高い水準のガバナンス」の実践(4/4)

コンサルティング第2部
コンサルタント 上野 剛幸
コンサルタント 長 樹生

5.基本設計にあたり重点的に検討すべきポイント

明確な狙いを持って指名委員会等設置会社へ移行したとしても、事前に運営体制を検討しておかなければ、「コーポレート・ガバナンス」の趣旨を体現することは難しい。すなわち、当初意図した姿とは程遠い意思決定体系となること、取締役・執行役や実務を担う事務局等の人員が過度に高い負担を負うことなどが想定され、形式だけで実効性のないガバナンス体制となり得る。移行後の運営体制を「透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」とするためには、移行前に運営体制に係る基本設計に関して、主要論点を詰めておくことが肝要である。

より望ましい運営体制にするため、企業ごとに柔軟に設計可能であり、且つまず重点的に検討すべきポイントは図表11の通りである。


図表11 基本設計にあたり重点的に検討すべき4領域
図表11

  1. (資料)会社法をもとにみずほリサーチ&テクノロジーズ 作成

(1)指名・報酬・監査委員会の役割と権限

①指名委員会の人事権限範囲の設定

指名委員会の権限範囲は、対象となる役員の範囲によってまず定まる。取締役及び代表執行役に関する選解任議案の決定までは、会社法、CGSガイドライン等によってある程度規定されるため、「執行役及び子会社役員等の人事権限をどこまで広げるべきか」が論点となる。

子会社役員等の人事については、子会社ごとの重要度や事業特性等に応じて、親会社がどの程度統制を強めるかについて個別に検討を行う必要がある。例えば、グループ子会社の中で想定的に重要度が低い、あるいはグループの中で特異な事業特性を持つ等の理由により遠心力を効かせる場合には、親会社の指名委員会の権限範囲を会社法やCGコード等で定まる最小範囲とする方針で設計を行う。一方、親会社の強力なグリップが必要なグループ中核子会社等の場合、指名委員会の権限範囲は求心力と遠心力のバランスを考慮しつつ拡大させる方針で設計を行う。

また、対象となる役員の範囲に加え、役員指名を構成する各ステップ(各役員に関する要件定義/候補者の推薦/審議・検討/議案決定)に関する実施主体についても、併せてその範囲を検討する(図表12)


図表12 指名委員会の人事権に係る検討範囲
図表12

  1. ※1子会社は指名委員会等設置会社以外の機関設計形態を想定
  2. ※2CGS ガイドラインにおいて、「社長・CEO の選解任について、指名委員会への諮問対象に含めることを検討すべきである。」と記載されており、指名委員会等設置会社においては、社長・CEO はすなわち代表執行役として整理されている
  3. ※3対象会社の取締役の選解任については、指名委員会に最終的な議案の決定権があるため、取締役会による決議でも指名委員会による決定を覆すことは出来ない
  4. ※4会社法上の規定による。なお、実質的な選解任の権限については、対象会社による子会社の株式の持分比率や各子会社の重要度・位置づけにより帰属先を検討する必要がある
  1. (資料)会社法、経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGS ガイドライン)平成30年9月28日改訂」をもとにみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

②報酬委員会の報酬決定権限範囲の設定

報酬委員会には、役員解任の前段階としてのシグナリングの役割がある。役員を評価する上で、役員本人に職務上問題があると認められる場合において、指名委員会でいきなり解任あるいは再任しないという厳格な選択を行う前に、報酬委員会による評価を通じて改善に取り組むよう、シグナルを発する機能である*9。役員の報酬の決定(報酬委員会)と、役員の選解任や再任の適否の判断(指名委員会)は、いずれもその前提として役員の評価が必要となり、共通する部分も多い。そのため、報酬委員会の審議対象範囲は、基本的には指名委員会と同一にすることが望ましい。

③監査委員会の機能範囲の設定

指名委員会等設置会社においては、監査委員会、会計監査人、内部監査部門の3者で「三様監査」が構成される。このうち、監査委員会と内部監査部門は、会社法上の規定が前者にあり後者にない点が異なるものの、業務執行部門への監査機能*10という面では機能重複が起こり得る。したがって、監査委員会の役割として、内部監査部門と重複する領域や具体的な機能を認識した上で、必要に応じてその解消・役割分担を検討する必要がある。

(2)取締役会と執行役の役割分担

指名委員会等設置会社への移行により、取締役会は従来の執行・監督の両機能保有から、監督への専念が企図され、その実現に向けて取締役会の権限を最大限執行役に委譲する必要がある。具体的には、移行前の取締役会決議事項を中心に、会社法に照らして執行役へ委譲可能な項目を基本的に全て委譲する前提となる。その上で、経営方針や事業特性等に応じて、個別に「委譲しない項目」を選定することで、取締役会と執行役の権限範囲を定める必要がある。

(3)取締役会の運営体制

取締役会が、経営の根幹に係る重要な意思決定や、業務執行の監督を通じた「モニタリング・ボード」としての機能を発揮するために、その十分な開催回数と効率的な運営とするためのサポート体制について検討することが望ましい。

①取締役会の開催回数

取締役会の開催回数については、まず機関設計移行前を踏襲することが基本路線として考えられる。ただし、従前より人数が増加した社外取締役によって経営の根幹に係る重要な意思決定が行われると想定されることから、議案の審議に必要な業務執行部門からの報告頻度も勘案して決定することが望ましく、従前より回数が増加することが見込まれる。

一方で、不用意に取締役会の回数を増やしては「迅速・果断な意思決定」もままならない上、執行役を中心とした業務執行部門の負担も大きくなる。このため、効率的な取締役会運営を行うにあたっては、取締役会や社外取締役へのサポート体制も構築する必要がある。

②取締役会のサポート体制

取締役会で意思決定を行う各取締役に対して、各人が適切な判断を行えるような支援体制を整えることが望ましい。具体的には、サポート役として経営企画部のメンバーを中心とした常設の取締役会補助事務局を設けること、社外取締役の経営理解に係るサポートとして取締役会開催前後の執行部門による事業報告会開催や、取締役会開催前の資料送付・事前説明の定例化などが例として挙げられる。

(4)執行役会議(経営会議)の体制

監査役会設置会社、監査等委員会設置会社においては、業務執行に係る意思決定は主として取締役会にて行われる一方、指名委員会等設置会社においては、執行役か、執行役を中心に構成される執行役会議(一般に「経営会議」とも称される)にて行われる。業務執行に係る意思決定を行う会議として、実態としては指名委員会等設置会社以外の機関設計2形態で広く任意設置されている「執行役員会議」と同様の役割となる。

執行役への権限委譲の在り方については、執行役会議にて個別の業務執行に係る意思決定を行うパターンと、執行役の職務分掌や機能ごとに分化した委員会を取締役会の傘下に設置し、各委員会にて意思決定を行うパターンが存在する。企業ごとに、ガバナンスに係る思想や事業特性等によって特色がみられ、意思決定スピードを落とさず、むしろ向上させるために望ましい会議体の体制を検討することになる。

6.おわりに

本論では、各機関設計の特徴と、東証再編やCGコード改訂等のコーポレート・ガバナンスの強化が求められる背景の整理を踏まえ、指名委員会等設置会社の採用による取締役会の役割変化の面を中心に、「一段高い水準のガバナンス」を形式上満たし得る指名委員会等設置会社の優位性を論じた。

当然、機関設計の変更は、種々のコストが伴うだけでなく、事前の十分な議論を経て、その必要性を明確にした上で実行するものである。しかしながら、当然、移行自体が目的であってはならず、日頃の適切な運用が伴って初めて、望ましいコーポレート・ガバナンスの姿は体現される。「基本設計にあたり重点的に検討すべきポイント」も参考に、既に移行済の企業も含め、運用方法に関する積極的な検討が望まれる。

今後も、日本企業に対してコーポレート・ガバナンス強化を促す潮流は継続すると想定される中、これまで論じてきた通り、指名委員会等設置会社への移行は極めて有効な選択肢の1つと考える。今後の法改正やCGコード改訂等の動向も踏まえつつ、より多くの企業において、客観性・透明性の高いコーポレート・ガバナンスの実践に向けたアクションを期待したい。

  1. *1伊藤レポート:伊藤邦雄一橋大学教授を座長とする経済産業省内のプロジェクトが2013年~2014年にかけて公表したレポート。同プロジェクトでは、日本企業が持続的に成長するために企業・投資家がどうあるべきかを議論し、それを積極的に世界に発信することを目的としており、レポート内において、企業が目指すべきROEについて「8%を超える水準」と明示した。
  2. *2攻めのガバナンス改革:「車の両輪」として企業の行動原則となるCGコード(2015年6月適用開始)と機関投資家の行動原則となるスチュワードシップ・コード(SSコード:2014年2月策定)が新設された。この両コードを柱とし、会社法改正、GPIF改革、東証によるJPX400導入など、各種改革が並行して進行した。
  3. *3日本取引所グループHP「市場区分見直しの概要」
  4. *4中務正裕「コーポレート・ガバナンスの実現に向けた社外取締役の役割」中央総合法律事務所(PDF/656KB)
  5. *5会社法第400条第2項における規定は「各委員会の委員の過半数は、社外取締役でなければならない」であり、社外取締役の独立性に関しては定めていない。なお、「独立社外取締役」とは、証券取引所が定める独立性基準を充足した社外取締役であり、判断基準は東証等が個別に定めている。
  6. *6日本取締役協会HP「指名委員会等設置会社リスト(上場企業)」(2022.1.20)(PDF/248KB)
  7. *7非上場化や合併を除き、他機関設計に移行した企業数は14社(2021年8月現在)
  8. *8オムロンや住友商事など、東証一部の監査役会設置会社で広くみられる形態
  9. *9経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)平成30年9月28日改訂」
  10. *10ここでいう業務執行部門への監査は、主として執行役に対する監査を想定している。

参考文献

  1. 冨山和彦、澤陽男「決定版 これがガバナンス経営だ!」東洋経済新報社(2015年)
  2. BUSINESS LAWYERS「監査役会・監査委員会・監査等委員会とは」(2016.12.26)
  3. 金融審議会「市場ワーキング・グループ市場構造専門グループ報告書」(2019年)
  4. 金融庁「『スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議』意見書 令和2年12月18日」(2020年)
  5. みずほ総合研究所「第二ステージに入ったコーポレートバナンス改革 ―『形式』から『実質』へ向けた取り組みと重要性高まる『ESG』の視点―」(2019年)
  6. 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード ―会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために―」(2021年)
  7. 経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)平成30年9月28日改訂」(2018年)

謝辞

本レポートの執筆にあたり、みずほ銀行法人業務部経営相談チームの篠原徹旨氏には多大なるご協力を賜りました。この場を借りまして厚く御礼申し上げます。

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