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社会動向レポート

民間ノウハウを活用したサステナブルな放課後時間の創出

多様化する学童保育事業の今後(2/3)

社会政策コンサルティング部 主任コンサルタント 杉田 裕子

2.民間企業等が独自に実施する学童保育事業

(1)「民間学童」の増加

上記で述べた公的な放課後児童クラブとともに都市部で急増しているのが、民間企業等が放課後児童健全育成事業の届け出を出さず独自に実施する学童保育事業、所謂「民間学童」である。民間学童は、公的な資金を得ないがゆえに自由な方針・戦略を立て、企業のノウハウや強みを活かした様々な支援・活動を「サービス」として提供している。

民間学童というと、保護者が「小1の壁」*10問題を乗り切るためのサービス、すなわち遅い時間までの預かりや食事・送迎等のサービスを思い浮かべる方も多いかもしれないが、当該施設での「過ごし方」、つまり活動プログラムにも特徴がある。例えば、他者との交流・集団行動を重視した活動プログラムを設けることで非認知能力の向上を図る民間学童もあれば、一定の時間になるとスタッフの誘導によりスポーツや芸術関連の習い事・学習塾等に通えるもの、英語によるコミュニケーションを通じて自然な語学力習得を目指すもの、STEAM 教育*11や独自の学習メソッドを通じて横断的な学びの環境を構築するもの等がある。各家庭は、保護者の就労状況だけでなく、どのような体験・活動に参画したいか、それによりどのような能力を身に付けたいか等の「過ごし方」に関する希望を勘案しながら、利用するサービスを選択することができる。

こうした特徴は、当社が2021年に自主調査として実施したアンケート*12の結果からも垣間見ることができる。図表2は、回答企業等の学童保育事業が保護者に選択される理由を運営形態別に集計したものであるが、「こどもが自由に過ごすことができる」を当てはまる(「非常に当てはまる」「当てはまる」)とする割合は、運営形態別の違いがあまり大きくない一方で、「多様な教育・体験活動プログラムを提供している」「利用日・利用時間を柔軟に決められる」は、民間学童で当てはまるとする割合が高い。「保護者との情報共有や関わりを大切にしている」「共働き家庭にとって利便性が高い運営・サービス内容である」も、同様の傾向である。本調査結果はサンプル数の制限もあり一概には言えないものの、こども・保護者向けの活動プログラムやサービスの多様化が、民間学童の差別化のポイントになっていると推察できる。


図表2 自社の学童保育事業が利用者に選択される理由(運営形態別)*13
図表2

  1. (注)サンプル数が少ないため、結果の取扱いには留意が必要
  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ「学童クラブの運営状況に関するアンケート調査」(2021年12月)より筆者作成

(2)民間学童の運営事例

それでは、民間学童では実際にどのようなサービス・支援が行われているのか。ここで、株式会社パソナフォスターによる運営の事例を紹介しよう。

同社は、自治体からの委託や補助による公立小学校内等での放課後児童クラブ運営と並行して、東京都内で民間学童の運営も行っている。小学校1年生~3年生を対象にした「MiracleKids Gakugeidai」(東京学芸大学附属小金井小学校に隣接)と小学校4年生以上を対象に教育型のプログラムを提供する「Miracle Labo」。これら2つの施設運営を通じて、学童期に移行する保護者にとっての小1の壁・小4の壁*14の問題や、附属小学校に通うこどもたちの居場所づくりの課題*15に対応し、接続的かつ段階的にこどもの成長に応じた教育と遊びの場を整えている。

うち、本稿で紹介する「Miracle Labo」は小学校4年生から中学生まで利用できる施設で、2020年に再開発が完了したJR 武蔵小金井駅の近くにある地域密着型の商業施設内にある。周辺地域は教育に熱心な家庭が多いといわれており、「Miracle Labo」の利用者には東京学芸大学附属小金井小学校をはじめ、私立小学校へ通うこどもも少なくない。

同施設では、新学習指導要領に合わせ主体的・対話的な学びを行う「問題解決型学習(PBL)」の考え方のもと、様々な企業とのコラボレーションにより活動プログラム(授業)をシリーズ化し、提供する。PBL はこどもが自ら課題を発見し、解決策を調べ、話し合うことで能動的に学ぶ教育法である。この考え方に賛同した企業がノウハウをコンテンツ化し、プロジェクト型学習*16として「Miracle Labo」のこどもたちに届けているのである。なお、同施設との協働は企業にとって、持続可能な開発目標(SDGs)に関わる取組と位置付けることもでき、こどもたちの発想からアイデアを取り入れる契機になる。こどもたちが課題の解決策を調べる過程において地域を巻き込むことで、地域住民に対する企業の認知向上にもつながる。また、こどもたちが来所していない日中の時間帯や休校日に「MiracleLabo」をレンタルスペースとして利用し、企業活動に利用できるというメリットもあるという。

同施設の活動プログラムは、株式会社パソナフォスターが企画し、特定非営利活動法人東京学芸大こども未来研究所との共同研究契約により助言と協力を受けている。活動プログラムの一例として、ベーグル屋とのコラボにより実施した授業では、「店を経営するとは」について学んだのちに、色々な人に来てもらえる店づくりには何が必要かを皆で考え、最後にそれぞれがプレゼンテーションを行った。過去には、シューズメーカーとの協働により足の構造や正しい靴選びについて学ぶイベント、印刷会社とともに色の不思議について学ぶイベント等もあったそうだ。こうした企業との協業による活動のほかに、オンラインミーティングアプリにて学校で出された宿題をサポートするサービスも行っており、こちらは「Miracle Labo」の通学生以外も利用可能なのだという。

同社の民間学童運営について、インタビューに対応いただいた担当者は、「こどもが外で自由に遊び学べる環境が縮小している。それに伴い地域コミュニティや人との交流機会、様々な体験の機会も減っている。こどもは体験を通して学び成長していくので、もっと社会にふれる機会を増やしてあげたい。そして自主性を育みながら、自他共に認めあえる人間力も養ってほしい。そのような教育プログラムを提供したいとの思いで、PBL や活動プログラムの充実を図っている。」と熱く語ってくれた。

3.コロナ禍を経た学童保育に対する利用者のニーズ

上記のとおり、学童保育事業については、公的施策、またそれ以外の双方の領域で、民間企業等の存在感が増す状況にある。一方で、2020年から始まった新型コロナウイルス感染症の流行は、利用者の価値観・ニーズに変化をもたらし、学童保育事業の運営にも影響を及ぼした。本項では、コロナ禍を経て学童保育事業への期待がどのように変わったか、学童保育は何に応えていかなければならないのか、考察する。

2020年3月、新型コロナウイルス感染症拡大を防ぐため突如全国の小学校が休校となった際、厚生労働省は放課後児童クラブに対して「原則開所」を要請し*17、結果として多くの放課後児童クラブが午前中からの開所に対応した*18。当該期間の放課後児童クラブ関係者の苦労は計り知れないが、この出来事は奇しくも学校以外のこどもの居場所としての“学童保育”の存在や役割を改めて知らしめる契機となった。

その間の学童保育事業については、コロナ禍を経た生活様式や就労形態の変化、さらにはSociety5.0*19の提唱や学習指導要領の改訂等による教育観の変化を前に、新たな潮流が生まれてきている。先述のアンケートでは、学童保育事業に対する保護者ニーズの変化についても尋ねた。まず、新型コロナウイルスが流行する前と現在で利用者のニーズに変化があったか否かについては、回答者の4割強が「変化があった」(「非常にそう思う」「ややそう思う」)と回答した。変化の内容(自記式での回答)は、大きく以下の4分類、すなわち「衛生管理に関すること」「保育関連サービスに関すること」「教育サービスに関すること」「保護者との連絡・連携に関すること」に大別できる(図表3)。

保育関連サービスのニーズ変化の背景には、保護者の在宅勤務の普及があろう。ただし、保護者の在宅勤務が学童保育事業の利用減に直結したかというと必ずしもそうではなさそうだ。在宅勤務を行う家庭では、「こどもが自由に遊べない」「こどもがいると仕事が進まない」等の新たな悩みが生じる。保護者の在宅勤務下でも、こどもが自由に活動できる“自宅以外”の場所は、引き続き必要とされていると考えられる。

「教育サービスに関すること」「保護者との連絡・連携に関すること」からは、放課後の過ごし方に対する意識の強化、すなわち「わが子の放課後の時間を、より充実した有意義な時間にしたい」という保護者の思いが読み取れる。これは、教育観の変化に加えて、在宅勤務の普及等によりわが子の「放課後」が、保護者の目に触れるようになったことも少なからず影響しているだろう。

こうした要望の高まりを受けて、市場ニーズをより機敏に反映する民間学童での教育サービス拡充の動きは、ますます加速すると推測される。実際に、プログラミング教育や国際感覚を醸成する活動等、多様な教育サービスを併せ持つ民間学童の新規開設情報が、都市圏を中心に各所でみられる。但し、これが企業等にとって市場拡大のチャンスかというと、慎重な意見も多い。先述の株式会社パソナフォスターは、当面は新規開設よりも「Miracle Kids Gakugeidai」「Miracle Labo」の活動内容の拡充にフォーカスする意向である。また、筆者がインタビューを行った別の民間学童運営企業からは、「在宅勤務が普及し、毎日民間学童を利用する/ 利用しなければならない家庭が少なくなった。普段は自宅あるいは公的な放課後児童クラブで過ごしながらも、週に何度か民間学童に通うことを選択する家庭に対して、どのような場・時間を提供するかという観点から、民間学童の経営戦略を考え直す必要がある。」という話が聞かれた。放課後を過ごす場所とそこでの過ごし方が、一つの家庭の中でも多様化されていくのである。放課後の過ごし方に対する保護者の意識が高まり、様々な場所・過ごし方が吟味されることで、民間企業等が提供する豊富な活動プログラムだけでなく、こどもが友達や地域の人々と交わって自由に遊んだり、ゆっくり身体を休めくつろぐことができたりするような、昔ながらの放課後の過ごし方も、改めて評価されるようになるのかもしれない。やはり重要なのは、「選択肢がある」ことなのだ。


図表3 学童保育事業に対する保護者ニーズの変化
図表3

  1. (注)グラフの割合は、四捨五入の関係から合計が100.0%になっていない。
  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ「学童クラブの運営状況に関するアンケート調査」(2021年12月)より筆者作成
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