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社会動向レポート

民間ノウハウを活用したサステナブルな放課後時間の創出

多様化する学童保育事業の今後(3/3)

社会政策コンサルティング部 主任コンサルタント 杉田 裕子

4.民間企業等による学童保育事業の課題と展望

放課後の過ごし方に多様な選択肢を用意するためには、多様な主体が学童保育事業に関わり、それぞれの強みや特徴を活かした場を構築することが必要だ。岸田文雄首相が「経済社会の持続性と包摂性を考える上で最重要政策」*20と位置付ける子ども・子育て支援政策は「全てのこどもの健やかな成長、Well-being の向上」*21を基本理念の一つに据えており、こどもの居場所確保に向けた国の支援が一層強化される見込みである。民間学童については、先述の社会保障審議会でも言及があり、今後、政策との整合を保ちながら発展の道を模索していく必要があると思われる。最後に、民間事業者による学童保育事業運営、特に民間学童運営の課題を挙げ、今後の方向性を考察したい。

まず、事業実施体制の課題がある。現状、民間学童の運営企業等は小規模事業者が多く、寡占大手等も不在の状況である。コロナ禍の影響が長引く我が国の状況下で、人員や財源を豊富に有し、自社単体で事業内容の見直しや拡充を図ることのできる企業等は少ないだろう。民間学童での活動内容充実のためには、こども向けの事業を企図する様々な企業・団体等と連携し、他社のサービスやノウハウを取り込んだ効率的な運営体制を構築する必要がある。

次に、運営の質の課題が挙げられる。放課後児童健全育成事業として実施する放課後児童クラブには、企業等が遵守すべき基準*22や運営指針が定められているが、民間企業等が独自に運営する民間学童には、そうした基準や要件等がない。運営内容の質の維持・向上のため、国の基準に基づく運営内容の点検や第三者評価等の自主的な取組が求められる一方で、企業同士のネットワーク形成等による業界全体での底上げも望まれる。

3つ目として、現状、民間企業等が提供する豊富な活動プログラムを享受できるのは、比較的富裕層の家庭に限定されている。自社のノウハウを活かして民立民営の放課後児童クラブを実施する民間学童運営企業等の動きもあるが、全国的にみると、僅かな数に留まる。つい先日には、こどもの体験格差に関する調査結果が示された*23。全てのこどもに放課後の様々な体験・活動を提供する持続的な事業実施の観点から、各民間学童において体験入学のようなかたちで誰でも当該施設をスポット利用できるサービスや、オンラインを活用した廉価な活動プログラム提供等の創意工夫が期待される。民間学童の運営を通じて得たノウハウを一般化し、放課後児童クラブ等のこどもの居場所で実践できるようにするなどの取組も評価されるべきであろう。

最後に、教育サービス重視の向きにも問題提起をしておきたい。放課後の活動を通じて一層の学力向上を図る視点は重要であるが、それはこども自身が望む放課後の過ごし方だろうか。こどもにとって放課後の時間は、個々の興味関心や趣味嗜好、また日々の心身の状況等に応じて過ごし方を自由に選択することができる、唯一無二の時間である。こどもが自分で選び、納得して過ごすことのできる放課後時間こそ、豊かでサステナブルな放課後時間といえよう。私たち大人は、こどもの意見・視点も尊重しながら、個々の家庭にとって最も望ましい放課後の過ごし方を選択する姿勢を大切にしたい。なお、こどもは日常生活における他者との何気ない関わりや自由な遊びを通じて、社会性や創造性等の社会で生きる力を育む。今後は、放課後の生活・遊びを通じた非認知能力の向上について、定量的に示し、発信する取組も求められるだろう。

5.おわりに

冒頭で述べたとおり、小学生が長期休み等も含め放課後に過ごす時間は、年間約1,600時間にもなると言われている*24。大人である私たちの誰しもが、幼い頃の放課後の時間を、そこで出会った人や経験を、懐かしく眩しい思いで振り返るだろう。放課後の時間とは、それだけ貴重な時間なのだ。

こどもが生きる未来は、今にも増して予測困難である。潤沢な放課後の時間が、企業等を含めた社会全体の努力により様々な出会いと体験で彩られ、不確実な未来を逞しく生きるこどもたちの力につながっていくならば、これほど素晴らしいことはない。

  1. *1厚生労働省通知「「放課後児童クラブ運営指針」の策定について(別紙)」(2015年3月31日)、以降「運営指針」という。
  2. *2厚生労働省「令和4年(2022年)放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)の実施状況(令和4(2022年)5月1日現在)」(2022年12月23日)
  3. *3厚生労働省・文部科学省通知「「新・放課後子ども総合プラン」について(通知)(別紙)」(2018年9月14日)
  4. *4市町村(特別区)実施主体の文部科学省事業。子供たちが放課後を安全・安心に過ごし、多様な体験・活動ができるよう、地域住民等の参画を得て、放課後等に全ての児童を対象として、学習や体験・交流活動などを行う。
  5. *5放課後児童クラブと放課後子供教室の一体的な実施とは、「同一の小学校内等で両事業を実施し、共働き家庭等の児童を含めた全ての児童が放課後子供教室の活動プログラム(学習支援、体験プログラム、スポーツ活動、読書活動、自由遊び等)に参加できるもの」をいう。両事業が一体化したものではないことに留意が必要。
  6. *6みずほ情報総研株式会社(現:みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社)「放課後児童クラブに登録した児童の利用実態及び放課後児童クラブと放課後子供教室の一体型による運営実態に係る調査研究(令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業)」(2020年3月)
  7. *7厚生労働省「放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)の実施状況」に準じた表記としている。
  8. *8運営主体別の内訳をみると、株式会社による運営数の増加が顕著である。厚生労働省「放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)の実施状況」によると、設置・運営主体別クラブ数の集計が開始された2016年時点(2016年5月1日現在)では、株式会社による運営は全体の3.8%であったが、2022年時点(2022年5月1日現在)では12.3%まで増加している。
  9. *9*6のアンケート調査では、回答自治体の37.4%が複数の運営形態により放課後児童健全育成事業を実施していると回答。
  10. *10共働き家庭等において、こどもが保育園から小学校に入学した際、小学校では親の退社時間までこどもを預かることができなくなるため、仕事と子育ての両立が困難になる問題。
  11. *11「Science」「Technology」「Engineering」「Art」「Mathematics」を統合する教育手法。理系や文系の枠を横断して学ぶことで、問題を見つける力や解決する力を育む。
  12. *122021年12月に郵送配布・郵送回収により実施。調査対象は東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県内、又は上記以外の政令指定都市に本社があり、学童保育事業を運営する企業等。有効回収数は105件、有効回答率は22.6%。
  13. *13放課後児童クラブ(公立民営)、放課後児童クラブ(民立民営)の結果について、民間学童と公的な放課後児童クラブの双方を運営する企業等の回答が含まれていることから、本レポートでは詳細な分析を割愛する。
  14. *14この時期のこどもが、発達により抽象的な概念を理解できるようになったり、自分を客観的に認識できるようになったりすることで、つまずきや劣等感を抱いたり、自己肯定感を持ちづらくなる現象。
  15. *15担当者によると「附属小学校に通うこどもの多くは、小学校の立地場所から離れたところに住まいがあり、小学校と放課後の生活場所が離れていることで交友関係構築がスムーズにいかない場合がある。附属小学校に隣接する民間学童を設置することで、こどもが学校~放課後の連続した時間の中で互いの関係性を深められるようにしたいという思いがある。」とのこと。
  16. *16実社会で扱われる具体的なテーマや課題に対して、児童が解決方法を自ら検討し解決案を示す探求型の学習方法。
  17. *17厚生労働省事務連絡「新型コロナウイルス感染症防止のための学校の臨時休業に関連しての保育所等の対応について」(2020年2月27日)
  18. *18厚生労働省「新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に伴う主な子どもの居場所の状況等について」(2020年3月17日)
  19. *19サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された。
  20. *20第211回国会における岸田内閣総理大臣施政方針演説
  21. *21こども政策の新たな推進体制に関する基本方針―こどもまんなか社会を目指すこども家庭庁の創設―(2021年12月21日)
  22. *22放課後児童健全育成事業の設備及び運営に関する基準(平成26年4月30日、厚生労働省令第63号)
  23. *23公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン「子どもの『体験格差』実態調査」(2022年12月20日)
  24. *24全国学童保育連絡協議会「学童保育(放課後児童クラブ)の実施状況調査結果」(2016年9月2日)

参考文献

  1. 厚生労働省「総合的な放課後児童対策に向けて 社会保障審議会児童部会 放課後児童対策に関する専門委員会 中間とりまとめ」(2018)
  2. 鈴木瞬,住野好久,中山芳一,植木信一,松本歩子「放課後児童支援員による子どもの成長の認識─「学童保育で育てたい資質・能力」指標の構築に向けて─」(2021)
  3. 中山芳一「新しい時代の学童保育実践」(2017)
  4. 国立青少年教育振興機構「子供の頃の体験がはぐくむ力とその成果に関する調査研究 報告書」(2018)
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