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経営と連動した「人への投資」実現に向けて

2024年賃上げ方法と論点の整理

2024年1月
みずほリサーチ&テクノロジーズ 経営コンサルティング部 佐藤 修平

人的資本経営、人への投資、構造的賃上げといった言葉が世間を賑わせる中、各社が目下抱える悩みは、春闘が迫る中、どのように賃上げ要請へ対応していくかであろう。

そこで本稿は、賃上げの基本的な方法を整理しつつ、「今年の賃上げはどのように行うのか?」に対して適切な社内検討が行えるよう、論点を整理する。

1. そもそも、どの部分の報酬を引き上げれば「賃上げ」なのか

はじめに、基本に立ち返り、改めて「賃上げ」という言葉の定義を整理したい。「賃上げ」は、一般的に基本給引き上げのことを指す。具体的に、賃金テーブルそのものを改定し、基本給の水準を引き上げる「ベースアップ(以下、ベア)」と、年齢や勤続年数、評価結果などに応じて定期的に引き上げる「定期昇給(以下、定昇)」の2つだ。一方、政府統計*1や今般改定された賃上げ促進税制*2、民間企業のアンケート調査*3などでは、手当や賞与を含む場合もある。賃上げの議論は、対外公表を見据えた「率」や「額」ありきの場合もあるため、まずは賃上げに対する関係者の目線を揃えることが必要となる。

2. 「賃上げ」手段の特徴を押さえる

次に、基本給、手当、賞与といった報酬を引き上げた場合の特徴や影響を整理する。特にベアと定昇は大きく特性が異なるため、注意が必要だ。ベアは、賃金テーブルそのものを引き上げるため、短期だけでなく、中長期的にも人件費の増額インパクトが大きい。そのため、全従業員を対象とせず、若年層や非管理職に絞って賃金テーブル改定を行う企業も多く存在する。しかしながら、対象を絞った引き上げは、それ以外とのバランスを睨みつつ設定する必要があるため、難易度は高い。特に、時間外勤務手当支給有無が切り替わる管理監督者とそれ以外の非管理職との差は慎重に精査すべきであろう。他方、定昇は、現行の賃金テーブルを用いた対応が可能なため、ベアに比べると検討すべき点が少ないものの、実施時点で在籍している従業員向けの手段であり、採用競争力の維持・向上に寄与しない点は認識しておく必要がある。

そのほか、手当や一時金を用いた場合に確認しておくべきポイントも併せて下表にまとめたため、必要に応じて参照されたい。


左右スクロールで表全体を閲覧できます

賃上げの手段と特徴
  ベースアップ(ベア) 定期昇給(定昇) 手当 一時金
イメージ 賃金テーブルを
一律+〇円する
〇円の特別昇給を
行う
インフレ手当を設ける 物価上昇を補填するため一時金を支給する
「定着」効果
「採用」効果
中長期的な
人件費イン
パクト
(理論的には)
小~中
無~中 (単年のみ支給の場合)
特徴
  • 賃金水準そのものが引き上がるため、短期・中長期的な従業員の定着に寄与しやすい
  • 初任給も引き上がるため、採用競争力の維持・向上が期待できる
  • 一般的に一度上げた基本給を下げるには相応の理由が必要となるため、引き下げには多大な労力が求められる
  • 若年層や非管理職層に限定した賃金テーブルの改定を行う場合は、上位者との整合を保つ必要があるため、設定難易度が高く、決定まで時間を要する
  • 現行の報酬設計を変えずに対応可能なため、複雑な設計を行わなくとも対応可能
  • 賃金テーブルの改定は行わないため、(理論的には)短期的な賃上げを行ったとしても、中長期的には昇進・昇格等により従前の賃金テーブルへ収束されていく
  • 定期昇給は現従業員向け施策のため、採用競争力の維持・向上には寄与しない(むしろ、特別昇給無しの新卒と特別昇給有りの2年目でアンバランスが生じる)
  • 支給意図が物価上昇等に限定される場合、本人の勤続や能力等に紐づく基本給よりも支給意図が伝わりやすい
  • 一過性の手当であったとしても、既得権益化しやすく、手当廃止要件を明確に整えない場合、将来的に廃止したくともできない手当に陥りやすい
  • 一般的に一時金は経営によるコントロールの自由度が高く、従業員側も変動性の高いものと認識しているため、単年の支給有無検討が可能
  • 一過性のものであるがゆえに、中長期的な定着や、基本給等の固定給が重視される採用への影響は乏しい

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

3. 賃上げ検討理由(目的)に照らして手段を選択する

賃上げに対する目線と前提知識を整えた後、自社の賃上げ検討理由(目的)に照らして手段を選択する。本稿では、一般的に考えられる賃上げ検討理由*4を4つ取り上げ、それぞれに対する見解を述べていく。

①業績の一部を従業員へ還元したい

短期的な業績の好調を理由に賃上げを検討する場合、まず候補に挙がるのは一時金であろう。中長期的な業績の先行きが不透明であれば、毎年ゼロベースで検討できる一時金のメリットは大きい。これとは別に、昨今行ったモノ・サービスの値上げが人件費コストの上昇も見込んだものであれば、ベアや定昇の検討も十分可能と考える。

②労働力を確保したい

外部労働市場に対して報酬面が見劣りする場合、水準自体の見直しが必要となるため、ベアが有力な選択肢となる。全従業員を対象にするのか、若年層のみをターゲットとするのかは各社の余力に寄るが、人手不足が深刻化する中で売り手市場から労働力を確保したい場合、競合他社も睨みつつ、ベアせざるを得ない状況は続くものと考える。

③雇用を維持したい

定着を促したい場合、定昇とベアの両面から検討が可能と考える。たとえば定昇では、ハイパフォーマーに特化した雇用維持を目的に、高評価者のみ現行の賃金テーブルを超えない範囲で特別昇給を実施するといったことも可能だ。一方、一般的な離職理由を紐解くと、処遇面以外にも、労働環境、キャリア、人間関係等、多様な要因があるため、雇用維持の手段が賃上げでよいのか、本質的な議論が必要となる。

④物価上昇に対する補填をしたい

物価上昇局面がどの程度続くか見通せないものの、物価変動を理由に生計費の補填を行う場合、手当や一時金が望ましいと考える。ただし、仮に手当を選択する場合、既得権益化しやすいため、廃止する場合の理由付けを明確に定めておく必要がある。


実際の賃上げ検討にあたっては、①+②、②+③といったように複数の要素を採り入れた検討が行われるケースが多いと思われるものの、基礎情報として目的一つひとつに対する見解を整え、各社で検討を深めていくことが必要であろう。

なお、賃上げは、世間的な動向として、2023年の水準を持続的なものとすべく、官・民・労より強い要請がなされている。企業業績をマクロな視点で捉えると、2023年度は原材料高騰を背景にしたモノ・サービスのさらなる値上げや円安を追い風に高収益となる企業が多く見込まれ、賃上げを加速させる企業も多く存在するであろう。そのような背景がありつつも、具体的な賃上げ方法は、影響度の大きいベアを拙速に選択するのではなく、各社の賃上げ検討理由(目的)を突合させ、目的達成に資する手段を選択することが望ましいと考える。重要なポイントは、手段の善し悪しで議論するのではなく、目的に照らしてより効果的な手段を選択することであり、そして、それが「経営戦略と連動すべき」である人材戦略の考え方と逸脱していないか、であろう。この点は、経営とのコミュニケーションを通じて検討を深めていってほしい。

4. 最後に ―コンサルタントが俯瞰する2024年賃上げの行方―

最後に、組織・人事の支援を生業とするコンサルタントとしての立場から、2024年賃上げについての見解を述べる。

昨今、人的資本経営への関心の高まりとともに、従業員を「コスト」ではなく「投資対象」と捉え直し、成長戦略の礎とする企業が増えている。日々多くのクライアントに向き合っている私たちも、「人」に対する各社の考え方が今まで以上に大きく変わろうとしている大きな潮流を、今、まさに感じているところである。この大きなうねりの中において、賃上げについても、賃上げ=投資と捉え、中長期的なリターンを狙って戦略的に行う企業が増えると予測する。そのような企業は、連合が求める5%に近しい、もしくは超える水準を設定するであろう。他方、経営環境や事業特性も影響し、人件費をコストとして捉えざるを得ない企業も当然存在するであろう。そのような企業は、2023年の3.6%(厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」ベース)を維持するか否かが焦点となり、場合によっては抑制せざるを得ない企業も出てくるものと予測する。最終的な賃上げについて、みずほリサーチ&テクノロジーズでは、2024年の春闘賃上げ率を3.8%*5(厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」ベース)と予測しているものの、各社が人を「コスト」と捉えるのか、「投資対象」と捉えるのかによって、賃上げの色合いは異なってくるものと考える。


  1. *1厚生労働省 賃金引上げ等の実態に関する調査
    「賃金の改定」は、全てもしくは一部の常用労働者を対象とした定期昇給(定昇)、ベースアップ(ベア)、諸手当の改定等をいい、ベースダウンや賃金カット等による賃金の減額も含むものと定義されている。
  2. *2経済産業省 令和6年度税制改正「賃上げ促進税制」
    「給与等支給額」は、国内雇用者に対する給与等(俸給・給料・賃金・歳費及び賞与並びに、これらの性質を有する給与(所得税法第28条第1項に規定する給与所得))と定義されている。
  3. *3株式会社東京商工リサーチ 2023年12月「賃上げに関するアンケート」調査
    「賃上げ」は、定期昇給、ベースアップ、賞与の増額、初任給の増額、再雇用者の賃金増額と定義している。
  4. *4厚生労働省 令和5年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況
    令和5年中に賃金の改定を実施した又は予定していて額も決定している企業について、最も重視した要素をみると、上位より、「企業の業績」が36.0%、「労働力の確保・定着」が16.1%、「雇用の維持」が11.6%、「物価の動向」が7.9%となっている。
  5. *5 2024年春闘賃上げ率の見通し ―2年連続で高水準となるも、実質賃金プラス転化は遠い―(みずほリサーチ&テクノロジーズ「Mizuho RT EXPRESS」)
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