サステナの落とし穴(2) 「脱炭素」と「生物多様性」は両立できるのか

2023年10月27日

サステナビリティコンサルティング第2部

大谷 智一

2023年9月18日、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)フレームワークのv1.0が公表された。このフレームワークは、企業が自然に与える影響や自然から受ける影響のリスクや機会を開示するための枠組みである。開示が求められている指標は、生態系の変化、土壌や大気の汚染、廃棄物発生、水資源に関連するものなど、多様な環境問題を対象としたものになっている。このように生物多様性・自然資本を扱うTNFDで求められる開示指標をみても、サステナビリティ領域には統合的なアプローチの必要性が求められていることが分かる。

本稿では、統合的なアプローチに向けて「脱炭素」と「生物多様性」の2領域の関係性について考えてみたい。

この2領域がトレードオフの関係にあるものとしては、風力発電とバードストライクの関係が思い浮かぶ。脱炭素を担う再生可能エネルギーとしての風力発電について、政府は2030年の温室効果ガス46%削減に向けて陸上風力17.9GW、洋上風力5.7GWの導入目標*1を掲げている。一方で、絶滅危惧種であり、国指定天然記念物であるオジロワシなど鳥類が風力発電設備のブレードへ衝突死するいわゆるバードストライクが発生しており、風力発電施設周辺で発見された死骸として2004年~2022年で73個体(日本への越冬個体数約700~1,000羽)が確認されている*2

また、バイオマス発電やバイオ燃料は、二酸化炭素を吸収しながら生産される再生可能な自然資源を原料としているため、脱炭素に資するものであると考えられている。しかし、原生林や湿地の開拓などの土地改編が伴う場合には生物多様性への影響が懸念されており、マレーシアやインドネシアを中心に生産されるパームの利用については、プランテーションによる原生林の伐採や希少生物への影響など、特に批判が多い。加えて森林由来のバイオマスを利用する場合には再植林が実施されることが前提であり、それが伴わない場合には二酸化炭素の増加を招いてしまう。国連食糧農業機関データベース(FAOSTAT)で2000年以降の再植林の状況を確認すると、約1億ヘクタールが再植林されずに住宅や工業用地に利用されおり、その分の二酸化炭素が増加してしまっている可能性がある。

一方で、脱炭素と生物多様性にWin–Winの関係にあるという研究結果も発表されている。2019年にNature Communications誌で公表された森林総研や立命館大学による地球上の8,428種を対象とした生態ニッチモデル*3による研究では、「温暖化がそのまま進んだケース」と「新規植林やバイオ燃料生産のため土地改編がなされ生物に影響を出しつつも地球温暖化を2℃以下に抑えたケース」の比較を行い、土地改変による影響を考慮しても気温上昇を2℃以内に抑えたケースの方が生物多様性の損失を抑えられるといった予測結果が得られている*4

「脱炭素」と「生物多様性」がトレードオフなのかWin–Winなのかについて、本稿で結論を出すことは意図していない。しかし、この2領域でさえ最適解を見出すことが容易でなく、改めてサステナビリティを統合的に考えることの難しさを感じる。サステナビリティは、わかりやすい結論を安易に求めることができない、複雑な問題である。この問題に真に向き合うためにも統合的に考えることを避けずに向き合っていくことが、非財務情報の開示だけにとどまらない、本当の意味での企業価値向上につながるのではないだろうか。

  1. *1
    資源エネルギー庁「第6次エネルギー基本計画」(2021年10月)
  2. *2
    環境省「海ワシ類の風力発電施設バードストライク防止策の検討・実施手引き(改訂版)」(2022年8月)
  3. *3
    生物種の既知の生息地点と気温・降水量・標高等の環境情報を入力変数とする機械学習によって、未知の領域(空間ピクセル)における当該種のニッチの存在確率を推定する手法
  4. *4
    森林総研「生物多様性保全と温暖化対策は両立できる —生物多様性の損失は気候安定化の努力で抑えられる—」(2019年12月)

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