サステナの落とし穴(4) 「化学物質管理」の過去事例から学ぶサステナ技術評価のススメ

2023年12月26日

サステナビリティコンサルティング第2部

井上 知也

第4回となる今回は、「化学物質管理」分野における過去の代表的な失敗事例を紹介したうえで、サステナ技術評価の重要性について考えたい。

最初に1991年にペルーで発生したコレラ蔓延の事例を紹介したい。これは、塩素消毒によって副生する発がん性物質(トリハロメタン)を忌避したペルー政府が水道水の塩素消毒を取りやめたところ、コレラの蔓延を引き起こし、約80万人が罹患したといわれているものである。

次に1990年代の欧州で発生したテレビ火災増加の事例を紹介したい。これは、RoHS指令原案の公開をきっかけに、欧州のテレビメーカーが筐体への臭素系難燃剤の使用を忌避して難燃性能を低下させたため、テレビ火災が増えたといわれているものである。その後、業界による自主的な難燃規格の引き上げにより火災件数は減少した。

上述の2つの事例はともに、化学物質のリスクと別のリスク(これらのケースでは化学物質の便益ともいえる)のトレードオフを事前評価せずに対策を講じたことで、思いもよらない別のリスクを発生させてしまった事例である。このようなトレードオフを行政施策において抑制するためのツールとして、規制影響評価(規制による影響(費用)や得られる効果(便益)、代替手段の有無などについて事前および事後に分析を行うことを義務付けるもの)が存在する。波及するリスクや便益をどこまでトレードオフとして考慮すべきかの判断は規制所管省庁自身に委ねられており、トレードオフを評価・管理するうえでのミニマムな仕組みといえる*1

目的や経緯は異なるが、これをサステナ領域に特化させたものが、2020年にEUで施行されたタクソノミー規則である。当該規則では企業の経済活動・導入技術がサステナブルかどうかを判定するため、トレードオフとして考慮すべき項目や範囲が示されている。具体的には、対象とする企業活動が気候変動、資源循環、汚染、生物多様性に及ぼすリスクを「DNSH(Does Note Significant Harm)」として定め、発生してほしくないトレードオフを定性的または定量的に設定するという仕組みとなっている。一般的にトレードオフの評価は非常に難しく、タクソノミー規則が設定する事項には過剰すぎる要求や漏れもあるとは思うが、筆者としてはDNSHのような「発生してほしくないトレードオフ」をあらかじめ明示し、企業に意識させる仕組みとしては非常に良くできていると考えている。

ただし、個別の経済活動や導入技術の全てにDNSHを設定するのは難しく、DNSHが設定されていないものについては先手を取った評価と開示が必要であろう。たとえば、CO2の分離回収を行ったうえで貯留または利活用する「CCUS技術」に対し、DNSHは設定されていないが、CO2分離回収の有力技術とされている化学吸収法は、CO2吸収液成分や当該成分の分解生成物が使用に伴ってプラントから環境に排出するといわれている。そこで現在、日本では環境省が中心となってこれらの成分が人や生態系にリスクを発生させないための条件(費用対効果の高い排出抑制対策)について事前評価が進められているところである*2

スピード感を持った社会実装が必要となるサステナ技術には、このように“トレードオフになりそうな事項に対して先手を打って評価し安全性を示していく”姿勢が必要となるのではないだろうか。

  1. *1
    岸本充生(2018) 規制影響評価(RIA)の活用に向けて:国際的な動向と日本の現状と課題, 関東学院大学経済経営学会研究論集『経済系』, 275, 26-44
    (PDF/943KB)
  2. *2
    環境省(2023) 環境配慮型CCUS一貫実証事業 ―液体吸収剤を用いる化学吸収法における環境負荷低減策について―, CCUSの早期社会実装会議(第4回)(2023年10月27日)
    (PDF/1,433KB)

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