持続可能なスマートシティ実現のために 「自然資本中心の都市OS」が問いかける未来

2025年3月6日

デジタルコンサルティング部

出田 和毅

1. 注目が集まる自然資本と活用主体となる「都市」

世界的な気候変動や資源枯渇等の課題に対し、自然環境を「資本」として捉える自然資本の視点が、持続可能な社会の構築に不可欠となっている。自然資本とは、自然が提供する多様な資源(例えば、動植物、土壌、水、大気、鉱物等)や生態系サービス(例えば、地形や生物多様性がもたらす空気浄化、気候調整、防災・減災機能等)を、社会活動や経済活動の資本として捉える考え方である。企業経営を例に挙げると、自然資本の視点を持つことにより、事業活動に起因する資源の過剰利用や環境負荷に対する意識が向上するだけでなく、植樹や水域保全等の自然資本に対するポジティブな取り組みを行うことで、消費者や株主等のステークホルダーからの評価、つまり企業価値を向上させることが可能となる。
しかし、自然資本の視点を取り込むといっても、自然資本からは直接的な経済的利益が得られにくい、効果が表れるまでに時間を要する等、通常の資本のようには扱いづらい。特に、企業単体で取り組みを推進することは難しい。無論、社会的な影響力や実行力を持つ大企業が率先して自然資本経営を実践することは重要であるが、社会の共有財産である自然資本は、利益を享受する社会全体でその価値を守る必要がある。そのため、社会を構成する市民、つまり私たち自身が自然資本の視点を生活に組み込むことが肝要である。とはいえ、抽象的な概念である自然資本を日々の暮らしの中で意識し、資本として維持したり活用したりする等の具体的なアクションへとつなげることは容易ではない。
そこで、実際には市民の暮らしを包括する「都市」が、市民に代わり自然資本について考え、行動する主体になると考えられる。

2. 自然資本とスマートシティ

我が国は、世界的な気候変動や資源枯渇の課題に加え、人口減少、少子高齢化、地方都市の衰退等、様々な社会課題に直面している。政府が掲げる「Society5.01」や「デジタル田園都市国家構想2」は、地方創生や社会基盤のデジタル化による上記の課題解決を目指すビジョンを示しており、その中核を成すのが、最先端のデジタル技術を用いて持続可能な社会システムを実現する「スマートシティ」である。
スマートシティは、内閣府の定義において「グローバルな諸課題の解決や地域特有の課題の解決、さらには新たな価値の創出を目指し、ICT等の新技術や官民各種のデータを有効に活用した各種分野におけるマネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、社会、経済、環境の側面から、現在および将来にわたって、人々(住民、企業、訪問者)により良いサービスや生活の質を提供する都市または地域3」とされている。
上記に示すように、環境と経済の視点から社会の持続可能性を捉えている点、市民の豊かな生活を支える基盤であるという点において、スマートシティと自然資本の考え方は通底している。これは、自然資本の視点をスマートシティの構築の中心に取り入れ、適切に管理することが、経済発展と環境保全を両立させた持続可能な「都市」を構築するための鍵であることを示唆しているように感じられる。

3. 自然資本を管理するシステム基盤

スマートシティにおいて、自然資本を効果的に活用するためには、自然資本の状況を把握するためのセンシング技術が不可欠であることは言うまでもない。これに加えて、そうしたセンシングされた各種情報を一元的に蓄積し、情報の利活用を促すことで、企業や自治体等が行動変容を起こせるような、統合的に管理されたシステム基盤の存在が重要である。このようなスマートシティの実現を支えるシステム基盤は「都市OS」と呼ばれている。
都市OSは、都市や地域における交通、エネルギー、ヘルスケア、防災等、様々なデータを統合管理し、インフラやサービスを制御する役割を担う。都市OSにリアルタイムにデータを集め、これらを活用することで、効率的な都市計画の立案や多様な地域サービスの迅速かつ柔軟な展開が可能となる。自然資本の観点では、各種センサーより取得した自然資本の現存量や利用状況、変化傾向に関するデータを都市OSが統合管理することで、都市運営において自然資本が本来持つ生態系サービスの価値を最大限引き出すことができるようになると考えられる。
具体的には、炭素吸収や水質浄化、温度調節といった生態系サービスを都市全体で管理することで、地理的・気候的な地域の特性に応じて十分に考慮された都市設計の構築に寄与すると考えられる。このように自然資本が都市OSの管理によって可視化・最適化された都市では、人間活動による環境負荷が自然の再生力の範囲内か否かを客観的なデータから判断し、環境負荷を低減するための適切な施策の検討を行うための土壌が整備される。これにより人と自然のどちらか一方が負担を強いられるのではなく相互に支え合う、いわゆる自然と共生する都市の構築が現実的に可能となるのである。

4. 自然資本中心の都市OSがもたらす効果

自然資本を組み込んだ都市OSの導入により、以下のような効果が期待できる。

―データに基づいた持続可能な都市計画

都市OSを活用して地域ごとの自然資本や環境特性を把握することで、各地域の課題解決に効果的かつ持続可能な開発を推進することができる。例えば、都市内の緑地や水域の状態に関するデータを基に、活用可能な自然資本の現存量を評価し、都市の拡張や再開発計画に反映させる等の活用方法が考えられる。

―新たな観光資源の創出

自然資本に関するデータを、その他の都市データと組み合わせて活用することで、地域ごとの特徴や強みを明確にし、それを観光資源の開発や地域活性化の取り組みにつなげることが可能となる。例えば、都市内の自然環境がもたらす景観や生態系サービスと交通データ等を組み合わせた観光ルートの提案、エコツーリズムの推進等が考えられる。これにより観光業や地元企業への経済的恩恵が生まれるとともに、新たな雇用が創出され、地域経済の活性化が促進される。

―新たな産業の発展

自然資本中心の都市OSを活用する都市であることが社会に広く認知されることにより、自然資本に関連するデータの活用意欲が高い事業者が集まり、再生可能エネルギー、グリーンインフラ、環境保護技術などのグリーンテック分野でイノベーションが促進される。また、グリーンテック領域の企業が集積することにより、環境に優しいイノベーションフィールドとして都市のブランド価値が向上し、投資家からの注目が集まりやすくなる。外部からの投資を集めることで、都市の財務基盤が強化され、都市全体の持続可能な発展が可能となる。

5. 自然資本と都市OSを融合し、持続可能なスマートシティを実現する

気候変動や天然資源の枯渇等のグローバルな課題と高齢化や地方都市の衰退等のローカルな課題の双方の解決に向けたアプローチとして、自然資本中心の都市OSによって駆動するスマートシティを考察した。本スマートシティがもたらす効果は多岐にわたるが、その本質は人と自然との共生である。
自然との共生を重視する考え方は世界的に着実に拡大しており、2022年に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では愛知目標の2050年ビジョン「自然と共生する社会」の実現に向け、「昆明・モントリオール生物多様性枠組4」が採択された。本枠組は、2030年までに生物多様性の損失を食い止め、増加へ転じさせるネイチャーポジティブ(自然再興)の実現を掲げており、実現に向けた方策として温室効果ガスの削減だけでなく生物多様性の保全をクレジット5として発行する動きも現れている。
我が国においても、自然資本に配慮した経営を行う企業は徐々に増加しているが、一部の先進的な取り組みとして取り上げられている段階であり、自然環境に有意な効果をもたらすためには、一部の先進的な企業や資本力を有する大企業だけでなく、さらに多くの事業者を巻き込んでいくことが不可欠である。他方、取り組みへの興味や意欲はあるものの、データ取得に必要な設備や分析ノウハウを持った人材等のリソースを保有していない事業者も存在するだろう。自然資本中心の取り組みを加速させるためには、地域の自然資本に関連するデータや評価手法が包括された誰もがアクセス可能なシステム基盤、つまり「自然資本中心の都市OS」の整備が期待される。
上記を踏まえると、自然資本領域に関する取り組みは都市づくりの中心である自治体や国の関係機関が主導権を持つことが望ましい。企業をはじめ多様な取り組み主体が活用できる基盤として「自然資本中心の都市OS」が整備され、各主体が本基盤をもとに事業を展開する仕組みが形成されていくことによって、持続可能なスマートシティの実現が進むことを期待したい。

  1. *1
  2. *2
    内閣官房「デジタル⽥園都市国家構想とは」
    https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digitaldenen/index.html
  3. *3
    内閣府「スマートシティとは」
    https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/index.html
  4. *3
    国際連合「昆明・モントリオール⽣物多様性枠組」
    https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_en.pdf(PDF/331KB)
  5. *3
    国⽴研究開発法⼈⼟⽊研究所「グリーンインフラとファイナンスに係る話題提供」
    https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/content/001747507.pdf(PDF/3,455KB)

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