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『アジャイル開発』の導入は本当に難しいのか

DXの取り組みへ向けて

2019年3月26日 銀行システム業務総括部 島守 智子

経済産業省は、2018年9月に『DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート―ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開―』、2018年12月には「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」を公表した。DXへの取り組みが加速されつつあると感じている方も多いのではないか。

DX推進ガイドラインの中で、アジャイル開発は、「小規模な機能からユーザ企業に求められる機能を試しながら有効な機能やソフトウェアを探索的に作成し共通化機能として作りこむ方法」と紹介されている。また、「アジャイル開発の実践そのものが、ユーザ企業の人材にあっては開発手法を学び、ベンダー企業の人材にあっては開発に従事しながら業務を知ることにつながり、ユーザ企業・ベンダー企業双方の人材育成にもなる」とされ、DXに対して非常に有用な開発スタイルであることが示されている。

しかし、現在の日本ではアジャイル開発は必ずしも主流には至っていない。アジャイル開発の難しさとして一般的にあげられる2点の問題について、筆者なりに整理したい。

1点目は、「アジャイル開発は日本の契約形態と適合せず、日本で実施するのは難しい」という点である。

2012年にIPAにて公開された「非ウォーターフォール型開発の普及要因と適用領域の拡大に関する調査報告書(非ウォーターフォール型開発の海外における普及要因編)」においてアジャイル開発は、アメリカでは「既に主流となっており、さらに普及が進んでいる」のに対して、日本では「普及が遅れており、ようやく認知されはじめた」状況とされている。日本においては、2012年から状況があまり変わっていないというのが筆者の実感である。

アメリカでは、1980年代企業競争力の低下が問題視され、人員削減の中で雇用の流動化を前提とした業務明確化が進められるとともに、リエンジニアリングの中で経営資源の選択と集中が進められた。こうした抜本的な構造改革と同時にIT導入が進められた結果、コア業務のIT化は社内人材が担い、それ以外の非コア業務はベンダーのパッケージ製品に業務の方を合わせるという開発スタイルとなった。

一方日本ではこうした分化が進まず、社内のIT部門が幅広い業務領域でSIerやベンダーと共同でシステムを作り上げる開発スタイルとなり、ITスキルの高い人材もSIerやベンダーに多くいるのが実状である。こうした背景から、アジャイル開発に際しても日本では内製化だけで進めることが難しく、共同で実施する企業を探しても契約や手続面がネックとなってきたという側面は、確かにあるだろう。

しかし、現在、アジャイル開発に関するモデル取引契約ガイドラインが検討されており、今後はそのようなものを参考にすることで、1つ目の問題は徐々に解消へと向かうものと思われる。

2点目は、「事業部門(ユーザー部門)がプロダクト・オーナーになれていない」という点である。

プロダクト・オーナーとは、ビジネス要件を持ち意思決定の役割を担うメンバーのことである。アジャイル開発では、プロダクト・オーナーと開発者が一緒に作業を行うことで効果が最大化する。プロダクト・オーナーの協力が得られなければアジャイル開発はうまく進まないし、そもそもプロダクト・オーナーが不在では案件自体が立ち上がらない。

ユーザ部門にとって「開発への参画」はハードルが高いという側面はあるだろう。しかし、ITシステムは「事務省力化/コスト削減のためのもの」から、「利益を生み出す道具」に変わってきている。ユーザ部門自身がこうした意識を持てば、発注先にまかせてはおけず、自ずと仕組みを理解したり、変更を迅速に行いたいと思うのではないだろうか?

コンピュータ自体がとても高価で操作やプログラミングには専門知識の習得が必要であった時代と異なり、現在では誰もがインターネットにつながるコンピュータを利用し、2020年度から小学校プログラミング教育も始まろうとしている。「開発」はすでにITエンジニアだけができる特殊なことではなく、誰でも方法さえ会得すればできるものに変わってきている。筆者自身もWEBページに地図サイトの情報や動画をはりつける操作やPythonという言語を使ったPC操作の自動化やWEBページから自動的に情報を取得するというような操作が簡単にできてしまい、驚いた経験がある。事業部門に所属する担当者がITスキルを身につけることは、十分に可能であると筆者は考えている。

大事なことは、まずはどんなに小さな案件でも良いので、アジャイル開発を始めることだと思う。実際にアジャイル開発を始めてみると、フロントエンドやパブリッククラウド等、自分が今まで触れたことの無い技術を多く利用することとなり、スキル・ノウハウが不足を痛感するかもしれないが、まずはスキル・ノウハウのどこが不足しているかを知ることも大切である。

日本で普及が進まない理由として2つのハードルが指摘されているアジャイル開発であるが、いずれも解消への道筋は見えている。二の足を踏んでいる人や組織もまずは一歩を踏み出していただき、そうした一歩の積み重ねが日本企業全体のDXへの取り組み加速につながっていくことを願ってやまない。

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