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リスク評価の技術者が感じたこと

コロナ禍とリスクコミュニケーション

2020年7月17日 サイエンスソリューション部 重盛 正哉

はじめに

筆者は、長年、大規模な工学施設(原子力発電所や宇宙ステーション等)を対象としたリスク評価に携わっている。筆者が携わるリスク評価では、対象施設の事故シナリオによる事故発生の定量的な評価を実施するが、評価を行いながら常に感じていたことがある。それは、専門知識を持たない方へのリスク評価の内容や結果の伝え方の難しさである。

今般の新型コロナウイルス感染症対策で公表される各種指標やその意味、数値についても同じように感じた。例えば、流行度合の指標として、実効再生産数、10万人あたりの感染者数等の数値が公表されるが、指標や数字の変化の意味が分かりやすく説明されているとは言い難い。このようなリスクに関する指標やその意味を一般で共有するための方法論は、「リスクコミュニケーション」と呼ばれる。

そこで、改めて今般の新型コロナウイルス感染症対策における「リスクコミュニケーションの大切さ」とは何か、ということを考えてみた。

リスクコミュニケーションとは何か

リスクコミュニケーションについては、国内外の様々な機関や団体がその方法論を検討し、実践例を紹介している。

例えば、国内では文部科学省が平成25年から平成26年にかけて「安全・安心科学技術及び社会連携委員会 リスクコミュニケーションの推進方策に関する検討作業部会」を開催し、「リスクコミュニケーションの推進方策」*1を取りまとめている。その中でリスクコミュニケーションは、「リスクのより適切なマネジメントのために、社会の各層が対話・共考・協働を通じて、多様な情報及び見方の共有を図る活動」と定義している。

このように、一般的にリスクコミュニケーションとは、リスク事象に係わる様々な利害関係者が、リスクに関する情報や意見交換を通して相互理解を推進していく過程のことを言う場合が多い。つまり、何か良くないこと(リスク事象)が起こりそうなときに、関係しそうな全ての人たち(社会の各層/リスクに関係する人々)が集まり、良くないことについての情報交換を行い、互いの理解を進め、考えを共有しましょう、ということである。

このような利害関係者間での情報共有と相互理解を目的としたリスクコミュニケーションは平時に行われる場合が多く、今回のコロナ禍のように、緊急性が高く情報が一方的に提供されるような場合のリスクコミュニケーションは、クライシスコミュニケーションとも呼ばれる。その一例として、米国の事例を紹介する。

米国CDCの緊急時のリスクコミュニケーション

米国のCDC(疾病予防管理センター)では、緊急事態が発生した場合の対応策の一環として、緊急時のリスクコミュニケーションのあり方をまとめた「危機と緊急時のリスクコミュニケーション(CERC:CRISIS+EMERGENCY RISK COMMUNICATION)」を公表している*2。CERCには、緊急時のリスクコミュニケーションを担う人材のトレーニングコースから実際の緊急事態発生時の対応策のマニュアルまで、緊急事態発生時のリスクコミュニケーションの実践方法についてまとめられている。

そのCERCマニュアルのIntroduction*3には、以下の緊急事態発生時のリスクコミュニケーションの6つの原則(The Six Principles of CERC)が示されている。

  1. Be First(情報発信は迅速に行うこと)
  2. Be Right(発信する情報は正しい情報であること)
  3. Be Credible(発信する情報に信頼を得ること)
  4. Express Empathy(人々への共感を表すこと)
  5. Promote Action(人々の行動を促進すること)
  6. Show Respect(人々へ敬意をはらうこと)

この6つの原則は、緊急時のリスクコミュニケーションでは、受け手側に対する「共感」や「敬意」をもって「はやく」「正確な」「信頼できる」情報を提供し、受け手側の理解や行動を「促進」することが重要であるということを示している。

分かりやすい情報提供の重要性

緊急時の情報提供は一方的になる場合が多いため、情報の提供側が分かりやすさを心掛けないと、受け手側の情報に対する理解度や信頼性等が大きく低下する可能性がある。緊急時のリスクコミュニケーションでは、特に分かりやすく情報を提供することが非常に重要であると考えられるが、分かりやすい情報提供には、内容の分かりやすさだけではなく、情報提供手段も含まれる。どんなに分かりやすく説明されていても手に入りにくい情報は分かりにくい情報となる。

情報の正しさを見極めることの必要性

コロナ禍に関しては、公的機関、メディアが日々多くの情報を提供しており、ある意味玉石混交のカオス状態であるといっても過言ではない。

公的機関の情報発信は迅速かつ正確だが、正確であるがゆえに情報が単なる数字の羅列の場合があり、専門的で分かりにくいと感じる場合が多く、内容を正しく理解するために解説等を探す作業が必要になることがある。

一方で、様々なメディアが発信する情報は、公的機関の情報を基本としているため数値は正しいが、その説明が客観的ではなく主観的な場合や偏っている場合があり、情報の受け手側の誤解を引き起こす可能性があると思われる場合が見受けられた。このように感じる情報は正しい情報とは言えないのではないだろうか。極まれではあるが、情報発信元の属性や書き手の背景等の確認作業や発信元に対する十分な理解の必要性を感じるものも見受けられた。

このように、今回のコロナ禍における情報収集では、収集した情報を正しく理解し、判断することの重要性を痛切に感じた。

終わりに

本文章では、今回のコロナ禍におけるリスクコミュニケーションのあり方についての感想をまとめた。緊急時のリスクコミュニケーションでは、一方的に提供される情報について、情報の受け手は情報の正しさを見極めることでその情報を有効に活用することが大切であり、情報を発する側は受け手が必要とする情報を分かりやすく、入手しやすい形で提供していくことが重要である。しかし、国内の状況は、必ずしもうまくいっていないと感じることがある。一時期落ち着いていた国内の感染者数はここのところ増加傾向にあるが、より良いリスクコミュニケーションにより、一日も早くコロナ禍が終息することを願うばかりである。我々もこれまで培ってきたリスク評価技術を活かせることがあれば協力を惜しまない覚悟である。

  1. *1文部科学省、安全・安心化学技術及び社会連携委員会、「リスクコミュニケーションの推進方策」、平成26年3月27日。
  2. *2https://emergency.cdc.gov/cerc/index.asp
  3. *3https://emergency.cdc.gov/cerc/ppt/CERC_Introduction.pdf
    (PDF/951KB)

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確率論的安全評価(PSA)/確率論的リスク評価(PRA)は、原子力プラント等の大規模な工学施設の安全性やリスクを評価するための手法です。みずほ情報総研では長年、原子力プラントのPSA/PRA関連業務に携わっています。

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