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ヒューマンセンシング技術を活用した安全で魅力のある労働環境構築に向けて

2022年9月30日 デジタルコンサルティング部 鈴木 滉大

近年、就労者の高齢化に伴う転倒などの危険増大、人材不足による特定の就労者への業務集中などにより、労働災害の発生リスクが高まっている。こうした背景を踏まえ、厚生労働省は「第13次労働災害防止計画」(2018年度~2022年度)を定め、事業者は労働災害発生件数を減らすため、同計画に基づいて転倒災害の危険の見える化や過重労働の防止など、さまざまな対策を講じている。しかし、2021年は労働災害による死亡者数が前年に比べてむしろ増加(死亡者数:8.1%増、休業4日以上の死傷者数:14.3%増)*1していることから、労働災害抑止に向けて、さらなる取り組みが求められているところである。

労働災害を減らすための1つの有効な手段として、近年、ヒューマンセンシング技術に注目が集まっている。ヒューマンセンシング技術とは、人を計測して得られたセンサーデータを基に、人の状態を分析・推定する技術である。この技術は、主に健康管理を目的として、心拍数や歩数、睡眠時間を記録する個人向けサービスでの活用が進んでいる。読者の中には、腕に装着するスマートウォッチを使って睡眠時間や運動量を管理している人もいるかもしれない。また、このような身体にデバイスを装着するウェアラブル型の技術のほかにも、カメラ映像やマイクロ波レーダー等を用いてバイタルデータの計測を行う非接触型の技術もある*2。これらヒューマンセンシング技術は自身の健康管理のほかに、他者(雇用している労働者等)の安全確保や健康管理にも役立つと考えられている。

そこで、ヒューマンセンシング技術を活用した事業者向けサービスに着目し、想定される労働災害防止効果や、労働現場への適用時の課題・検討視点、技術を導入・活用する際に留意すべき点を述べる。なお、本稿では、業務中に死亡事故・重大事故につながりやすい業界(建設業、運輸業、製造業、林業等)で現場作業に従事する労働者の安全確保・健康管理に焦点を当てる。

ヒューマンセンシング技術による労働災害防止効果

ヒューマンセンシング技術は、労働者に対する高度な安全確保・健康管理を実現し、結果として多岐にわたる労働災害の防止に寄与することが見込まれる。

たとえば、労働災害の発生件数の多い転倒や墜落・転落事故については、加速度・角速度を計測するセンサーを導入することで、事故発生を早期に検知して迅速な救護活動が可能となる。また、近年の気候変動により、熱中症対策の重要性が高まっているが、体温や心拍数を計測することで暑熱環境における労働者の健康管理をリアルタイムで行い、熱中症を発症する前に労働者を休息させるなどの対応を取ることができるようになる。加えて、大型トラクタや大型車を運転する必要のある業種では、居眠り運転による交通事故の予防が重要であるが、運転中の眠気を心拍数から検知する技術がこうした課題の解決につながるだろう。

ヒューマンセンシング技術を導入・活用することで、従来労働者が自己管理を行ったり、管理・監督者が労働者への体調確認を適宜行ったりしていたものを効率化し、労働災害の発生件数の減少・死亡事故の防止が期待できる。

ヒューマンセンシング技術の労働現場への適用

ューマンセンシング技術を労働現場に適用する際の障壁として、労働環境・業務内容との相性(作業の妨げにならないか等)や、労働者個人の事情(特定の物質に対して敏感な皮膚反応を示すためデバイスの長時間装着が難しい等)が挙げられる。こうした労働環境・業務内容の特性や労働者個人の事情に対応できるよう、使用範囲や必要となる精度、継続して使用できる時間などが異なる多様な技術が生み出されている。1つの視点として、ウェアラブル型と非接触型の特徴を比較したものを下表のように整理した。

ウェアラブル型は比較的高精度であり、移動範囲が広い労働者の使用にも対応できる一方、腕などに装着する場合には着用負担が大きい点、デバイスを労働者一人ひとりに調達するコストがかかる点などを考慮する必要がある。他方、こうしたデバイスであっても、腕に装着するものだけでなく、作業着やヘルメットにセンサーを取り付けたものもあり、労働者の負担感の少ない技術が生み出されていくことが見込まれるため、今後の技術開発・サービス化の動向が注目される。

また、非接触型は着用負担がなく長時間連続して使用することが可能である一方、ウェアラブル型と比べて低精度となる点や、広範囲にわたって作業を行う労働者をカメラやレーダーが捉えきれないケースが想定される点に留意が必要である。

労働現場にこうしたヒューマンセンシング技術を導入した際、労働者は日々長時間にわたって技術を使用し続けることとなるため、解決したい労働災害の種類や業務の特性、労働者への負担感等を踏まえて適切な技術を導入することが望まれる。


ヒューマンセンシング技術を活用するツールの特性
図1

出所:各種情報を基にみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

ヒューマンセンシング技術を導入・活用する際の留意点

労働災害防止に効果のあるヒューマンセンシング技術を導入し、継続的に活用するには、導入段階および活用段階に留意すべき事項がある。導入段階では、目的に沿った製品・サービスを見極めること、活用段階では、技術に対する労働者の納得を得て抵抗感を減らす取り組みを行うことが挙げられる。

導入段階で適切な製品・サービスを見極めることは、労働災害防止効果を最大限に引き出すことにつながる。ヒューマンセンシング技術には向き・不向きがあり、目的に応じた製品・サービスを見極められない場合、技術を導入しても効果が十分に得られない可能性がある。たとえば、死亡事故につながる転倒や墜落・転落事故については、事故発生に早期に気づき素早い救護措置を行うという目的を踏まえ、加速度や角速度を計測し、人の身体の急な動きなどを検知した際には早急に管理・監督者に通知するような機能を具備しているか確認すべきである。また、熱中症などの労働災害においては、労働者のこうした体調不良を未然に防止することが目的となるため、体温や心拍数の計測を行って熱中症の兆候を事前に検知し、発症前に労働者を休ませるなどの対応ができるか考慮すべきだろう。このように、ヒューマンセンシング技術の導入段階では、防ぎたい労働災害は何かという目的に照らして、計測項目や機能が十分であるかを見極めることが重要である。

ヒューマンセンシング技術の活用段階において、技術に対する労働者の納得感を醸成し、抵抗感を低減する取り組みを行うことは、技術が現場で継続的に効果を発揮することにつながる。特に労働者がデバイスを長時間装着する場合、技術の意義が理解されず、単に負担感のみが増す事態は避けなければならない。労働者から納得を得るには、管理・監督者から説明の機会を設け、技術を活用することで労働者の安全を確保できるというメリットを丁寧に伝えることが望ましい。また、労働者の抵抗感を低減するには、管理・監督者がパーソナルデータを注意して取り扱い、労働者の不信感を払拭すべきである。ヒューマンセンシング技術を通じて得られたパーソナルデータには、病歴を含む健康データや位置情報等の秘匿性の高い情報が含まれる。こうした情報提供に抵抗感のある労働者も想定される中、技術の活用によって労働者が不利益を被らないよう、不正アクセスを防止するセキュリティ対策を講じ、データの公開範囲や用途等についても事前に定めておくことが不可欠である。

安全で魅力のある労働環境の実現に向けて

これまで述べてきた通り、ヒューマンセンシング技術を適切に導入・活用することで、管理・監督者の負担を低減しながら、より安全な労働環境を実現することが期待される。労働災害の防止は、事業者としての責任であり、一層努力していくべきものであるが、労働災害の防止の取り組みを契機に、これまで以上に働きやすい業界、人材を惹きつける業界へと生まれ変わることを期待したい。

  1. *1労働災害発生状況(厚生労働省)
  2. *2たとえば、スマートフォンやPCのカメラで撮影した動画から心拍数などを非接触で取得し、ユーザーの健康管理を実現するものがある。

鈴木 滉大(すずき こうだい)
みずほリサーチ&テクノロジーズ デジタルコンサルティング部 コンサルタント

IoT、自動運転、水中ドローン等に関するデジタル・モビリティ領域の調査研究・コンサルティングに従事。デジタル技術適用による社会課題解決に向けた技術・社会環境調査等に携わる。

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