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身近になりつつあるディープフェイクとジェネレーティブAIがもたらす課題

2023年1月10日 デジタルコンサルティング部 石岡 宏規

注目されるディープフェイク

2022年3月にウクライナのゼレンスキー大統領のフェイク動画が出回り話題となった。このフェイク動画は、本物の動画と比べると身体のバランスに明らかな違和感があることから、比較的容易に偽物であると判別できるものであったが、ディープフェイクが我々の身近に存在することを認識する機会でもあった。

ここでは、大量のデータを活用したAIによる映像生成の技術であるディープフェイク(Deepfakes)およびジェネレーティブAI(Generative AI)について、事例を通してその利点と課題を紹介する。

ディープフェイクとジェネレーティブAI、それら技術の広がり(民主化)

ディープフェイクは、「ディープラーニング」と「フェイク」を組み合わせた造語であり、映画産業などの特殊映像効果用途で使用されている「合成メディア技術(Synthetic media)」の一種である。AIによるディープラーニングを用いて、物体や人物のリアルで高精細な映像を人工的に合成する技術であり、現在では大量のデジタル情報から生成された動画・音声、およびこれらを生成するツールやサービスを意味する用語しても使用されている。また、ジェネレーティブAIは、大量のデジタルデータを学習し、まったく新しい情報を生成・創造する目的でAIを用いる技術であり、Gartner社の「2022年の戦略的テクノロジのトップ・トレンド」に取り上げられている。

ディープフェイクは、専用の撮影・編集機材や広大な撮影スタジオを用いなくても、PCなどのコンピューティング環境で動画などを生成できることから、映像制作にとどまらずさまざまな分野で活用が進んでいる。実際、ディープフェイク技術を用いて制作されたデジタルアバターをファッションモデルとして動画に出演させるビジネスなども始まっている。また、Stability AI社が開発したStable Diffusionサービスは、簡単な言葉を指定することで、人が創作したような創造的な画像を生成できるようになっており、ジェネレーティブAIも実用段階になってきた。

このようにディープフェイクとジェネレーティブAIは、誰もが簡単に活用できる環境の整備が進み、技術の民主化が進みつつあると言えよう。

技術がもたらす課題と関連する取り組み

世の中に出回っているツールやサービスを使って、誰でも簡単にディープフェイクやジェネレーティブAIを利用できるようになるにつれ、企業活動、個人や社会活動への影響の懸念が増し、規制やガイドラインの整備、技術開発、教育などの観点からさまざまな取り組みが進められている。

①企業活動への影響と対応の事例

イギリスで開催された芸術イベントでは、著名なテック企業のCEOが実際には発言したことがない内容の動画作品が公表された。芸術イベント向けに正式な作品として公表されたものだが、企業側が意図していない情報の流通や、自社コンテンツの無許可改変などについての検討の必要性を示唆するものである。

このような影響の懸念に対して、米国のCISA(サイバーセキュリティー・インフラセキュリティー庁)は、オンラインプラットフォームを介したディープフェイクなどの情報操作によるリスクを軽減する方策を公表している*1。企業が意図しない情報により顧客やビジネスパートナーに混乱を生じさせることがないように、自社に関連する特定のキーワード検索の急増などのオンライン活動の監視、ソーシャルメディア活動などのコミュニケーションチャネル整備やメッセージの発信力強化などを通じて、信頼されるネットワークを構築することに言及している。また、インシデント対応計画の策定や組織構成員が適切に情報を判断するための教育の重要性にも触れている。

②個人への影響と対応の事例

ディープフェイクが注目されたきっかけの1つは、2017年に米国のインターネット掲示板にディープフェイクを使って作成されたポルノ映像がDEEPFAKESの名前で投稿されたことだといわれている。また、ジェネレーティブAIの事例として、AIサービスを利用して作成された絵画が品評会において入賞したことが報じられ、議論を巻き起こしている。これらの事例からは、個人の尊厳に関わるような技術利用に関する倫理観の醸成や新たな技術がもたらす影響についての合意形成が必要という示唆が得られるのではないだろうか。

こうした背景もあり、米国では、ハワイ州などでディープフェイク動画の意図的な作成などをプライバシー侵害の犯罪に追加するための法制化が進められている。英国でも既存の「オンライン安全法」を改正し、同意なしに作成されたディープフェイクポルノの共有を取り締まる方針を打ち出している。

また、米国では、ホワイトハウスから、「AI権利章典のための青写真」*2が公開されている。これは、AIを用いた自動化システムを設計・使用する際に、プライバシーへの配慮やAIシステムが利用されていることの通知など、考慮すべき5つの原則をまとめたものである。法的拘束力は持たないものの、個人の権利を保護し、AI製品の開発者や市民など幅広い層で共通の認識を得ることを目指した草案である。このような取り組みを通じて、ディープフェイクなどがもたらす影響についての社会での合意形成が進むことを期待したい。

③社会活動への影響と対応の事例

冒頭で紹介したゼレンスキー大統領のフェイク動画のほかにも、英国を拠点とするエネルギー企業のCEOが、親会社のCEOの偽音声の電話に騙され、依頼された指定先に送金してしまうという事件が起きている。このように、映像や音声の専門家ではない一般の人にとっては、ディープフェイクやAIシステムと相対していると認識することが難しい段階にまで技術が発達していることから、犯罪などの社会活動への影響についての議論の深耕が求められる。

こうした事態に対応するための技術の1つに、動画検証ツールであるInVIDがある。EUの資金拠出を受けて開発されたもので、YouTubeビデオなどのコンテキスト情報の収集や逆画像検索などをサポートすることで、ファクトチェックを効率化するものである。

規制による対応の例としては、事業者にAIシステムのリスクに応じた取り組みを求める「AI規制法案」がEUから公表された*3。この中で、ディープフェイクに関するシステムには、利用者がシステムと相対していることや、システムが生成したコンテンツが人工的生成物であることを明示することを求めている。

また、技術は用いる人によって良い方向にも悪い方向にも利用され得ることから、人材教育が重要との観点のもと、デジタルを上手に使いこなし、よき市民・社会人として行動することを学ぶデジタル・シティズンシップの取り組みも進みつつある。EUでは、「DIGITAL CITIZENSHIP EDUCATION HANDBOOK」*4の公開を通じて、教育支援ツールやプラクティスの普及を図っている。米国のNPOであるCommon Senseとハーバード大学大学院のProject Zeroは、デジタル・シティズンシップを学ぶための多くの講座を提供*5する活動を進めている。

よりよい技術の活用に向けて

ディープフェイクやジェネレーティブAIはめざましい勢いで発展しており、この影響を踏まえて社会の対応や取り組みも大きく変化しつつある状況にある。ここで紹介した技術開発、規制やガイドラインの整備、人材教育などの幅広い取り組みの進展と共に、私たち自身が新しい技術との付き合い方を考え、実践することで、よりよい方向に技術が活用されることを期待したい。

  1. *1https://www.cisa.gov/uscert/ncas/current-activity/2022/02/18/cisa-insights-foreign-influence-operations-targeting-critical
  2. *2https://www.whitehouse.gov/ostp/news-updates/2022/10/04/blueprint-for-an-ai-bill-of-rightsa-vision-for-protecting-our-civil-rights-in-the-algorithmic-age/
  3. *3https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/library/proposal-regulation-laying-down-harmonised-rules-artificial-intelligence
  4. *4https://rm.coe.int/prems-003222-gbr-2511-handbook-for-schools-16x24-2022-web-bat-1-/1680a67cab
  5. *5https://www.commonsense.org/education/digital-citizenship

石岡 宏規(いしおか ひろき)
みずほリサーチ&テクノロジーズ デジタルコンサルティング部 上席主任コンサルタント

ISO/IEC 15408の評価およびコンサルティングの経験を活かし、組み込み機器・自動車、セキュリティ認証制度などに関する技術動向調査・コンサルティングに従事。また、偽・誤情報に関する調査研究、システム監査、脆弱性診断、リスク分析などのセキュリティ業務にも携わる。

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