ページの先頭です

DX推進において注目される役割「SRE」

2023年1月31日 デジタルコンサルティング部 栗山 緋都美

日本が進めるデジタル推進人材の育成施策

日本企業においてDXの推進が加速化している中、DXを推進する人材の育成・確保が十分ではないという課題が指摘されている。その課題を解決するため、政府は、2022年6月に「デジタル田園都市国家構想基本方針」を公表し、2026年度末までに230万人のデジタル推進人材を育成することを目指している。

この人材育成に取り組む端緒として、2022年12月、経済産業省が「DX推進スキル標準」を公表した。同標準では、事業企業でDXを推進する人材の人材類型を「ビジネスアーキテクト」「デザイン」「データサイエンティスト」「ソフトウェアエンジニア」「サイバーセキュリティ」として定義している。また、各人材類型に紐づいた役割としてロールが定義され、特にソフトウェアエンジニアについては、「フロントエンドエンジニア」「バックエンドエンジニア」「クラウドエンジニア/SRE」「フィジカルコンピューティングエンジニア」の4つのロールが設定されることとなった。

これら4つのロールは、従来のITスキル標準(ITSS)で想定されたIT人材にとどまらず、新たな人材のロールの定義として、昨今の人材市場やデジタル市場の動向を踏まえ、整理された。ここで特に注目したいのは、インフラ運用を担うエンジニアのロールとして「SRE(Site Reliability Engineering)」を含めた点である。オンプレミスからクラウド環境への移行を反映した「クラウドエンジニア」だけではなく、SREを定義に加えたことが重要である。

本稿では、DX推進において注目され、DX推進スキル標準のソフトウェアエンジニアのロールとして定義されながらも、まだ知名度が高くないSREとはどのような役割なのか、紹介したい。


「DX推進スキル標準」人材類型の定義
図1

出所:IPA「デジタルスキル標準(DSS)」


「DX推進スキル標準」人材類型と15ロール
図2

出所:IPA「デジタルスキル標準(DSS)」

Googleが提唱するSREの役割

SREとは、Site Reliability Engineering(サイト信頼性エンジニアリング)*1の略語で、Googleが提唱したシステムの信頼性を重視するシステム管理とサービス運用の方法論である。現在、Googleだけではなく、Amazon、Netflixといった大規模なシステムを運用する海外の大企業が導入している。日本においても、メルカリが2015年よりSREチームを立ち上げ、プロダクトのスケーラビリティの向上の大きな役割を果たしてきたとされる。現在、各社での導入が進むSREは、どのようにGoogleで生まれたのであろうか。

Googleでは、日々新しいサービスを投入し続けると同時に、世界中のユーザーがいつでも安全にシステムを利用できる「信頼性」の維持が不可欠である。そこでGoogleは、サービス投入と信頼性の維持を両立するために、開発チームと運用チームが連携・協力しながら開発を行う開発手法であるDevOps*2を実装する方法としてSREという概念を生み出した。SREは、システムを運用する上で信頼性の高い本番環境システムを実行することを目的として、「運用業務の環境整備」「システムやクラウドの開発・運用」「システムの自動化」「システムに問題が発生した時の対応」などの役割を担う。たとえば、これまでエンジニアが繰り返し手作業で実施していたログ取得の自動化ツールを作成したり、リリース前に細かなバグを修正したりすることで、開発チームが本来の新規機能開発に集中できるようにするのもSREの重要な役割の1つである。

従来の開発現場においては、ユーザーの求める新しい機能を次々と追加したい開発側(Development)と、可能な限りリスクを避けてシステムの安定性を維持したい運用側(Operation)との対立がたびたび見られた。筆者もエンジニアとしてシステム開発に携わった経験があるが、開発チームと運用チームは別組織であり、運用チームが開発に関わる機会はなく、役割分担が明確に行われていた。現在、社会のニーズに合わせて、スピード感を持った開発、リリース、運用のサイクルが求められており、SREはソフトウェア開発の舵取り役として重要な役割を果たすであろう。そして、SREの導入を通じて、積極的に開発・運用業務やシステム管理の自動化を実装していくことにより、異なる目的やスキルを持つ開発チームと運用チームという縦割りを避け、システムの迅速なリリースとともに、運用コストの削減とサービスの信頼性の両立という効果が期待される。

このように、SREは、従来の運用チームが担っていた役割を超えて、インフラ整備からアプリケーション開発に至るまで幅広い知見を備えた上で、システム運用全体の安全性と信頼性に責任を負い、それを実現することを目指すアプローチである。

日本でもオンプレミス環境におけるウォーターフォール型開発からクラウド環境におけるアジャイル開発へと移行が進むことでDevOpsの重要性が増しており、SREの導入が急速に進みつつある。今後、DXの推進において、システムの信頼性を確保することがより一層求められるに伴い、SREの重要性がさらに高まっていくと考えられる。

一方で、Googleでは、SREの基本原則として、「サービスレベル目標(SLO)の設定と達成」「非難を伴わない障害報告を記録する文化」「本番環境におけるインシデントの管理プロセスの構築」を示しており、日本企業においても単にSREチームを組織するだけではなく、SRE導入の前提となる企業文化の醸成や社内プロセスの確立などの社内改革も必要となるだろう。


左右スクロールで表全体を閲覧できます

SREの主な役割
(1)運用業務の環境整備(例:パッチを準備する)
(2)システムやクラウドの開発・運用
(3)システムに問題が発生した時の対応(例:リリース前にバグやエラーを取り除く)
(4)システムの自動化(例:ログ解析ツール、テスト環境から本番環境への移行の自動化等)

出所:各種資料よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

SREに求められるスキル

このように注目されるSREには、どのようなスキルが求められるのか。運用環境の安全性・信頼性を確保するためには、当然、クラウドインフラの構築・運用スキルが必要となり、ソフトウェア開発側と協力・連携していくためには、ソフトウェア開発スキルも重要となる。また、システム全体の安全性を確保し、最適化を図るためには、セキュリティやネットワーク、データベースに関する知識も必要となる。さらに、技術的なスキルに加えて、開発チームとの連携・協働を円滑に進められるコミュニケーションスキルも求められる。

GoogleのSREチームのうち、50~60%は優れたソフトウェア開発技術を持つソフトウェアエンジニア、残りの40~50%はSREに必要な技術スキル(Unixシステムの内部構造やネットワークに関する専門知識など)を有するソフトウェアエンジニアで構成されている。

これからSREエンジニアのキャリアを目指す人材は、個人または所属企業において、ソフトウェアエンジニアであればクラウドインフラ構築・運用スキルを、インフラエンジニアであればソフトウェア開発スキルを向上させ、自動化ツールの開発といったSREの導入経験を蓄積していく必要があると考えられる。


左右スクロールで表全体を閲覧できます

SREに求められるスキル・知識
ソフトウェア開発スキル
クラウドインフラ構築・運用スキル
セキュリティやネットワーク、データベースに関する知識
コミュニケーションスキル

出所:各種資料よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

むすび

日本におけるSREは、大手IT企業を中心に導入が進み、事業会社にも広がりつつある。しかし、実際には、SREチームが開発チームと連携しながら自動化ツールの開発やインフラの構築、全体の最適化を担うという本来の役割を十分に果たせず、従前のシステム管理やインフラチームの役割といった狭義のSREの範囲にとどまっている場合も少なくない。

国内の事業会社では、クラウド環境でのシステムの自社開発が浸透し、日々新しい機能のリリースが求められている。SREの役割の重要性は今後ますます高まっていくだろう。今回、DX推進スキル標準でソフトウェアエンジニアのロールに定義されたことにより、本来のSREのロールを理解し実践できる人材の育成・確保が進むことを強く期待したい。

  1. *1SREは、「Service Reliability Engineering」と表記する場合もあり、DX推進スキル標準では、こちらを用いている。
  2. *2DevOps(読み方は「デブオプス」)は、開発チームと運用チームを分離するのではなく、連携・協力しながらソフトウェア開発を行う開発手法の1つ。

[参考]
Mercari Engineering
Google:Site Reliability Engineering

栗山 緋都美(くりやま ひとみ)
みずほリサーチ&テクノロジーズ デジタルコンサルティング部 コンサルタント

ITエンジニアとして大規模システムの開発に携わった経験を活かし、官公庁を中心にデジタル分野(デジタル人材施策、AIガバナンス等)に関する調査研究・コンサルティングに従事。また、個人情報保護に関する調査研究などのセキュリティ業務にも携わる。

関連情報

この執筆者はこちらも執筆しています

2022年1月24日
行政のデジタル化
―デンマーク型の行政サービスデザインからの示唆―
ページの先頭へ