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[連載]2040年の社会を、ともに語る。ともに創る。

第5回(ヘルスケア編):地域医療構想の目標年次まであと1年、地域に必要な療養の場は目標通りに確保されるのか【前編】

2024年2月13日 社会政策コンサルティング部 医療・福祉政策チーム 村井 昂志

人口減少、少子高齢化が加速する我が国、日本。社会・経済の活力を維持・発展させ、安心して暮らせる社会基盤づくりをどのように進めていくべきか、課題解決に向けた取組みが各方面で進んでいます。

社会政策コンサルティング部では、個人の幸福な生活とサステナブルな社会・経済の実現に向け、さまざまな角度から議論を重ねています。

今回はそのなかでも「DEI*」「ヘルスケア」をメインテーマに、2040年を見据えた議論を連載コラムとして皆さんにお伝えしていきます。第5回は前編・後編の2部構成であり、こちらは前編です。

2040年の社会を、ともに語り、ともに創っていきましょう。


  • *DEI (ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン):
    あらゆる多様性を尊重し、機会の公平性を確保し、多様な視点や価値観を積極的に取り入れるという概念


地域医療構想は、効果検証が必要な時期に

「医療介護総合確保推進法」に基づき、各都道府県が「地域医療構想」を策定してから、まもなく8年を迎える。この地域医療構想は、いわゆる「団塊の世代」が後期高齢者となり、その数が急増することが見込まれる2025年を目途として、地域ごとの入院・在宅医療の需要や必要な病床数*1の将来推計を行い、将来の需要に合わせた病床や在宅医療の確保と、病床間の機能分化・連携を進めるための構想である。

この構想のもと、超高齢社会においても必要な医療を受け続けられる社会の実現・維持と、医療保険財政の安定化も見据えたより効果的・効率的な医療提供体制への転換に向けて、全国各地の医療従事者や行政等の関係者が、不断の努力を続けている。

2025年という目標年次は、もう来年に迫っている。策定当時に推計された2025年の医療需要や必要病床数と、実際の医療提供体制や病床数との乖離が大きい場合、「人口が減少する一方で過剰な病床数を抱え続けることで、医療機関の経営状況が悪化し、診療を継続できなくなる」という地域や、逆に「後期高齢者数の増加に伴う病床の不足・逼迫により、入院を必要とする患者が入院できない」という地域が生じる恐れがある。さらに、医療サービスが十分に受けられない社会状況となり、患者や家族だけの手で療養生活を送ることとなれば、就労が困難となる患者・家族の困窮や、自身・家族の傷病リスクを見越した生活防衛を余儀なくされる国民の増加をもたらし、それが日本経済にも悪影響を及ぼすこととなる。

各地域において、地域医療構想の見込み通りに、病床や在宅医療の確保、病床の機能分化が進んでいるかについて、検証を行うべき時期が到来したといえるだろう*2

本稿では、このうち主に「病床・在宅医療等の療養の場の確保」をめぐる論点の提示を行うべく、まず前編では、病床に着目し、その現況を概観する。

後期高齢者数が急増する地域では、病床不足に留意が必要

地域医療構想は、法令上、都道府県が策定する「医療計画」の一部をなすものとして位置づけられている。歴史的経緯を振り返ると、この医療計画は、それまで急増していた病床数や、それに伴う社会的入院(医療的なケアの必要性が低い患者が入院し続けること)の抑制を図る目的で、1985年に導入されたものである。そのため、地域医療構想も、在宅医療や介護によって療養生活を支えつつ、住み慣れた自宅等での生活への移行(在宅移行)を促すことが強調されているが、実際には、社会的入院が多い地域や人口減少が見込まれる地域を念頭に置いた、病床数の抑制・削減策としての向きも強い*3

一方で、首都圏の郊外や沖縄県など、これまで人口構成が若かった地域をとりまく環境は、これとは様相が大きく異なる。当該県の地域医療構想では、2025年までの後期高齢者の増加スピードがきわめて速いために、これに合わせて医療需要も急伸し、「在宅移行を進めたとしても」依然として病床が不足するため、病床数を増やす必要がある、という見通しが示されている。

このような地域では、見通し通りに病床数が増えなかった場合、「病床の不足・逼迫により、入院を必要とする患者が入院できない」という状況に陥ることが懸念される。

埼玉県を例に、現状を確認する

本稿では、後期高齢者数の著しい増加が見込まれる埼玉県を例に、①地域医療構想の見通し通りに病床数が増えているか、②「病床数の不足・逼迫により、入院を必要とする患者が入院できない」という状況が生まれていないかについて、公的な統計データをもとに確認したい。

1. 地域医療構想の見通し通りには病床数は増えていない

埼玉県の地域医療構想では、県内を10地域に区分した二次医療圏ごとに、2025年における必要病床数が推計されている。これに対して、県全体の2022年時点の病床数は、2015年からの7年間で約1,300床増えているが、2025年の必要病床数より約2,800床不足しており、このペースでは、残り3年間で目標に届かない状況といえる。

二次医療圏別にみると、南西部医療圏(朝霞市・富士見市など)では2025年の必要病床数におおむね到達している一方、東部医療圏(越谷市・春日部市など)では、病床数は増えているものの、2025年の必要病床数には、未だ遠い水準にある。

病床は、病院を建設しさえすれば増やせるわけではなく、必要な人員体制を確保する必要がある。生産年齢人口が減るに従い、医療従事者が年々確保しにくくなる中で、急速な病床数の増加を見込みにくい地域も多いと考えられる。


表 地域医療構想における2025年の必要病床数と近年の病床数の変化
図1

2. 一般・療養病床の入院需要は既に急伸期に入っており、さらに2035年頃まで急伸が続く

2020年の性・年齢階級別の入院受療率が今後も続いたと仮定して、将来推計人口とかけ合わせる方法によって、近年から将来にかけての一般・療養病床の入院者数を単純推計すると、埼玉県では、秩父医療圏を除いて、一般・療養病床への入院需要が、既に急伸期に入っていると考えられる。

また、入院患者の在宅移行が進展しない限り、この傾向は、さらに2035年頃まで続くものと予想される。


図 2020年の性・年齢階級別の入院受療率が不変と仮定した場合の一般・療養病床の入院者数(2020年=100)
図2

2020年患者調査による埼玉県の一般病床・療養病床の性・年齢階級別の入院受療率に、「国勢調査に関する不詳補完結果」及び国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5(2023)年推計)」の人口を乗じて算出。

3. 病床数の不足や逼迫の問題は、現時点では顕在化していない

上述のように、埼玉県では、既に一般・療養病床への入院需要が急伸するフェーズに入っている一方、需要の急伸に見合うほどには、病床数は増えていないと考えられる。それでは、「病床の不足・逼迫により、入院を必要とする患者が入院できない」というような状況は、現に生じているのだろうか。

公表済みのデータで見る限り、(新型コロナウイルス感染症の蔓延に伴う入院先の確保困難を除けば)現時点においては、このような事態は、顕在化していないようである。

たとえば、病院の病床利用率の推移をみると、埼玉県の病床利用率は、全国平均とほぼ同水準で推移しており、県外に比べて、特異的に病床が逼迫しているという状況は読み取れない。また、これを二次医療圏別に見ても、病床が増えた南西部医療圏よりも、病床があまり増えていない東部医療圏の方が、むしろ病床利用率が低い状態で推移しているなど、「病床が増えていない地域ほど病床が逼迫している」という傾向も見い出しがたい。


図 病院の病床利用率の推移(全国・埼玉県・埼玉県内の一部医療圏)
図3

【出典】病院報告

次に、患者側の状況に視点を移してみると、埼玉県における2020年の一般・療養病床の入院受療率は、2017年と比べて、高齢者を中心に低下した。しかしこれは、2020年に、新型コロナウイルス感染症の蔓延に備えた空き病床を確保しておく必要が生じたという、一時的な背景によるところが大きいであろう。

むしろ埼玉県では、全世代的な入院受療率の低下がコロナ禍の前から生じていた全国平均に比べ、低下の幅が小さかったといえる。この点からも、埼玉県において、「後期高齢者数の急増に伴い医療需要が急伸することで、病床が不足・逼迫し、入院を必要とする患者が入院できなくなる」というような危機的な状況は、現時点では顕在化していないと考えられる。


図 人口10万人当たり入院受療率の変化(一般病床+療養病床)
図4

【出典】患者調査

まとめ 埼玉県では、今後病床の不足・逼迫が顕在化する可能性がある

前編では、後期高齢者数の急増が見込まれる地域の例として埼玉県を取り上げ、①地域医療構想が示す必要病床数に合わせた病床の増加は実現が困難な状況にある一方、②「病床が不足・逼迫し、入院を必要とする患者が入院できなくなる」という危機的な状況は、現時点では顕在化していないと考えられることを述べた。

一方で埼玉県では、地域医療構想の目標年次である2025年以降も、後期高齢者の急増は続くことから、入院医療の需要が伸び続けることが予想される。そのため、今後、病床数の不足や逼迫という危機的な状況が、いよいよ顕在化する可能性がある。

後編では、引き続き医療需要の急伸が見込まれる埼玉県を取り上げ、入院以外の療養の場を提供することが期待される在宅医療の、現況や見通しについて概観する。さらに、2040年に向けて、地域に必要な医療が提供され続けるために求められる取組の方向性について、論じることとしたい。

  1. *1地域医療構想では、一般病床・療養病床・精神病床・結核病床・感染症病床のうち、一般病床と療養病床のみを対象としている。これに合わせ、本稿では、一般病床と療養病床のみを指して、「病床」と呼ぶこととする。
  2. *2厚生労働省が設置した「地域医療構想及び医師確保計画に関するWG」では、全国的にみれば、現況の病床数と2025年に必要な病床数との乖離は、縮小している区域が多いと報告されている。一方で、「構想区域によっては、依然として必要量との大きい乖離が残っている区域があるため、必要量との乖離の状況について、構想区域ごとに確認・分析を進めていく必要がある」とも指摘されている。
  3. *3厚生労働省では、実際に、病院の統合や病床の削減を対象とした財政支援を行っている。

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