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サステナの落とし穴(5)

非財務情報開示に見る統合的アプローチ

2024年3月15日 サスティナビリティコンサルティング第2部 岩下 果林

本連載では、サステナビリティに関する領域間の関係性を明らかにし、統合的にアプローチすることの重要性や領域間のトレードオフの事例について紹介してきた。第5回では、企業の非財務情報開示で進展する統合的アプローチの動きを紹介する。

企業の非財務情報開示が大きく進展した契機として、まずは2017年に登場したTCFD提言に触れておきたい。TCFD提言は、従来任意開示の中で取り扱われてきた気候変動関連情報に、企業財務・事業影響の観点を織り込み経営課題として位置づけたことで、その重要性を一挙に引き上げ、法定開示への道を切り拓いた。これにより、企業の非財務情報開示が劇的に進展したことは論をまたない。

このようなTCFDの成功と近年の生物多様性の損失等の自然資本に関する危機意識を踏まえ、自然分野を対象とする開示フレームワークであるTNFD提言が2023年9月に登場した。TNFD提言では、TCFD提言で提示された4つの開示要素(ガバナンス、戦略、リスクマネジメント*1、指標・目標)と開示推奨項目*2が踏襲された。これはTNFDがほかのサステナビリティ領域、特に気候変動との統合的開示を志向していること、また、すでに開示フレームとして浸透しているTCFDを踏襲することで、企業が使い慣れた言語、構造、アプローチを採用し、より早期の普及を狙ったためである。

早晩、TCFDとTNFDの統合開示が企業に求められるようになることはいうまでもない。そこで、以降ではTCFDとTNFDの統合開示に向けた当座の対応と長期的展望の2つの観点から私見を述べたい。

企業が取り得る当座の開示パターンは、大きく3つ考えられる。(1)TCFD・TNFDを個別に開示する「個別開示」、(2)TCFD開示をベースに部分的に自然分野の情報を含める「部分的統合開示」、(3)気候・自然の内容を区別なく、4つの開示要素・開示推奨項目に沿って開示する「統合開示」である。(1)は、気候と自然でそれぞれ開示を行うため、自然分野においても開示推奨項目が一定程度充足していないと、気候との比較の中で、取り組みの遅れを悪目立ちさせてしまう可能性がある。自然分野の取り組みが一定程度進展している企業向けの難易度の高い開示といえる。加えて、そもそも各環境領域のトレードオフや相乗効果を踏まえ、統合的なマネジメントを目指すアプローチに対して、実態がどうであれ相反する印象を与えてしまう可能性がある。

それでは、(3)のパターンで開示ができるかというと、自然分野の取り組みを開始した初期段階においては実態が追い付かず、統合開示は難しいであろう。企業のTNFD対応とそれに基づく情報開示は、TCFD開示の進展プロセスと同様に、部分的着手から段階的に拡張していくことが予想される。また、日本企業の多くが既にTCFD開示を行っている点を考慮すると、開示パターン(2)を採用することが現実的であろう。

では、TNFDの4つの開示要素のうち、どこから自然分野の開示に取り組むべきであろうか。筆者は「戦略」「リスクとインパクトの管理*1」から着手すべきと考える。

自然分野のリスク・機会を経営課題として捉え、対応検討や予算・人員のリソース配分などを行ううえで「ガバナンス」の重要性はいうまでもない。このことは、TNFDが2023年7月~8月にかけて実施したグローバル調査結果*3からも明らかである。しかしながら、企業のTCFD対応を数年来支援してきた立場からは、ガバナンスから着手することの難しさを認識している。

これから企業内部で起こることは、まずは自然への依存・影響の把握とそれに起因するリスク・機会の分析・理解である。その内容、リスク・機会の大きさに応じて、構築すべきガバナンスの在り方も変わってくる。自然分野における依存・影響、リスク・機会が明らかになっていない段階で、ガバナンスの構築に着手することは困難であろう。このため、開示初期においては、TCFD開示の「戦略」「リスクマネジメント」のパートに、部分的に自然に関する依存・影響・リスク・機会の分析内容を溶け込ませた開示パターン(2)が多くなると予想している。自社事業と自然の関係性理解が一定程度進んだ後に、ガバナンスの体制構築が可能となり、開示パターン(3)の統合開示へと進んでいくことになろう。

最後に、TCFD・TNFDの統合開示が進展した際の長期的展望も述べておきたい。統合報告の開示フレームでは、企業の価値創造に欠かせない資本の1つとして「自然資本」を挙げている。従来、それぞれの資本をどのようにマネジメントし、リスク低減と価値創造につなげるかという資本別の詳細な情報開示は必ずしもされてこなかった。今後、TNFD提言の普及により、環境領域の統合開示と情報の蓄積が図られることで、自然資本については、より詳細なマネジメント状況の開示が可能になろう。自社の価値創造にとって重要な自然資本をどのようにマネジメントし価値創造につなげていくか、包括的かつ詳細な「自然資本報告」である。

企業は、まずは開示側面から各環境領域への統合的アプローチを試行し、取り組みそのものの深化につなげていくことが重要である。自然資本を皮切りに、資本ごとの情報開示が深化し、非財務情報開示全体の底上げと取り組みの発展につながっていくと推察する。

  1. *1TCFD提言で提示された「リスクマネジメント」は、TNFD提言では「リスクとインパクトの管理」として提示されている
  2. *2TCFD提言で提示された11の開示推奨項目を踏襲する14の開示項目
  3. *3TNFDが市場参加者(報告書作成者)を対象に行った調査では、企業が最初にアプローチするTNFD提言の開示要素として、「ガバナンス」を挙げた企業の割合が最も多かった

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