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年収の壁と「厚生年金ハーフ」の重要性

  • *本稿は、『週刊東洋経済』 2023年5月27日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員 藤森 克彦

人材確保が困難になる中、「年収の壁」が話題になっている。主婦パートなど短時間労働者の収入が一定額を超えると、社会保険料が発生して手取り収入が減少する。これを避けるため、就業調整が起きているという。

目下、指摘されている「壁」の1つは、年収106万円の被用者保険適用基準だ。例えば、従業員101人以上の企業で、週20時間以上働く主婦パートの年収が106万円を超えると厚生年金が適用される。そのため国民年金第3号被保険者として保険料を拠出してこなかった主婦パートには、厚生年金保険料の負担が生じる。これが「働き損」になるという。

しかし、保険料拠出による手取りの減少を「働き損」というのは誤りだ。厚生年金に加入すれば、給付が上乗せされ、高齢期の防貧機能が高まる。最近の調査では、こうした点を知らずに就業調整する人が多いという。そうであれば、まずは年金広報の強化が必要だ。

もう1つの「壁」の指摘は、年収130万円の被扶養者認定基準である。従業員100人以下の企業で働く短時間労働者には厚生年金が適用されないが、主婦パートの年収が130万円を超えると、夫の社会保険の扶養対象から外れる。そして、主婦パートの週労働時間が30時間未満のままであれば、自営業者などが加入する国民年金に入るが、保険料負担による給付の充実はほとんどない。

しかし、週30時間未満の短時間労働者にも厚生年金を適用すれば、この課題は解決する。具体的には、厚生年金を適用する企業の範囲を広げればよい。実際、適用対象となる企業の規模は、2024年10月から「従業員51人以上」に広がる。また、この企業規模要件は、法律上「当分の間」の経過措置なので、今後、同要件の撤廃が重要になる。

ところで、政府は人手不足に悩む企業の訴えを受けて、手取り減少に対して補助金の投入を検討しているもようだ。しかし、補助金投入は、給付増を受ける主婦パートへの優遇となり、不公平である。

そうした中、慶応大学の権丈善一教授は、週20~30時間の短時間労働者を対象にして、①厚生年金保険料は事業主負担のみで、給付は厚生年金の半分になる「厚生年金ハーフ」と、②通常どおり、労使で保険料を拠出し、フルの給付を受ける「厚生年金フル」から選択できる仕組みを提唱した。

厚生年金ハーフを選択すれば、本人の保険料負担は生じないので、就業調整は起こらない。また、給付は半額なので、公平性も担保できる。何より人々は、選択制を通じて、保険料を拠出しなければ、高齢期の貧困リスクが高まることを認識する。この提案の重要な意義である。

厚生年金ハーフは、元々、厚生年金が適用されない週20時間未満の労働者向けに考えられてきた。現行制度では、週20時間未満労働には厚生年金の事業主負担が生じない。このため、事業主が短時間労働者をより多く雇う誘因となっている。その結果、非正規労働者が増え、貧困や格差拡大がもたらされた。厚生年金ハーフには、こうした課題の是正も期待できる。

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