
*本稿は、『週刊東洋経済』 2023年1月28日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。
厚生労働省によれば、2022年1~10月の出生数は、前年同期比で4.8%減となった。この傾向が続けば、年間出生数は初めて80万人を割る見通しだ。
このような中、岸田文雄首相は、年頭記者会見で「異次元の少子化対策に挑戦する」と語った。具体的には、①児童手当などの強化、②幼児教育や保育サービスの強化、③働き方改革の推進と育児休業制度などの充実、を挙げている。
筆者は、少子化の重要な背景として、いまだ根強い「男性稼ぎ主モデル」によってワーク・ライフ・バランスの実現が困難なことがあると考える。男性稼ぎ主モデルとは、夫が正規労働者として長時間労働や転勤を受け入れて生計を維持し、妻は専業主婦やパートとして家事・育児を担うというものだ。
確かに、00年代以降、育児休業や短時間勤務などの育児を支援する諸制度が充実してきた。そのかいもあって、女性の就業率が出産・育児期に低下し、子育てが一段落すると再上昇する「M字カーブ」は、ほぼ解消しつつある。
しかし、出産・育児期以降の女性の就業形態は非正規労働が中心である。具体的には、年齢階層別に女性人口に占める正規労働者の比率を見ると、20歳代後半の5割強をピークに年齢上昇に伴って低下する「へ」の字型である。「へ」の字は回転するとアルファベットの「L」に近似するので、岸田首相は年頭記者会見で「L字カーブの是正が不可欠」と指摘した。
L字カーブの背景には、長時間労働をいとわない「男性稼ぎ主」の働き方が、正規労働者の「標準」になっていることがある。これでは、育児を抱える人が、正規労働者として再就職や就業継続をすることが難しい。ちなみに、週49時間以上働く男性就業者の比率(19年)を見ると、米国21%、英国16%、フランス14%、ドイツ11%、スウェーデン9%なのに対して、日本は26%と高い。
この点、ワーク・ライフ・バランスが進む欧州では、それを実現できる程度に労働時間が規制されている。労働者本人の同意に基づく適用除外はあるが、規制が一般労働者の労働時間の「標準」となる。そのうえで、育児を抱える人のために育児休業などの特別措置が整備されているという(濱口桂一郎『働く女子の運命』など参照)。
日本では19年に法律で残業時間に上限が設けられたが、その水準は過労死しないレベルにとどまる。今後、ワーク・ライフ・バランスを実現できる程度まで段階的に上限を引き下げて、働き方の「標準」を変えることを検討してはどうか。
働き方の「標準」を変更すれば、男性の主体的な育児参加が今より進むだろう。昨年10月に「産後パパ育休」が始まったが、長時間労働が常態化した職場では、男性の育休取得や日常的な育児は難しい。
人々の意識を見ても、仕事と育児をともに担うことを望む人が男女ともに増えている。また、生産年齢人口が減少する中で労働力を維持するには、さまざまな事情を抱えて時間に制約のある人でも労働市場に参加して活躍できる環境整備が重要になる。男性稼ぎ主モデルの変更が、「異次元の少子化対策」になるだろう。
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