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社会動向レポート

化学物質による労働者のリスク低減を目指して(2/3)

環境エネルギー第2部 チーフコンサルタント 貴志 孝洋

3.労働者への安全教育のポイント

前述のとおり、これまで労働者自身が取り扱う化学物質の危険有害性の理解が不十分であったことが原因で、災害に至る事例が多く発生している。

その要因の一つとして、労働者自身が作業方法(know-how)しか教育されていないことが挙げられる。取り扱う化学物質の危険有害性を知らずに作業を行うことによって、危険に対する感受性が低く、知らず知らずのうちに危険な行動をとってしまい、薬傷や中毒、火災などの災害事例が多く発生している。

(1)know-why、know-whatを意識

危険に対する感受性を向上させ、危険な行動を防止するためには、know-howだけではなく、「なぜこのようなルールになっているのか」、「なぜこの保護具を着用しないといけないのか」などといった、理由(know-why)までを含めて教育することが重要である。さらに、「もしルールを破ればどんなことが起こるのか」、「もし保護具を着用しなければどんな悪影響が自身に起こるのか」など何が起こるのか(know-what)までを教育すると効果的である。

know-how、know-why、know-whatを三位一体で労働者に教育を行うことで、取り扱う化学物質の危険有害性に対する理解と危険に対する感受性が向上し、危険な行動を防止できると考えられる。

(2)災害事例の効果的な活用

災害事例は、ルールの不順守などにより本来あるべき姿から逸脱した際に発生することが多い。つまり、「なぜ災害に至ったのか」、「どうすれば災害を防ぐことができたのか」などを学習するにあたり、災害事例は非常に優れたコンテンツであるとも考えられる。

過去に発生した化学物質に起因する災害事例には、多くの教訓が含まれていることから、化学物質を取り扱う多くの事業場で使用されている安全教育資料には災害事例が記載されていることが多いとされている。しかしながら、事例の紹介程度にとどまっている場合が多く、十分に活用されていない状況にある。

災害事例を効果的に活用するためには、一方的に教育担当者が「なぜ災害に至ったのか」、「どうすれば災害を防ぐことができたのか」を示すのではなく、労働者同士でディスカッションし、教育担当者と意見交換をすることが重要となる。災害事例を活用した安全教育の流れを図表6に示す。

まず、教育担当者は災害事例の「概要」のみ労働者に示し、「なぜ災害に至ったのか(どこに問題があったのか)」を労働者に問いかけ、労働者同士でディスカッションする時間を設ける(STEP1)。その後、教育担当者自身の考えを示しつつ、労働者と意見交換する(STEP2)ことで、労働者自身が「どのような行動が危険であるか」などを身に着けることにつながる。

次に、それを踏まえ、「どうすれば災害を防ぐことができたのか(災害を防ぐ方法)」を同様に労働者に問いかけ、労働者同士でディスカッションする時間を設ける(STEP3)。その後、教育担当者自身の考えを示しつつ、労働者と意見交換する(STEP4)ことで、労働者自身が「ルールや作業場で導入されている対策がどのような意味を持っているか」などについて学ぶことにつながる。

このように、労働者自身で災害事例を分析し、意見交換することが、安全に対する意識と知識の効果的な学習につながると考えられる。


図表6 災害事例を活用した安全教育の流れ

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【STEP1】
(教育担当者)災害事例の概要の提示。労働者に対し災害に至った理由の問いかけ。(労働者)災害に至った理由について労働者同士でグループディスカッション。
【STEP2】
(教育担当者)教育担当者自身の考えを提示。労働者と意見交換。
【STEP3】
(教育担当者)意見交換を踏まえ、労働者に対し災害を防ぐ方法の問いかけ。
(労働者)同様に、災害を防ぐ方法について労働者同士でグループディスカッション。
【STEP4】検討したリスク低減措置の実施
(教育担当者)教育担当者自身の考えを提示。労働者と意見交換。
  1. (資料)みずほ情報総研作成

(3)ヒヤリハット事例の積極的な活用

災害には至らなかったものの、一歩間違えれば災害となりうる「ヒヤリハット事例」も、災害事例同様非常に優れたコンテンツであると考えられる。しかしながら、労働者の中には、報告することにより「自身の評価が下がるのではないか」、「叱られるのではないか」などの理由で報告を躊躇することがある。ヒヤリハット事例は、まさにその現場において、労働者本人や管理者を含め、誰も気づいていなかった危険な箇所やリスクが高まっている状況などを洗い出す重要な効果もあるため、災害事例同様積極的に活用することで、リスク低減につながっていくものと考えられる。

そのため、教育担当者や事業場の責任者などは、ヒヤリハットを報告しやすい職場づくりと、ヒヤリハット事例の蓄積が重要である。

(4)短時間教育の繰り返し

安全に対する意識は時間とともに希薄になり、危険に対する感受性が鈍くなる傾向にある。また、長時間に及ぶ座学の場合、集中力が途切れてしまい十分な効果が出ないおそれもある。そのため、より効果的な安全教育を行うため、短時間(10~20分程度で可)の教育を繰り返し実施する(週に1回程度など)ことで、安全に対する意識などの継続につながる。しかしながら、毎回同じ内容の教育を行うと、慣れや飽きにより安全に対する意識が逆に希薄になるため、毎回異なる災害事例やヒヤリハット事例などを用いることで、慣れや飽きを防ぐことが可能となる。

(5)災害事例の収集

災害事例は様々なウェブページにてデータベースが公開されており、多くの場合は原因分析が行われている。安全教育で災害事例を活用する場合、図表7に示すデータベースを活用することで効率的に災害事例を収集することが可能となる。また、現場で実際に発生した事例がある場合は、災害に至った経緯や状況、その後実施された対策やその理由などを具体的に説明できるため、積極的な活用が推奨される。


図表7 主な災害事例データベース
図表7

  1. (資料)みずほ情報総研作成

4.情報伝達のポイント

適切な化学物質管理のため、危険有害性情報やリスクに関する情報を適切に労働者まで伝達することが重要となる。これらの情報が、どこかで断絶することで労働者がリスクを正確に把握できずに危険な行動につながり、災害に至った事例も多く報告されている。つまり、化学物質の危険有害性を知り、リスクを把握・管理し、更なる情報を継続的に入手することで、適切な化学物質管理につながると考えられる(図表8)。


図表8 適切な化学物質管理へのフロー
図表8

  1. (資料)みずほ情報総研作成

(1)化学物質の危険有害性を知る

SDS(安全対策シート)やラベルなどは、危険有害性情報を伝達するための手段として最も用いられている。特にSDSは、危険有害性情報のほか物理化学的特性や取扱い上の注意点や緊急時の対応方法など、安全な作業において重要な内容が記載されている。そのため事業者は、入手したSDSを確実に労働者と共有し、どのような危険有害性があるか、どのように取り扱う必要があるか、緊急時はどのように対応するべきかなどを把握させるように心がけることが重要である。

なお、SDSには一部に(M)SDSやMSDSなどと記載されている場合があるが、JIS Z 7253において2012年に用語がMSDSからSDSに変更、統一されているため、そのようなSDSがある場合、内容が古くなっているおそれがあるため購入元などに最新版の提供を依頼することが望ましい。

(2)リスクを把握・管理する

入手した危険有害性情報などを踏まえ、特にSDS交付義務対象物質の場合、事業者はリスクアセスメントを実施し、リスクを明確にし、作業場の改善やリスク低減対策を実施することが求められる。そして事業者は、どのようなリスクがあるのか、そのリスクを低くするためどのような対策を講じているのかなどを確実に労働者と共有するように心がけることが重要である。労働者も、そのような情報を踏まえ、自身が行う作業に潜むリスクを把握し、安全な取り扱いを心がける必要がある。

(3)更なる情報を入手する

最新のSDSなどを用いて危険有害性情報を入手したとしても、毒性データなどは日々研究が行われており、新たな知見が公表され、情報が更新されていく。そのため、常に新たな知見が公表されていないかを調査し続けることが望ましい。

新たな危険有害性情報などを入手した場合は、改めてリスクアセスメントを実施し、情報を労働者と共有するなど、図表8に示すフローを繰り返すことで、より一層適切に化学物質を管理することが可能となり、リスク低減につながっていくものと考えられる。

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