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社会動向レポート

中長期的な自動車関係諸税の見直しに向けて

我が国における自動車の外部性を考慮した走行距離課税の検討(2/4)

環境エネルギー第1部 チーフコンサルタント 川村 淳貴

2.自動車の外部性と課税方式に関する国内外の学術的知見

まずは、自動車の外部性に関する国内の文献から、自動車の主な外部性を洗い出す。次に、国際機関による最新の報告書から、幅広い外部性を考慮できる課税方式として、走行距離課税が効果的であることを示す。

(1)国内における自動車の外部性に係る検討

国内における自動車の外部性については、古くは1974年に出版された宇沢弘文氏の著書『自動車の社会的費用』で先駆的に取り上げられている。詳しい内容は割愛するが、自動車の利用者が負担すべき一台当たり社会的費用は約1,200万円にのぼると試算し(8)、当時多くの議論を呼んだ。その後も、自動車利用に対する最適な費用負担の水準を外部性の観点から分析した研究が行われている。

2000年以降では、兒山・岸本(2001)(9)や金本(2007)(10)を中心に、日本全国の乗用車、バス、貨物車等の車種毎の外部費用を推定し、それらを内部化するための走行距離当たり費用を試算している。主な外部性としては、兒山・岸本(2001)では、道路損傷、大気汚染、騒音、事故、混雑、気候変動を、金本(2007)では、道路損傷、大気汚染、原油依存、事故、混雑、気候変動をそれぞれ取り上げている。さらに、金本(2007)では、自動車の外部性に係る理想的な課税方式として、燃料税や走行距離課税を触れつつ、次のように言及している。

  1. [1]地球温暖化及び原油依存に関する費用について、燃料税を課税する。(中略)これから地球温暖化問題がより深刻になっていくと、さらに上昇していく。他方、温室効果ガスの排出が少ない燃料タイプについては、燃料税を軽課する必要がある。
  2. [2]混雑、事故等の費用に対しては、走行距離課税が望ましい。(中略)混雑費用は混雑の程度によって大きく変動するので、混雑度に応じた混雑料金を導入することが望ましい。
  3. [3]保有によって発生する外部費用はほとんどないので、保有税と取得税を廃止し、走行料金に移行することが望ましい。
  4. [4]道路損傷費用は車軸重量の大きい大型車以外については無視できるので、現行の自動車重量税を廃止して、大型車に対する走行距離課税に移行することが望ましい。

(2) 国際機関の整理からみる走行距離課税の優位性

海外に目を向けると、国際エネルギー機関(IEA)や経済協力開発機構(OECD)が、2019年に外部性の観点で車体課税、燃料課税、走行距離課税の課税方式について比較検討を行った報告書をそれぞれ公表している。

IEA(2019)(11)では、車体課税、燃料課税、走行距離課税の効果について、税収安定性、気候変動や大気汚染、道路損傷によるコストの内部化、導入容易性の観点で整理している(図表4)。走行距離課税は場所に応じて税率を変えることができるため、大気汚染や道路損傷、渋滞による外部性に対し、より効果的であるとしている。

同じく2019年にOECD の税制・環境ユニット長であるKurt Van Dender博士が執筆したワーキングペーパー(12)では、自動車による各外部性に対応する発生要因と最適な課税方法を整理している(図表5)。例えば、CO2排出による外部性に対しては、CO2排出の発生要因となる「燃料の使用」や「燃料の種類」に応じて課税することが有効であり、燃料課税やCO2排出量に応じた車体課税が適切であるとしている。また、大気汚染による外部性に対しては「燃料の種類」「車種の種類」「場所」が、騒音による外部性に対しては「車両の種類」「場所」が、渋滞による外部性に対しては「場所」「時間」が、道路損傷に対しては「車種」「道路の種類」に応じた課税がそれぞれ効果的であり、それらの発生要因を適切に捕捉する課税方式の多くは走行距離課税であることが示されている。

図表4 自動車関係諸税の効果の整理(IEA, 2019)
図表4

  1. (注1)自動車の燃料消費量と排出ガスを削減するための政策で、燃費の悪い車には課徴金を課し、燃費の良い車には税額を減免するスキームを指す。
  2. (注2)高速自動車国道や一般国道、私道など道路の種類による類型を指す。
  3. (資料)IEA(2019)「Global EV Outlook 2019」Table5.5. に基づきみずほ情報総研作成

図表5 各外部性に対応する課税標準と最適な税制の関係
図表5

  1. (資料)Van Dender, K. (2019)「Taxing vehicles, fuels, and road use Opportunities for improving transport tax practice」Figure 2. に基づきみずほ情報総研作成

3.欧州における外部性を考慮した走行距離課税の動向

これまでの議論から、幅広い外部性に対処できる課税方式として走行距離課税が適切であることが確認できる。既に欧州諸国の一部、米国の一部の州、ニュージーランドを中心に、走行距離課税の導入又は実証実験が進められているが、自動車の外部性を考慮した走行距離課税の検討は特に欧州で先行している。そこで、欧州におけるユーロビニエット指令と欧州各国の導入状況、外部機関によるユーロビニエット指令の評価について整理する。

(1)ユーロビニエット指令と欧州各国の導入状況

欧州で外部費用を考慮した走行距離課税が推進される背景の一つに「ユーロビニエット指令」がある。ユーロビニエット指令は、欧州各国での自動車関係諸税の違いが、国間を移動する輸送事業者の競争性を阻害しているとして、これらを是正することを目的に、自動車関係諸税の枠組みの設定し、高速道路を利用する大型貨物車に利用時間に応じた課金又は走行距離に応じた課金を認める指令として1993年に制定された(13)

その後、1999年には「利用者負担原則」と「汚染者負担原則」を明確化し、道路損傷に対する課金の考え方を規定する指令(Directive 1999/62/EC)が制定され、2006年には対象車両を車両総重量12トン以上から3.5トン以上に拡大する改正指令(Directive 2006/38/EC)が制定された。2011年には、「汚染者負担原則」の強化として税率の算定根拠に大気汚染と騒音に係る外部費用の上乗せを可能とする改正指令(Directive2011/76/EU)が制定され、現行の指令となっている。

直近では、Directive 2011/76/EUの改正案(COM/2017/275)が2017年5月に提出され、議論が続けられている(2020年4月末時点)。本改正案では、定期的に渋滞が発生する区間や時間帯、曜日、季節に応じた混雑課金に加え、小型車(乗用車、バン、ミニバス)にCO2排出量や大気汚染物質の排出量に応じた課金が推奨されており、対象車種の拡大や考慮する外部性の拡大が見込まれている。

実際に、欧州各国ではユーロビニエット指令に基づき、貨物車やバスに対する走行距離課税の導入を進めている。図表6に、2020年1月時点に走行距離課税を導入している国々の制度概要を整理した。いずれの国でも車両の重量や積載量に応じた道路損傷の費用負担だけでなく、欧州排ガス規制に応じた大気汚染による外部性の内部化を進めている。また、オーストリア及びチェコでは時間帯に応じた混雑による外部性、ドイツでは騒音による外部性の内部化を進め、多くの国では対象道路に応じて税率を変えることで、道路損傷の費用負担の精緻化を試みている。

他方で、走行距離課税の導入に失敗した国もある。例えばオランダでは、2009年に取得段階の課税と保有段階の課税を撤廃して走行距離課税に一本化する法案が議会に提出され、2012年より乗用車を含めた全車両に段階的に導入する予定であったが、2010年の内閣総辞職・総選挙に伴い法案が事実上凍結され、2011年に法案が撤回されている。これは、一部メディアによって、走行データの取得によるプライバシーの侵害や複雑な仕組みによる税負担の増加を報じられたことが撤回の一つの要因とされている(14)。但し、2019年9月のインフラ・水管理省による公表資料(15)によれば、2023年に車両総重量3.5トン以上の貨物車に走行距離課税を導入することが目指されており、議論は継続している模様である。

このように欧州では加盟国によって導入の進度が異なるものの、着実に走行距離課税の導入が広がっており、対象車種や考慮する外部性の拡張が進められている。

図表6 欧州における走行距離課金の導入状況(2020年1月時点)
図表6

  1. (資料)みずほ情報総研作成

(2)ユーロビニエット指令に対する評価

2006年に改正指令として制定したDirective2006/38/ECでは、対象車両の拡大に併せて、欧州委員会に対し外部費用を評価するための汎用的かつ適用可能で透明性のある包括的なモデルの提示を求めた。これに従い、2008年に外部費用の算定ハンドブック(Handbook with estimatesof external costs in the transport sector)の初版が公表され、2014年には第2版、2019年には欧州委員会からの委託を受けてオランダの調査コンサルティング会社であるCE Delft社が執筆した第3版として、European Commission(2019)(16)が公表されている。

CE Delft社のプロジェクトでは、外部費用の算定手法の見直しだけでなく、自動車・鉄道・船舶・航空を含むあらゆる輸送モードに課される税金及び料金の総収入額を調査しており、算出された外部費用と現行税制の総収入額を比較して、外部費用をどの程度内部化しているかも分析している。また、算定対象とする外部性は、道路損傷、大気汚染、騒音、事故、混雑、気候変動に加え、燃料の精製から車両への燃料の輸送にかけて排出されるCO2排出量や大気汚染物質等による外部性を指すWtT効率を含めて評価している。

CE Delft社が試算した欧州28カ国全体での車種別(乗用車、バス、小型商用車、重量貨物車)の輸送量当たり外部費用と総収入を図表7に示す。ここでは、乗用車及びバスは人キロ当たり費用、小型商用車は台キロ当たり費用、重量貨物車はトンキロ当たり費用で算出されている。いずれの車種も、総収入は外部費用の総額を下回っており、現行の税制及び料金体系では外部費用を全て内部化するほどの水準に達していないことが示されている。なお、図表中に赤字で括弧書きした数値は、現行税制の総収入額に対する外部費用総額の割合を示し、この値が100%以下であれば、全ての外部費用が内部化されているとみなすことができる。

図表7 輸送量当たり外部費用と総収入の比較(欧州28カ国平均)
図表7

  1. (注1)赤字で括弧書きした数値は、現行税制の総収入額に対する外部費用総額の割合を示し、この値が100%以下であれば、全ての外部費用が内部化されているとみなすことができる。
  2. (資料)European Commission(2019)「Assessment of the State of play of Internalisation in the European Transport Sector」における公表データ(Annex D Final_total_avg_Cross Modal Comparisons.xlsx)に基づきみずほ情報総研作成
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