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社会動向レポート

中長期的な自動車関係諸税の見直しに向けて

我が国における自動車の外部性を考慮した走行距離課税の検討(3/4)

環境エネルギー第1部 チーフコンサルタント 川村 淳貴

4.走行距離課税の税収試算ツールの構築と分析

ここからは、我が国における走行距離課税の検討に役立てるため、任意の税率に応じて車種別・都道府県別等に税収額を試算するツールを紹介する。実際の制度設計の議論では、ユーザーや運送業者への税負担や社会受容性の観点から、現行の自動車関係諸税と税収中立的な税率の設定が求められる。ここでは、欧州の税率の設定方法を参考にしながら、[1] 欧州で求められる外部費用を内部化する税率水準、[2] 日本の自動車関係諸税の総税収額と中立する税率水準とする2つの税率シナリオを設定し、試行的な分析結果を提示する。

(1)税収試算ツールの構築

図表8に示したように、本ツールでは、各外部性の走行距離当たり税率、大気汚染や騒音の強度に紐づく人口密度の区分、混雑の強度に紐づく混雑度の区分を任意に設定することができる。また、ツール内には、所与として走行距離や人口密度等のデータが格納され、走行距離や税収額を算定するモジュールが組み込まれており、異なる入力値を与えた場合のシナリオ毎に、外部性別・車種別・都道府県別の税収額が出力値として算出される仕組みとなっている。

本ツールで扱う外部性は、図表5で示したVanDender, K.(2019)で整理されている道路損傷、大気汚染、騒音、混雑、気候変動の5種類とする。また、3章で取り上げたCE Delft 社の最新の外部費用算定ハンドブック(17)及び主要な統計データとして用いる国土交通省の平成27年度一般交通量調査のデータ構造を参考に、各外部性の税率に影響を及ぼす10の税率区分を設定した(図表9)。

全ての外部性に共通する「車種」は、軽乗用車、小型乗用車、普通乗用車、バス、軽貨物車、小型貨物車、普通貨物車、特種車の8種類とする。道路損傷では、走行する道路に応じて維持・修繕費等が異なるため、道路種別に税率を設定可能とした。「道路種」は、一般交通量調査の区分に基づき、高速自動車国道、都市高速道路、一般国道、主要地方道(都道府県道)、主要地方道(指定市市道)、一般都道府県道、指定市の一般市道の7区分とする。大気汚染では、自動車から排出される大気汚染物質の曝露度合いは、人口密度の高い地域ほど大きいため、各道路が整備される市区町村の「人口密度」を区分として税率を設定する。なお、その区分もツール上で変更可能とした。騒音では、騒音の曝露度合いは人口密度の高い地域ほど影響が大きく、時間帯によっても影響が異なることから、昼・夜の2パターンで税率を設定する。混雑では、各道路区間の「混雑度」を区分として税率を設定する。なお、混雑度は一般交通量調査の値を参照し、その区分もツール上で変更可能とした。気候変動では、簡便な形として車種毎に税率を設定可能とした。

ツールの入力値・モジュール・出力値までのフロー図を図表10に示す。走行距離算定モジュールでは、まずは自動車燃料消費量調査より、年間走行距離の実績値を都道府県別かつ車種別に整備する。次に、全国における約10万の道路区間の交通量や区間延長等を整理する一般交通量調査を用いて、都道府県別から道路区間別の年間走行距離に按分する指標や昼間と夜間の年間走行距離に按分する指標を作成し、車種別・道路区間別・昼夜別の年間走行距離を推計する。そして、一般交通量調査で各道路区間に割り付けられる道路種、市区町村コード、混雑度を紐づけ、市区町村コードと国勢調査の市区町村別人口密度を対応させることで、車種別・道路区間別・昼夜別・道路種別・人口密度別・混雑度別の年間走行距離を推計する。税収額算定モジュールでは、入力値として設定する各外部性の走行距離当たり税率に走行距離算定モジュールで算定した年間走行距離を乗じて、外部性別・車種別・都道府県別の税収額に集約する。

なお、一般交通量調査の結果は5年置きに公表され、直近では平成27年度の調査結果であるため、自動車燃料消費量調査及び国勢調査も平成27年度の結果で統一した。従って、本ツールで得られる分析結果は、平成27年度の道路交通状況に、事後的に走行距離課税を課した場合の推計値であることに留意されたい。また、本ツールに係わるその他の詳細については筆者まで問合せいただきたい。

図表8 本ツールにおける入力値・出力値
図表8

  1. (資料)みずほ情報総研作成

図表9 本ツールにおける各外部性の税率区分
図表9

  1. (資料)みずほ情報総研作成

図表10 ツールにおける入力値・モジュール・出力値までのフロー図
図表10

  1. (資料)みずほ情報総研作成

(2)税率シナリオの設定

本ツールに与えるシナリオとして、ここでは、欧州で求められる外部費用を内部化する税率水準を与えた“欧州シナリオ”と、日本の自動車関係諸税の総税収額と中立する税率水準である“税収中立シナリオ”の2つを設定する。

欧州シナリオでは、図表7で活用したEuropeanCommission(2019)における欧州28カ国平均の輸送量当たり外部費用を、日本の一台当たり平均輸送人数や一台当たり平均積載量を用いて走行距離当たり外部費用に加工した上で、2015年の為替レートにより日本円に換算したものを税率として設定する。欧州シナリオでは、図表7のような車種別の外部費用を内部化する割合が本ツールでも表現されているかどうかを確認する。

それに対して、税収中立シナリオでは、日本の自動車関係諸税の総税収額と一致させるために、欧州シナリオの税率を、欧州シナリオの税収と日本の自動車関係諸税の税収の割合で一律に乗じることで設定する。単純な設定方法ではあるが、欧州の外部費用の考え方に基づきつつ、我が国にとって税収中立的な走行距離課税の構想の一助となる。

なお、図表7の車種とツール上の車種の関係について、乗用車は軽乗用車・小型乗用車・普通乗用車に、軽量商用車は軽貨物車・小型貨物車に、重量貨物車は普通貨物車にそれぞれ対応すると仮定した。特種車は対応する車種が無いため、全て非課税としている。

また、大気汚染及び騒音の人口密度の区分は、200人/km2未満、200~2000人/km2、2000人/km2超の3区分とし、人口密度が高くなると2倍又は3倍となるように設定した。加えて、騒音による夜間の税率は昼間の税率の2倍となるよう設定した。また、混雑度の区分は0.75未満、0.75~1.0、1.0超の3区分とし、混雑度が高くなると2倍又は3倍となるよう税率を設定した。加えて、高速道路に対する道路損傷の税率は、既に高速道路料金を徴収していることから非課税とした。これらの想定に基づき設定された、欧州シナリオの税率は図表11となる。

図表11 本試算における税率の設定値とツール上の入力イメージ
図表11

  1. (資料)総務省統計局「社会生活基本調査」より作成
  2. (注)両年度で比較可能な項目のみ掲載した。

(3)分析結果

図表12は、上記で設定した欧州シナリオ及び税収中立シナリオにおける一台当たりの年間税負担額と、一台当たりの税負担額を推計した結果を車種別に示している。ここでは分析結果を考察しやすくする観点から、乗用車及び貨物車は、軽自動車・小型自動車・普通自動車の保有台数で加重平均することで集約し、乗用車・バス・貨物車の3車種で結果を考察する。

まず、欧州シナリオの結果からツールの挙動を確認する。図表12中の青で示したパーセンテージは、図表7の欧州における現行税制の総収入に対する外部費用総額の割合を再掲したもので、この数値と日本の現行税制に対する欧州シナリオを適用した税負担額の割合を比較する。乗用車の総収入に対する割合はバスや貨物車と比べて低く、バスと貨物車の総収入に対する割合は3~4倍程度と概ね同様の傾向が確認できる。

次に、税収中立シナリオの結果を考察する。乗用車の現行税制に対する走行距離課税の税負担額の割合(76%)は100%を下回ることから、仮に現行の自動車関係諸税を廃止して走行距離課税に一本化した場合は実質的な減税になる。一方で、バス(176%)や貨物車(186%)は100%を上回り実質的な増税となる。すなわち、今回の定量的な分析から仮に全体として税収中立であっても、税負担が運送事業者に偏ってしまうという課題が指摘できる。

さらに、税収中立シナリオの結果を都道府県別に分析してみる。三大都市圏である東京都、大阪府、愛知県を都市部として、一人当たり車両台数上位3県である群馬県、長野県、山梨県を地方部として、乗用車における一台当たり年間税負担額の比較を図表13に示す。人口密度の高い区域を多く占める都市部では、大気汚染や騒音による税負担が増加し、一台当たり走行距離が大きい地方部では、気候変動や道路損傷による税負担が増加するが、全体の年間税負担額おいては都市部が地方部を上回っている。

日本自動車工業会のユーザーアンケート(18)によれば、自動車が生活必需品であり、代替交通手段が相対的に乏しく、自動車を保有・利用せざるを得ない地方部のユーザーに自動車関係諸税の税負担のしわ寄せがあるとされている。今回の定量的な分析から、こうした税負担の地域格差を是正し得る税体系の一つとして、自動車利用による外部性に対処するという論拠に基づき、地域性を加味した税率区分を有する走行距離課税が有用であるということが指摘できる。

図表12 日本における車種別の一台当たり年間税負担額の比較
図表12

  1. (注1)青字のパーセンテージは、欧州における現行税制の総収入に対する外部費用総額の割合を再掲(図表7より)。赤字で括弧書きしたパーセンテージは、日本における現行税制の総収入に対する外部費用総額の割合を示す。
  2. (注2)自動車取得税及び自動車税については、総務省「平成27年度道府県税の課税状況等に関する調」より、軽自動車税については、総務省「平成27年度市町村税課税状況等の調」より車種別の税収額を収集し、自動車交通局技術安全部自動車情報課「自動車保有車両数」の平成27年度末時点の車種別保有台数で除すことで、税目別の一台当たり税負担額を推計。
  3. (注3)自動車重量税については、車種別に自家用・営業用それぞれの車両重量(貨物車及び乗合車は車両総重量)のシェアを用いて車種別の税収額を推計し、自動車交通局技術安全部自動車情報課「自動車保有車両数」の平成27年度末時点の車種別保有台数で除すことで、一台当たり税負担額を推計。
  4. (注4)揮発油税、地方揮発油税、軽油引取税については、国土交通省「平成27年度自動車燃料消費量調査」より車種別の燃料消費量を収集し、各税率を乗じて車種別の税収額を推計した上で、自動車交通局技術安全部自動車情報課「自動車保有車両数」の平成27年度末時点の車種別保有台数で除すことで、一台当たり税負担額を推計。
  5. (資料)みずほ情報総研作成

図表13 乗用車における地域別の一台当たり年間税負担額の比較
図表13

  1. (資料)みずほ情報総研作成
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