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フィナンシャルエンジニアリングレポート Vol.37

米国社債のリターン特性と要因分解について

2021年1月
みずほ情報総研 マーケッツデジタルテクノロジー部 堤 太一

1.はじめに

2021年を迎えた1月現在、新型コロナウイルスのワクチン効果が期待される一方、先行き不透明感は依然として強い。コロナ禍を背景とした金融緩和策に伴い、先進国を中心に世界的な低金利環境が当面続くことが予想される。この低金利環境下での債券市場において、先進国の中でも利回りが高いとされる米国社債への需要が今後高まるであろう。一般的に社債は、格付機関から付与される格付がBBB格以上かBB格以下*1で、投資適格社債 (以下、IG債:Investment Grade債)とハイイールド社債 (以下、HY債:High Yield債)に大別される。これらの過去のパフォーマンスを定量的に把握しておくことは、債券市場における市場参加者の大部分を占める機関投資家にとって特に有用である。

本稿では、米国におけるIG債の代表的な指数であるICE BofA US Corporate Index (以下IG債指数)、HY債の代表的な指数であるICE BofA US High Yield Index (以下HY債指数)について取り上げ、各指数のリターンの特性およびその要因分解について評価する。これらの指数は米ドルベースであるが、本稿では指数リターンそのものを評価する観点から、円換算による為替リスクについては考慮しない点に留意されたい。

2.各種社債指数とリターン特性

図表1は本稿で取り上げた社債指数の概要である。概して無料で公開している債券指数が少ない中、これらの指数データは、米セントルイス連邦準備銀行の研究部門が管理するデータベースであるFRED (Federal Reserve Economic Data, https://fred.stlouisfed.org/)にて、無料で公開している。各指数の詳細については図表1の参照先URLをご参照されたい。米国籍であるが、各社債指数に連動する代表的なETF (Exchange Traded Fund:上場投資信託)に関する情報も載せた。例えばYahoo Finance (https://finance.yahoo.com/)でティッカーを入力すれば、リアルタイムで当該ETFの市場評価を確認できる。


左右スクロールで表全体を閲覧できます

【図表1】本稿で取り上げる社債指数
指数名 債券種別 利回り指標 参照先URL 指数連動ETF ティッカー
ICE BofA US Corporate Index
(IG債指数)
投資適格社債 (BBB以上) ICE BofA US Corporate Index Effective Yield https://fred.
stlouisfed.org/series/
BAMLCC0A0CMTRIV
iShares Broad USD Investment Grade Corporate Bond ETF USIG
ICE BofA US High Yield Index
(HY債指数)
ハイイールド社債 (BB以下) ICE BofA US High Yield Index Effective Yield https://fred.
stlouisfed.org/series/
BAMLHYH0A0HYM
2TRIV
iShares Broad USD High Yield Corporate Bond ETF USHY

(資料)FRED, Yahoo Financeを基に筆者作成


最初に、各社債指数のリターン特性について見ていく。比較用として、米国の代表的な株式指数であるMSCI USA Index (以下、株式指数)も取り上げた*2。2001年から2020年までの240カ月における各指数の平均月次リターンとリスク (標準偏差)は図表2の通りである。IG債指数が最も低リスク・低リターンで、次にHY債指数が低リスク・低リターンとなっており株式指数の半分程度のリスクに抑えられていた。一般的に債券は株式より低リスク・低リターン、債券の中では高格付になるにつれ低リスク・低リターンになると言われている。この点については図表2と整合的であろう。


【図表2】各種指数のリスク・リターン (トータルリターン、米ドルベース)
図2

(資料)FRED、MSCIのHPを元に筆者作成


次に過去における米国リセッション局面でのパフォーマンスについて見ていく。過去20年間における米国リセッションの期間は、FRED*3を参考に期間[1]:2001年3月~2001年10月 (8カ月間)、期間[2]:2007年12月~2009年5月 (18カ月間)とし、それぞれ「[1]IT Bubble」、「[2]GFC (Global Financial Crisis)」と定義した*4。各指数の平均月次リターンは図表3の通りである。両期間ともIG債指数の平均月次リターンが最も大きく、次いでHY債指数が大きい。図表2での、株式指数の平均月次リターンが最も大きいという結果と対照的になっている。以上の事から米国リセッション局面の影響は、債券の方が株式よりも、また債券の中では高格付になるにつれ、限定的であることが確認できる。


【図表3】米国リセッション局面における各種指数の平均月次リターン
図3

(資料)FRED、MSCIのHPを元に筆者作成

3.各種社債指数リターンの要因分解

次に、社債指数のリターン特性を踏まえたうえで、回帰分析によるリターンの要因分解を試みた。一般的に社債指数リターン (Bond Index Return)は、 (1)式のように指数を構成している債券のクーポン収入を源泉としたインカムゲイン (Income Gain)と、社債利回りの変化による社債の価格変動を反映したキャピタルゲイン (Capital Gain)に大別される。

Bond Index Returni = Income Gaini + Capital Gaini (1)
(i:社債指数)

Capital Gainに関して、社債利回りの変化幅及びその社債指数リターンに対する感応度をそれぞれΔYield、βYieldとおくと

Bond Index Returni = Income Gaini + βYield,i X ΔYieldi (2)

となる。Income Gainは、前述の通りクーポン収入を源泉としており、社債利回りの変化による影響を受けにくい安定した収益であることから、簡便的にIncome Gainを固定値 (α)とすると、 (3)式のような単回帰モデルとなる。

Bond Index Returni,t = Income Gaini,t (=α) + βYield,i X ΔYieldi,t (3)
(t:各月)

(3)式のαとβに関して、最小二乗法 (OLS : Ordinary Least Squares)を用いて推計した結果が(4)式、(5)式である。推計に使用したデータの期間は2001年から2020年までの240カ月とした。

IG Bond Index Returni,t = +0.37%*** + (-5.9***) X ΔIG Yieldt (R2= 0.95) (4)
HY Bond Index Returni,t = +0.50%*** + (-3.7***) X ΔHY Yieldt (R2= 0.96) (5)
(***は1%水準で有意であることを示す。)

(4)式、 (5)式における係数の意味について、IG債指数、HY債指数のインカムゲインはそれぞれ毎月約+0.37%、+0.50%であることを示している。またキャピタルゲインに関して、例えばある月の利回りが+1σ (IG債:+0.27%、HY債:+0.72%)*5の大きさで変化した場合、その月のキャピタルゲインはそれぞれ約-1.6% (=-5.9×0.27%)、約-2.7% (=-3.7×0.72%)となることを示している。t値は全ての係数において1%水準で有意であった。モデルの説明力を示す決定係数はIG債指数、HY債指数ともに0.95以上となっており、 (4)式と (5)式で各種社債指数リターンをおおよそ説明することができる。

この推計結果を用いて、推計と同期間 (2001年~2020年、240カ月)での平均月次リターンを、インカムゲイン要因とキャピタルゲイン要因に分解した結果が図表4である。IG債指数の平均月次リターンは+0.51%で、そのうちインカムゲイン要因が+0.37%、キャピタルゲイン要因が+0.14%となっており、それぞれ平均月次リターンの約73%、27%を占めていた。一方、HY債指数の平均月次リターンは+0.65%で、そのうちインカムゲイン要因が+0.50%、キャピタルゲイン要因が+0.15%となっており、それぞれ平均月次リターンの約76%、24%を占めていた。結果として両指数ともに、プラスであった平均月次リターンの7割以上を、インカムゲイン要因が占めていたと言える。


【図表4】各種指数の平均月次リターンの要因分解 (2001~2020)
図4

(資料) FREDを基に資料作成


次に蓄積効果について見ていく。各要因における過去20年間の蓄積効果を図表5で示した*6。長期になるにつれ、IG債指数、HY債指数ともにインカムゲインが着実なリターン源泉となっているのを確認できる。GFC (2007年12月~2009年5月)の時期において蓄積キャピタルゲインがマイナスに転じているが、その時期に特化して要因分解したのが図表6である。両指数ともキャピタルゲイン要因が大きくマイナス寄与していた。1-2年間の短期間では、特にコロナ禍による先行き不透明な投資環境下においては、キャピタルゲイン要因によるマイナス寄与の大きい局面が今後出てくるかもしれない。一方で、長期保有することによってインカムゲインがクッションとして働き、投資開始来では図表5のようなプラスリターンの維持が期待できる。


【図表5】インカムゲインとキャピタルゲインの蓄積効果 (2001~2020)
図5

(資料)FREDを基に資料作成


【図表6】GFC局面での要因分解(2007/12~2009/5)
図6

(資料)FREDを基に資料作成


4.終わりに

本稿では、2001年~2020年の20年間のデータを用いて、代表的な米国社債指数であるIG債指数、HY債指数のリターン特性および要因分解について評価を行った。

程度の差はあるものの両指数とも、株式指数に比べ総じて低リスクで、リターンを要因分解した結果についても、インカムゲイン要因がキャピタルゲイン要因を大きく上回っていた。インカムゲイン要因でリターンの大部分を説明できることから、少なくともインカムゲイン水準のリターンが期待できるだろう。BB以下の低格付銘柄で構成されるHY債指数においても、インカムゲイン要因が支配的だったのは、(a)指数を構成する銘柄の1つがデフォルトして、その銘柄のインカムゲインを得ることができなくなったとしても、指数全体で見た場合の影響は限定的で、相対的に高いインカムゲインを安定的に確保できていた事、 (b)指数を構成する銘柄間で社債利回りの変化による価格変動リスクが分散されたことにより、キャピタルゲインが低く抑えられていた事、が考えられる。

以上を踏まえると、米国社債指数 (IG債指数及びHY債指数)への投資*7を行う際には、短期的にキャピタルゲイン要因がインカムゲイン要因を上回る形で損失しても、慌てず長期保有することが重要であろう。円換算時に生じる為替リスクを考慮していない結果ではあるが、米ドルベースで年間約+4%~6%ものインカムゲインとなる*8。為替ヘッジの有無によるパフォーマンス影響など、為替リスクを含めた評価については、今後の課題事項としたい。

  1. *1格付は代表的な格付機関であるS&P社のものを使用。
  2. *2MSCIのHP(https://www.msci.com/end-of-day-data-search)から取得可能である。
  3. *3https://fredhelp.stlouisfed.org/fred/data/understanding-the-data/recession-bars/)をご参照。
  4. *4NBER(全米経済研究所)によると2020年2月からリセッションが始まったとしているが、執筆当時(2020年1月)においても収束しておらず期間が定まっていないので、本稿では除外した。
  5. *52001年~2020年の20年間における月次変化幅の標準偏差を1σとした。
  6. *6再投資による複利効果は考慮せず、各要因を月毎に足し算で積み上げた。
  7. *7指数自体に投資可能と仮定している。
  8. *8年換算に関して月当たりのインカムゲイン(IG債指数:0.37%、HY債指数:0.50%)を単純に12倍した。


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