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社会動向レポート

北欧諸国・台湾及び国内2事例における行政記録情報等の活用の観点から

EBPM推進にむけた、データ整備に必要な「5つの視点」(2/3)

社会政策コンサルティング部
主任コンサルタント森安 亮介
コンサルタント 利川 隆誠

3.データ構築を考える「5つの視点」

以上、北欧諸国や台湾の事例を確認した。北欧事例からは、個人番号に関する歴史的背景に加え、個人識別番号の浸透、個人情報への寛容さ、さらに福祉国家である点など社会的・制度的背景があるからこそ、行政記録情報のデータベース化や利活用が可能になっていた。また台湾事例では、データの豊富さと引き換えに、高額な利用費負担や厳格な運用制限をかけている様子も伺えた。その背景に社会的な合意による影響もあることが示唆された。こうした事例を踏まえると、統計・データの在り方は、歴史的・社会的・制度的背景をふまえた社会の受容性の影響を色濃く受けながら、データ利活用によるベネフィットとデータ整備・運営コストの妥当性、そして利活用の運用・管理方法などと密接に関係しながら規定されるものと考えられる。 は以下「5つの視点」で検討すべきだと考えている。

ここで強調したいのは、社会の受容性(Acceptance)を土台に、「整備すべきデータや技術(Data)」だけで検討するのではなく、ベネフィット(Benefit)・コスト(Cost)などとの関係性の中で検討することである。そして、関連諸制度やステークホルダーの相互関係もふまえた運用とともに、いわばデータをとりまくエコシステム(Ecosystem)として捉えることが必要である。以下、それぞれの視点について、総務省(2022)で示された国内事例も踏まえ、詳述したい。


図表1 サステナブルなデータ利活用に向けた「5つの視点」
図表1

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズが作成

(1) Acceptance:社会の受容性を土台に考える

行政記録情報を活用したデータベース構築でまず前提になるのは、データに関する関係者の受容性である。データベース構築やデータの利活用は、個人のプライバシーや人権の配慮、セキュリティ面のみならず、倫理面や市民感情、世論、歴史的経緯や社会的背景などとも密接に関連する。そのため市民やステークホルダーと一緒になった議論が必要不可欠である。我が国では、令和4年「個人情報等の適正な取扱いに関係する政策の基本原則」(個人情報保護委員会)等で個人情報保護と有用性への配慮、データガバナンス等については指針が示されているものの、個別分野の運用や責任の在り方などはそれぞれに検討する必要がある。なぜなら、それらは分野ごとに既存制度との関連性や諸慣行の積み重ねによって形成されるためである。データに関わる市民が、データ利活用範囲やリスクなども含めてどこまで理解して許容しているのか。その許容範囲に応じた検討が必要である。もしも誤解や情報不足などによって受容性に課題がある場合には、周知徹底やコミュニケーションを行い、丁寧な合意形成を行うことが求められる。

そのような合意形成が求められる中、日本で行政記録情報を活用したデータベースの構築事例として知られるのが大阪府箕面市の「子ども成長見守りシステム」である。このシステムも、丁寧な対話を通し、市民やステークホルダーから信頼を得ながらデータの利活用がなされていった経緯が確認できる。

同システムは、教育分野の情報(学力調査・体力調査・生活状況調査・学校検診・登園状況など)と福祉分野の情報(生活保護・就学援助・給食費の滞納状況・虐待に関する通報状況など)を融合したシステムである。教育と福祉の情報が個々の生徒ごとに紐づけられているため、例えば学力低下懸念の生徒の早期発見など、成長の側面支援に活用されている*7。着目すべきは、データベース構築の過程である。筆者らは前述の総務省(2022)にて、同システム構築を牽引した当時の市長 倉田哲郎氏に話を伺っている。その結果、対話を通した次の2つの信頼獲得が明らかになった。

第一に学校関係者との合意である。2016年に箕面市に新設された「子ども成長見守り室」が、データへの理解や信頼獲得に大きく寄与したと倉田氏はいう。同室は、福祉部門と教育部門に分かれていた子ども関連部門が統合され、いわば子ども貧困対策のコントロールタワーを担っている組織である。システム構築当初、同室担当者が各学校に足しげく通い、学校長を含む学校関係者と密にコミュニケーションを取っていた。学校現場の持つ勘と経験がデータで補完されることで、今まで気づけなかったリスクが明らかとなった。その結果、当システムは徐々に信頼され、学校教育の中にも取り入れられていったという。学校にシステムが普及した現在も、密なコミュニケーションは続いており、市内の全20の小中学校それぞれと年2回ずつ会議を行っているほか、年10回程度関係課室やセンターなどと情報共有会などを実施しているという。

第二にデータの取り扱いに関する合意である。システム構築時、専門家も含む審査会の諮問を経て、個人情報保護条例の改正が行われている。倉田氏によると、改正前の個人情報保護条例であっても同システムへの情報活用は可能であった。しかし改めて審査会の場を設け、市民や関係者等との対話を行い検討の結果、既存の条例でも問題はないものの、行政記録情報を活用したデータベース構築後の運用を見据えた条項の追加等が望ましいとの結論を得て、住民合意のため市議会を通じた条例改正まで行っている。これらの取り組みによって、行政現場と住民双方が安心して運用できることにつながったと倉田氏は語る。


図表2 子ども成長見守りシステムのイメージ
図表2

  1. (資料)内閣府 第11回子供の貧困対策に関する有識者会議「資料2 大阪府箕面市提出資料」(平成31年3月15日)

(2) Benefit・Cost:ベネフィット・コストを吟味した上で、データの在り方を検討する

まず市民や関係者の受容(Acceptance)を紹介したが、次に検討が必要なのがベネフィットとコストを吟味したデータベース構築や運用である。ここでも国内事例が存在する。日本を代表する厚生労働省のレセプト情報・特定健診等情報データベース(以下、「NDB」という)の事例である。

NDBは特定健診・保健指導の結果と医療処置を行った際に請求されるレセプトデータの2種類の行政記録情報を格納したデータベースである。本データベースは2005年度の「生活習慣病健診・保健指導の在り方に関する検討会」での議論を基礎に、生活習慣病の予防・改善のための特定健診・保健指導の効果検証を目的に構築された。当時の診療記録は各医療機関、保険者ごとに管理されていたが、判定基準や評価項目の不統一、個人追跡の未実施など、施策の適切な効果検証が困難であった。そこで、特定健診・特定保健だけでなく、保険者から提出された全ての医療レセプトデータを蓄えるデータベースとなったのである。

NDBのあり方には情報技術や公衆衛生等の各分野の有識者が集い検討された。この検討過程で示唆深いのは、ベネフィット・コストを踏まえて必要なデータや運用フローが形作られていった点である。例えば、2007年7月から設置された「医療サービスの質向上のためのレセプト情報等の活用に関する検討会」では、レセプトデータ、特定健診・特定保健指導データの収集方法等が議論された。その報告書(2008年2月)には以下のような記載がある(図表3)。

上記報告書では、NDB構築の目的として、正確なエビデンスに基づいた医療サービスの質の向上等を図ることが明記されている。目的が明確になることで、収集すべき情報項目も明らかになり優先度も決まる。さらに、収集すべき情報が明確になることで、管理・運用の在り方も規定される。例えば病名に関する情報項目は、種類によっては非常に機微な情報ではあるものの、医療施策や医療費の判断ができるようになることは政策的に非常に大きなベネフィットである。しかし、例えば国内に数名しかいない希少疾患を抱える患者の情報が病名を通じて他者に閲覧可能となってしまうことは、個人情報の流出や悪用につながるリスクにもなり得る。言うまでもなく、倫理的な側面でも問題がある。そのような事態を避けるために、例えば厳格な管理を徹底する環境構築のコストはかける必要がある。ただ、その線引きをどこに置くかといった、情報収集におけるベネフィットとコストのバランスやトレードオフに関する運用・管理方法の可能性については継続して検討されている*8

ベネフィット・コストを踏まえた検討によるデータベース構築の目的精緻化は、一見すると当たり前のように思われるかもしれない。しかし現実的には、行政機関等で既に保有する情報を前提に、その延長上でデータベース構築が考えられがちである。重要なのはバックキャスト的に考えることである。すなわち、利活用の目的を明瞭にし「誰にどのようなベネフィットがあるか?」を明確化することによって、管理・運用方法も含めたあるべき姿から逆算して考えることにある。そうすることで、必要なコストや対処すべきリスクの優先度も初めて鮮明になってくるためである。


図表3 NDB 構築時のレセプトデータ等収集・分析で議論された主な論点
図表3


  1. (資料)厚生労働省 「医療サービスの質向上のためのレセプト情報等の活用に関する検討会」報告書(平成20年2月7日)。なお、太字等の強調は筆者らの編集によるもの。

(3) Data・Ecosystem:データの収集・管理運営・活用など関係者の循環を捉え、エコシステムとして検討する

「5つの視点」のうち重要なのは、データ単体だけで考えないことである。データ整備に付随するコストやリスクについては、運用やルール、関係者間との相互関係なども含めて包括的にとらえることが肝要である。例えば前述の台湾では、機微情報をデータに含めるかわりに、研究者の利用ルールに厳格な制約条件を課していた。また、北欧諸国においてもデータ利用に関する不手際や不正があった場合、利用した研究者等が法的な罰則を受ける仕組みになっている。こうした事例からは、関係者との相互関係や運用を通じてうまく互恵関係を構築していることが伺える。データの作り手側・使い手側・行政等機関・そして市民といった、各ステークホルダーについて、個々の持続性はもちろん、法的側面や運用方法なども含めた相互関係から補完し合うような、いわばエコシステムとして一体的に捉える視座が求められる。データだけを模倣してもうまく機能しないのはこのためである。

実際、国際的にみても、北欧諸国のような個人識別番号に基づくデータベース構築以外の方法も存在する*9。例えばオーストラリアである。詳細は総務省(2022)を参照いただきたいが、個人識別番号制度自体が存在していないオーストラリアでは、医療・社会保険・税の3つのデータセットを基礎データとし、匿名化された名前・住所などの個人属性情報をマッチングキーとしてデータが接続されている。さらに、健康・教育・所得や税・雇用・人口統計(センサスを含む)の情報を時系列で組み合わせたデータのリンク(Multi-Agency Data Integration Project;MADIP)が進められており、将来的にはMADIPを、法人に関する税・貿易・知的財産を法人番号によってつなぎ合わせたデータ(BusinessLongitudinal Analysis Data Environment)ともリンクさせる方針という。このように、国の統計機構や制度に即して行政記録情報を活用したデータベース構築や運用方法が形作られる。

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