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社会動向レポート

北欧諸国・台湾及び国内2事例における行政記録情報等の活用の観点から

EBPM推進にむけた、データ整備に必要な「5つの視点」(1/3)

社会政策コンサルティング部
主任コンサルタント森安 亮介
コンサルタント 利川 隆誠


政策の質を高めるために、行政や公的機関等の持つ統計・行政記録情報を活用するEBPM(Evidence Based Policy Making)に多くの関心が寄せられている。ただし、他国や他自治体を模倣しただけではうまく機能しない。行政機関等が行政記録情報のデータ整備・データベース構築を検討する際には、データ収集の持続性やデータ利活用の継続性を見据えた「5つの視点」が求められる。

1.はじめに

「データの世紀」と言われる21世紀も四半世紀を経ようとしている。データに基づく経営、データドリブンマーケティングなど、データの利活用は人々の意思決定や組織の提供価値向上において有用な手段として浸透しつつある。そしてそれは政策領域も例外ではない。

1990年代にイギリスやアメリカで進められたエビデンスに基づく政策立案(Evidence BasedPolicy Making。以下EBPMという)は、いまや先進諸国に広まっており、日本においても経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針2017)を基軸とし、2018年頃から全省庁で推進されている。EBPMの浸透によって、これまで以上に適切な政策の選択・遂行が期待される上、データの拡充が進めば、これまで発見しにくかった社会課題を見出し、より効果的かつ効率的な打ち手に結びつけることも可能となる。例えば森安(2022)が例示したように、医療・教育・雇用など従来の政策領域をまたいだデータを組み合わせることによって、一見医療政策上の問題にみえる事象の真因を教育に見いだすような発見にもつながる。しかし現状、そうしたデータが十分に整備されているとは言い難く、まさに政府や各自治体でデータの在り方が議論される黎明期にあると言える。

筆者らは2019年以降、厚生労働省や文部科学省など中央省庁向けのEBPM推進支援に携わってきた。具体的には、各種エビデンス収集支援や政策評価分析、ロジックモデル作成支援、各種研修、マニュアル作成を行ってきた。また、幾つかの自治体にも研修・勉強会等を含めた各種側面支援をしてきた。そこで直面する大きな課題が統計・データの整備である。仮に行政職員がEBPMをよく理解し、意欲的に取り組もうとしても、その土台となるデータの不足によって、取組みが制限されるケースを数多く目にしてきた。

ではEBPMの土台となる統計・データの構築に向けて、何が必要なのだろうか。本稿では、筆者らが取り組んできた行政向けEBPM支援の経験に加え、2021年度総務省統計委員会担当室事業において行った国内外の事例調査「公的統計の国際比較可能性に関する調査研究(社会統計編)」(総務省2022)*1で得た知見も織り交ぜて検討する。

2.先進諸国にみる、統計・データ整備の背景

EBPMは政策目的を明確にした上でエビデンスに基づく政策を立案する。その過程ではデータをもとに政策課題の特定や政策効果の検証を行う。このとき必要となるデータが、同一対象の変化を経年的にとらえたデータ(パネルデータ)である。なぜなら、一時点の断面的なデータでは、政策とその効果の因果関係にまで迫る検証が非常に困難なためである。因果関係を統計的に推定するためには、政策対象である個人や家計、学校といった層の政策前後の変化を、政策非対象の層と比較することが望ましく、精度の高い効果検証に必要不可欠である。中でも、行政機関や公的機関が業務上すでに取得している情報(行政記録情報)を用いることで、時間的・金銭的なコストをおさえてデータを得ることができる(森安2022)。実際、例えば北欧諸国に代表されるような先進諸外国では、行政記録情報を国民番号等で紐づけた行政記録情報を活用したデータベースが構築され、いくつもの分析が行われている*2

諸外国の先進事例は、模範的なデータ像として、しばしばデータの構造や技術が注目される。しかし我が国や各自治体への応用を考える際、そうしたデータの中身以上に大切なのは、運用やルール、関係者の理解・インセンティブなどを歴史的・社会的・制度的な背景とともに捉えることにある。後述のように、北欧諸国においても長い年月をかけて成熟し、人々の日常生活にも浸透しているからこそ持続的に機能している側面がある。こうした問題意識をもとに、以下2つの事例を通し、データの整備や利活用の背景に目を向けていく。

(1)北欧諸国における、行政記録情報を用いたデータベース構築とその背景

行政記録情報を用いたデータベース構築の模範事例と目されるのが北欧諸国である。例えば、当社コラムでも紹介したように、デンマークでは国内在住者を管理するCPR番号(CentralPersons Registration)を起点としたデータベースが構築されている(栗山2022)。また、教育先進国でも知られるフィンランドでは、教育文化省が全国約300自治体の教育機関から生徒に関する情報を業務データとして収集し、統計局が個人IDによって管理している。

しかし、こうしたデータベース構築の背景には、長い歴史の積み重ねや社会的・文化的な背景がある。北欧諸国では16世紀ごろから教会が住民台帳を作成しており、住民の属性情報が収集・把握されてきた*3。また、個々人に付与される固有番号(個人識別番号)についても百年近い歴史を有しており、市民生活にも浸透している。例えばデンマークでは、個人識別番号の整備は1924年から開始され、1968年に前述のCPR番号制度導入につながっている。以降、医療情報との紐づけ(1977年 国民患者医療記録システム導入)、2007年には行政機関・個人・法人間での円滑な情報交換に向けた電子署名制度などの変遷を経ている。CPR番号は、医療・福祉・その他市民生活を営む上での行政サービスや銀行口座開設・融資・賃貸契約などの場面でも市民に活用されており、人々の生活に根付いた存在になっている。

さらに、個人情報に対する考え方も日本のそれとは大きく異なる。例えば今井(2017)によると、北欧諸国では、情報については透明性を優先するという文化的な国民のコンセンサスが存在するという。例えばスウェーデンの国税庁では、住民情報登録に名前・住民登録番号・住所・出生地・スウェーデン国籍の有無・配偶者や子どもの情報・死亡その他の理由による住民登録からの離脱状況・合計収入等の情報が蓄積されているが、このうち住所・氏名・住民登録番号等は公開可能で、企業販売までされている*4

このような、個人識別番号の市民生活への浸透や、個人情報に対する一定のコンセンサスは、データ連携の社会的合意を得るための調整コストが低いことを意味する。もちろん近年の個人情報保護への関心やEUの法的な影響から、今後変化する可能性もある。しかし、個人情報への意識が高まる以前の段階で、すでに市民生活に個人識別番号が浸透していた点は見過ごせない時系列的事実であろう。なにより、半世紀以上もの時間をかけて、まず市民の利便性を高める仕組みが構築され、市民生活にも浸透した後に、結果としてデジタル化によるデータ活用につながっていった。こうした前後関係は、データの構築や持続的な運用を考える上で、示唆深い事実である。

なお、行政記録情報を活用したデータベース構築・運用のコスト負担と国民の納得感を考える際、北欧諸国が高福祉国家であることも重要な要因だと考えられる。福祉国家として適切な行政サービスを提供するためには、国民一人一人の就業状態や生活・家族の状態などの基礎情報が必要になるためである。これら情報の行政による把握は国民生活向上にも直結することから、データベース構築への投資が合理的であり、そのベネフィットも大きいこととなる。

(2)台湾の医療データベース構築とその背景

では、北欧以外のケースではどうだろうか。データを活用したデジタル民主主義を標ぼうする台湾の事例から、2002年運用開始の医療データベースNHIRD(National Health InsuranceResearch Database)を参考にしたい。

台湾では北欧諸国と同様に在住する者はすべて全民健康保険証という国民証(国民身分証統一番号)と共通した10桁の番号が記載されたICカードを有している。このICカードは患者の医療情報が記録され、診察・検査・治療内容・投薬などの情報が衛生福利部(日本の厚生労働省に相当)のNHIRDに集約される。NHIRDを活用し、政策のための各種分析のほか、匿名化した上で台湾の研究者にも研究目的で提供されている。さらに、政府のプロジェクトであれば、NHIRDは国民身分証統一番号を起点として他分野のデータベースとの連結も可能である。台湾では国民身分証統一番号を有する社会経済的(所得、加入保険等)、文化的行動因子(結婚の有無、家族構成等)を格納したデータベースなども構築されている*5。これら複数のデータベース連結によって、社会経済状況や文化的行動など様々な観点からの分析が可能になっている。

以上のように行政記録情報等を活用した豊富なデータベースが構築されている台湾ではあるが、しかし、運用面等とあわせて捉えると別の側面も見えてくる。筆者らは前述の総務省(2022)にて、台湾の同データベースを中心に現地有識者にヒアリングを行った。結果、見逃してはならない以下2つの点も明らかになった。

第一に、これらの医療データは機微な情報を含んでおり、利用範囲やプライバシー保護等について社会的合意を完全に得られているとは言い難い点である。実際、NHIRDのデータ利活用等におけるプライバシーへの配慮は市民団体から複数回の訴訟や反発をまねいている*6

第二に、そうした影響もあってかNHIRDを研究者等が利用する際、厳重な管理・運用がなされている点である。例えばデータ利用を希望する場合、研究計画を示した申請書を提出し、承認されることが必要となる。そして利用時には、データ利用料が発生する。一例ではあるが、過去5年のがん患者データを使用した場合、データ抽出費に10,000米ドル、加えて一日のデータ利用セッションタイム費が加算されるという。また、データ分析はデータセンターなど特定の数か所でのみ作業可能となっている。センターの出入りは厳重で、研究者が自身のペンや紙を持ち込むこともできないという。分析結果は全て点検され、個々のデータを外に持ち出すことはできない。センター退出時には、作成したメモ等をセンターに預け、次回入室時に当該メモを受け取るような運営となっている。

このように、NHIRDはデータの内容は豊富であるものの、データ利用時に制限をかけている様子が伺える。台湾の一部研究者から改善希望の声も上がっているものの、市民の受容性に鑑みると、データの内容とのトレードオフになっている関係性が示唆される。

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2023年3月2日
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