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社会動向レポート

当社人材開発事業「越境リーダーズキャンプ」モデル実証から考察する

越境学習は、今後の次世代リーダー育成に何をもたらすのか(1/4)

社会政策コンサルティング部
担当次長 田中 文隆
主任コンサルタント 森安 亮介
コンサルタント 川崎 康太
コンサルタント 渡邉 武瑠


VUCA 時代と言われる中、企業ミドル層の中には、新たな事業開発や業務変革等既存業務とは一線を画す高度なミッション遂行を期待されるフロントランナーが存在している。他方で、当該人材のエンパワーメントに向けて何をすべきか、各社模索しているのが実情だ。当社では、このような問題意識を踏まえて次世代リーダー育成を企図した「越境リーダーズキャンプ」のモデル実証*1を大分県竹田市にて実施。本稿では、本プログラムを通じて得られた今後の次世代リーダー育成への示唆を紹介する。

1.はじめに

当社は、これまで「多様な『人活』支援サービス創出事業」や「プロフェッショナル人材事業」「中核人材確保事業」等、官公庁の社会実証事業等*2を通じて大企業人材のキャリア自律や地域フィールドでの多様な活躍機会等について人事部、地方公共団体、人材ビジネス会社、中間支援団体等と協働してチャレンジングな取組を支援してきた。また、上記ネットワークや知見等を活用して、2020年度には自主事業としてミドル人材のキャリアを考える「ネクストキャリアプロジェクト」*3を立ち上げ、有識者や企業人事、地域経営支援機関マネジャー等から構成される研究会を設置して、大企業人事部向けアンケート調査やインタビュー調査を実施してきた。

こうしたミドル人材育成に関するケーススタディやキャリア展望に関する議論を進めていく中で、ミドル層は、企業主導のキャリア開発施策の観点では若年層やシニア層と比べて関与が薄く、またミドル自身も公私ともに繁忙で十分に内的キャリア(地位や資格等の外から見たキャリアではなく、働きがいや生きがいに関する価値観のこと)について熟慮する機会や時間を持つことが出来ていないこと及び、その対策の必要性が明らかになってきた。特に、ミドル層の中でも、新たな事業ドメインの開発やドラスティックな業務変革等、既存業務とは一線を画すミッションの最前線に立つ者には、通常の階層別マネジメント研修や専門スキル習得研修だけでは実践性に乏しく不十分であり、現状そのサポートには課題があることも指摘された。さらに、研究会では当該ミッションに挑むミドル層に対しては、社内に育成知見が蓄積されているとは言い難く、管理・指導的な関わり合いよりむしろ、会社を超えた共助や他流試合等、越境学習による気づきの可能性も言及された。

そこで、当社ではこうした課題に取り組むべく、上記のような新たなミッションに挑むミドル層を対象とした次世代リーダー育成プログラム「越境リーダーズキャンプ」(以下「当キャンプ」とする)のプログラム開発、モデル実証を行うこととした。市場環境が目まぐるしく変化する中、新規事業開発や業務変革等、大きな期待や高度なミッションが寄せられるミドル層は、当該プログラムからどの様な気づきが得られるのか、フロントランナーとして期待される者をエンパワーメントするために何をすべきか、さらには今後の伴走や支援のあり方等、プログラムに参画した企業5社と地域2団体(計20名)による越境学習を通じて考察したい。

2.越境リーダーズキャンプが求められる背景

(1)次世代リーダー育成において越境学習が求められる背景

研修プログラムのタイトルにもなっている「越境学習」について、近年の人材育成を取り巻く背景とともに確認したい。

まず越境学習の定義について、学術的に一致した見解は見出せないものの、実務的には「組織外での協働的活動を通じた学習」とするのが一般的だとされている(長岡・橋本2021)。本プログラムにおいては、法政大学の石山恒貴教授による『自らが準拠する状況(ホーム)とその他の状況(アウェイ)の境を行き来し、「ホーム」とは異なる多様な知識や情報を統合する能力を獲得する学び』(石山2018)という定義を参考にしている。すなわち、企業在籍者が自社という「ホーム」を離れて、訪れる地域で他社社員とチームを組み協働する状況を「アウェイ」だと設定し、次章で詳述するような研修プログラムを設計している。

こうした「アウェイ」な環境下において、研修参加者は特に誰かから指示されるわけでなく、自分たちで取り組むべき課題やミッションを考え、異質なメンバーと協働しながら課題解決に取り組む状況に置かれることとなる。石山(2022)を参考にすると、こうした環境下で異質な他者との協働やミッション検討等を行うことで、研修参加者に、自身の暗黙の前提を見直し、自分の得意なこと・苦手なことを再発見し、自分の本当にやりたいことを再認識するような変化がもたらされることが期待される。実際、異業種5社で混交のチームを形成して地域課題に取り組んだ研修に関する研究(中原2015)やプロボノ活動を通した越境経験に関する研究(藤澤・高尾2020)では、社外人材と交流する中で自身を客観視して能力やスキルを再解釈したり、通常業務に対する捉え方が変わることで、主体的な仕事のデザインや人間関係のネットワーク再構築に繋がったりする効果が観察されている。

このような越境学習がもたらす育成効果は、近年の企業における人材育成ニーズ、とりわけ新規事業開発や既存事業の変革を担う人材の育成ニーズに強く合致するものである。企業の競争力の源泉が知識や創造性、イノベーション等に移る中、企業が育むべき人材要件も、個々の専門性はもとより志・情熱といった内発的な動機、人的ネットワーク、レジリエンス等の心理的特性といった要素がより重要になっている*4。とりわけ新規事業開発や既存事業の変革には、“与えられた課題”ではなく、“自らの問題意識や志に基づいた課題”として捉え直し、社内はもちろん社外ともコラボレーションしながら根気強く推進することが重要である*5。しかし、こうした育成ニーズに対し、従来型のOJT や階層別研修では限界がある。そこで着目されるのが越境学習を通した成長機会の提供である。実際、トヨタやパナソニック、サントリー等様々な企業が越境学習を取り入れているほか、ローンディールやクロスフィールズ等越境学習をサービスとして提供するような企業や団体も複数登場している。また、近年では政府による推進も進んでいる。例えば経済産業省「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」(平成30年度)において越境学習の重要性が明記されたほか、令和元年度には同省がイノベーション推進人材の育成施策の一環として「越境学習のガイドライン」等を作成し公開している*6。さらに令和4年8月25日に、同省と金融庁の支援のもと320社で設立された「人的資本経営コンソーシアム」では、その取り組みの1つに参加企業間での相互の兼業人材受け入れが構想される等、企業においても、越境学習導入の必要性が高まってきている。

(2)越境学習に対する企業・地域の期待の声

こうした背景に鑑み、当キャンプのプログラム開発に際して、越境学習に関する都市部企業・地域それぞれとの意見交換を通じ、ニーズを調査した(図表1)


図表1 企業及び地域の課題意識
図表1

  1. (出所)ヒアリング内容よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

①都市部企業の課題意識

都市部企業における人事や新規事業部門の責任者及び、企業人材育成分野の有識者等と、「事業開発人材育成」を中心に意見交換したところ、特に以下の2点が大きな課題であることが確認できた。

まず1点目の課題は、「事業開発の“現場視点”不足」である。

「新規事業を立ち上げた経験が無い社員ばかりなので、机上での発想に留まり迫力ある新規事業が提案されない」(金融機関関係者)等といった声が複数の企業から聞かれたが、中でも特に筆者が感じたのは「エンドユーザーの視点に立った、事業開発経験不足」である。顧客ニーズの精査が不十分であるために失敗した事業開発の例は枚挙に暇がないことからも明らかなように、事業開発人材育成に当たっても現場視点の育成は不可欠である。一方で、「『国内の既存事業で得た強みを活かそうとする想いが強く、現地ニーズやペルソナの把握が甘いまま海外展開を進めた』といったものも見られる」(自動車メーカー関係者)等の声も聞かれるように、企業における日常業務の中だけでは現場視点を育むことは難しいといった課題が浮き彫りとなった。

2点目の課題は、「社外人材との協業経験不足」である。

「オープンイノベーション」といった言葉が聞かれるようになり久しいが、企業の現場においても、自社内に留まらず、社外の人材と協業して事業開発を推進していくことが求められている。しかし、背景事情が異なる社外人材とのコミュニケーションは社内の人材同士のみで通じる“常識”頼りのコミュニケーションとは異なるため、社外人材との協業体制の円滑な構築には一定の慣れが必要となる。

意見交換を行った企業においても、「普段、異業種の方とフラットに実戦の場で協業を行う経験は少なく、非常に貴重な機会である」(電機メーカー人事担当者)等、当キャンプへの期待の声が聞かれた。また、地域の方と交流を重ねながらリアルな地域課題の解決に取り組む点を当キャンプの特徴と評価し、「当キャンプへの参加をきっかけとした、研修フィールド地域と、その地域に位置する自社支店との協業を期待したい」(旅行会社事業開発担当者)といった声も聞かれた。更には、単なる協業経験の蓄積に留まらず、「地方部では、『全国企業のブランド』よりも地場企業との顔が見える関係性の方が重視されるケースも多く、自社の人材にとってはある意味アウェイとも言える。そのアウェイの場で事業開発経験を積むことは、本人の内省にも大きな効果をもたらすことが想像できる」(保険会社人事担当者)といったように、社員のキャリア発達(社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現していく過程)への効果を期待する声も聞かれた。 企業の事業開発人材育成に関しては、社内での業務経験蓄積のみでは解決が難しい課題が浮上していることが上記意見交換からも判明した。また、今後事業開発人材育成に本格的に取り組む企業のみならず、既に越境学習プログラムを取り入れている企業からも、事業開発過程における内省面も重視した当キャンプへの期待の声が聞かれたことからも、当キャンプのニーズは一定程度存在していると判断した。

②地域の課題意識

自治体や地域金融機関、地方創生と関わりの深い有識者等と「地域課題解決の推進」を中心に意見交換を行ったところ、特に以下の2点が大きな課題であることが確認できた。

まず1点目の課題は、「地域内での議論の行き詰まり」である。

少子高齢化や人口流出等が都市部にも増して課題となっている地域においては、既に様々な形で地域課題解決を目指した官民連携プロジェクトがスタートしている。一方で、地域の関係者内のみで議論し続けても新たな提案が出ず、「中山間地域である当町には、外部人材の力は不可欠である」(地方自治体企画担当者)というように、外部の知見を取り入れた地域課題解決を求める自治体の声が複数聞かれた。

特に、「企業の中で通常行われている検討方法や整理方法も、地域にとっては斬新に見えることがあり、地域人材育成の点からも意義深い」(地域金融機関関係者)等と、地域は企業人材に対して、専門性のみならずプロジェクトの進め方についても期待を寄せている事が分かった。

2点目の課題は、複雑化する「地域課題解決への新たなアプローチ」である。

既に、地域における個別企業の経営課題の解決に関しては、副業・兼業人材と企業等をつなぐマッチングプラットフォームサービスが充実してきており、「取引先の本業支援として副業人材も含めた人材紹介支援を充実させている」(地域金融機関関係者)との声も複数聞かれている。他方で、地場産業の活性化やコロナ禍での観光再生に関しては、まちづくり会社、地域商社、DMO(Destination Management Organization)等がそのミッションを担うものの、扱う領域も多岐に渡り、求められる能力やスキルを有する人材をピンポイントで外部から採用することは決して容易ではない。例えば、「事業アイディアは、地域内に留まらず、目的に応じて多様な都市部人材とのディスカッションで磨きをかけている」(地域商社関係者)との声もあった。また、「個社課題と比べて地域が抱える社会課題は漠としており、副業人材とのマッチングを試みるものの、実情は厳しく、課題の捉え方から再考する必要がある」(地域金融機関関係者、非営利団体関係者)との声も聞かれた。つまりは外部人材の採用マッチングに留まらない、新たな解決アプローチの必要性が示唆された。

これまでに企業における事業開発人材育成に関する課題として現場視点や社外人材との協業経験不足、そして地域課題解決の推進に際して外部知見の活用、人材マッチングを超えた新たな解決アプローチの必要性があることを見てきた。

当社では、上記を解決する手段として、人材マッチングより多様なアイディアや価値観を持つ企業人材と地域の双方が、地域課題を題材として学び合う場を作り出すことが、むしろ有用なアプローチの一つとなるのではないかと考え、当キャンプのプログラム開発を行うこととした。

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