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循環型経済(サーキュラーエコノミー)に対応した化学物質管理が求められる自動車産業

車両設計・廃車管理に関するEUの新たな規則案(2/3)

2024年1月
みずほリサーチ&テクノロジーズ サステナビリティコンサルティング第2部
堀 千珠、後藤 嘉孝

2. 新規則案の内容(つづき)

(4)欧州委員会・加盟国が対応すべき主な事項

新規則案では、欧州委員会および加盟国に対し、新規則案を運用する立場から、①循環型設計の促進、②リサイクル目標の設定、③拡大生産者責任の適用、④廃車処理の改善、⑤廃車の「行方不明」防止、の各項目に関する規定を設けている(図表2)。


図表2 欧州委員会・加盟国の対応事項に関する主な規定

左右スクロールで表全体を閲覧できます

項目 規定内容 条項
循環型設計の促進 【欧州委員会】車両の再使用・再利用・再生率の算定・検証方法を定めた法を施行する 第4条3
【欧州委員会】循環車両パスポートの規則を定めた法を施行する 第13条6
リサイクル
目標の設定
【加盟国】廃車処理において、下記の目標を達成できるようにする
(a)毎年、バッテリーを除いた自動車の平均重量の最低95%を再使用または再生する
(b)毎年、バッテリーを除いた自動車の平均重量の最低85%を再使用または再利用する
第34条1
【加盟国】廃棄物管理業者に持ち込まれる廃車に含まれる年間プラスチック総重量の最低30%が再利用されるようにする 第34条2
拡大生産者
責任への対応
【加盟国】生産者による拡大生産者責任の履行を監視・検証する機関を定める 第14条1
【加盟国】拡大生産者責任の履行状況に関する報告を受けるための生産者登録簿を作成する 第17条1
【加盟国】第16条に定める拡大生産者責任の履行に違反に対する効果的な罰則を定める 第48条
廃車処理の
改善
【加盟国】部品・コンポーネントの再使用等を促進するために必要なインセンティブを設ける 第33条1
【加盟国】ポストシュレッダー技術で処理されない不活性廃棄物の埋め立てを禁止する。 第35条
【加盟国】毎年、認可廃車処理業者の最低10%以上に対する検査を行う 第46条2
廃車の「行方不明」防止 【欧州委員会】新規則案の附属書Iに記載された廃車基準に合致する車両や、自国で走行可能でないと判断された車両の輸出を禁止する 第38条3
【加盟国】欧州委員会の整備する車両情報の電子システム(MOVE-HUB)を自国の車両登録簿や道路適格性に関する電子システムと相互接続する 第45条3
  1. 出所:新規則案(COM (2023) 451 final)*4を基にみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

これらのうち、特に注目されるのが、

  • 車両の再使用・再利用・再生率の算定・検証方法を定めた法の施行
  • 部品の安全な取り出し方や交換に関するデジタル情報を備えた「循環車両パスポート」に関する規則を定めた法の施行
  • 欧州委員会の整備するMOVE-HUBと加盟国の電子システムの相互接続

といった、新たな仕組みづくりに関する規定である。こうした仕組みづくりは、新規則案が成立した後に、さまざまな議論を経て固まっていくことになるが、その影響は自動車産業を取り巻く幅広い事業者に及ぶと予想される。加盟国が拡大生産者責任の履行違反に対して効果的な罰則を定めるという点も、製造業者、輸入業者、販売業者にとっては留意すべき事項であるといえる。

このほか、欧州委員会や加盟国には、リサイクル処理できる台数を増やしたり、EU域外での廃車走行による環境汚染を防いだりする観点から、年間約350万台にものぼる、輸出や不法投棄などに伴う廃車の「行方不明」の防止に取り組んでいくことも求められている。

3. 自動車メーカーの直面する課題

欧州自動車工業会は、リサイクル材料の需給の不均衡や技術のギャップの存在を十分に調査していないことに懸念を示しており*8、新規則案に対応していくことは、自動車メーカーにとって容易ではないものと予想される。特に「型式認証される車両につき、使用されるプラスチックの25%以上を再生プラスチックとし、そのうちさらに25%を廃車由来のものとする」という新規則案第6条1の目標はかなり野心的なもので、その実現に向けて自動車メーカーは頭を悩ませることになるだろう。主な課題としては、以下の2点が挙げられる。

課題1:法規制に対応した化学物質管理

1点目の課題は、自動車に含まれる化学物質の管理の強化である。自動車由来の再生プラスチックに含まれる化学物質が、新車の発売当時は「適法」であった場合でも、再生材として利用される時点では「規制対象」とされている可能性がある(図表3)。


図表3 自動車のライフサイクルと規制対象物質数のイメージ図
図表2

  1. 出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

たとえば、EUにおいて、高懸念物質(Substances of Very High Concern、SVHC)と呼ばれる物質は法順守のために、リサイクル材料であっても含有の確認が必要となる。SVHCは2024年1月現在で234物質あるが(図表4)、「持続可能な化学物質戦略*9」に基づく化学物質管理規制の強化のもとで、今後も年間10物質程度追加されることが想定され、10年を超える自動車の寿命が終わるまでには、SVHCだけでも100物質以上の“未把握の規制対象物質”が存在し、再生材利用時の課題になると見込まれる。PFASと呼ばれる10,000種類以上の有機フッ素化合物の規制も検討されており、実際には“未把握の規制対象物質”はさらに多くなる可能性が高い。


図表4 EUにおける高懸念物質(SVHC)数の推移
図表2

  1. 出所:欧州化学品庁(ECHA)公開資料*10を基に、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

課題2:再生プラスチックのコストおよび供給安定性

2点目の課題は、再生プラスチックのコストおよび供給安定性である。新規則案第6条1の目標達成に向けて、自動車メーカーには廃車からのプラスチックの回収がこれまで以上に求められる。特に破砕機(シュレッダー)で処理され、金属等の選別・回収が行われた後、最終的に残る自動車シュレッダーダスト(Automobile Shredder Residue、ASR)からは、さらなるプラスチック回収の余地がある。しかしながら、ASRに含まれるプラスチックは、取り扱いコストが高いため、解体業者や破砕業者の回収に対するインセンティブが低いことが指摘されている*11。新規則案ではASRのマテリアルリサイクル技術(Post Shredder Technology、PST:廃プラスチックをプラスチック製品の原料として再利用する技術等を指す)を経ない廃棄物の埋め立てを禁止する条項(35条)も加わっており、これも今後、リサイクルコストの低下を妨げる要因となりかねない。

加えて、再生プラスチックには性能劣化、塗装片、臭いなどの問題もあり、自動車メーカーによる低価格で良質な再生プラスチックの安定調達が早期に実現するとは見込みにくい。

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サステナビリティコンサルティング第1部、第2部03-5281-5282

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