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循環型経済(サーキュラーエコノミー)に対応した化学物質管理が求められる自動車産業

車両設計・廃車管理に関するEUの新たな規則案(1/3)

2024年1月
みずほリサーチ&テクノロジーズ サステナビリティコンサルティング第2部
堀 千珠、後藤 嘉孝

1. はじめに

ヨーロッパでは毎年、600万台以上の車両が使用を終えて廃車となっており、これらの車両が適切に回収されずに廃棄・輸出されることは、銅や希土類永久磁石(REPM)などの貴重な資源の損失や、EU内外の環境汚染につながるおそれがある。こうした中、EU内では現在、廃車に関する主な規制として、関連業者が廃車回収・処理の施設およびシステムを構築するために必要な措置を講じることを定めた廃車(End-of Life Vehicles、ELV)指令(2000/53/EC)*1や、再使用(reuse)、再利用(recycle)、再生(recovery)の可能性に関する自動車の型式認証(type-approval)について定めた3R型式認証指令(2005/64/EC)*2が設けられている。

しかし、欧州委員会(EC)が2019年以降にグリーンディール政策を推し進める中で、2020年3月に発表された新循環型経済行動計画(COM (2020) 98 final)*3では、より循環的なビジネスモデルの促進や、素材別のリサイクル率の設定を推進していく観点から、自動車の設計段階から廃車処理を見越した対策が実施できるよう、既存の規制を見直す方針が打ち出された。その後、廃車指令と3R型式認証指令を統合して置き換える方向で検討が進められ、ECが2023年7月に「車両設計および廃車の管理に関する循環性要件」についての新たな規則案(COM (2023) 451 final)*4を公表するに至った。この規則案は、2023年12月に議会審議前の意見(feedback)受付期間が終了し、今後、EUの閣僚理事会と欧州議会において、立法に向けた審議が行われる予定である。従来の規制が、各国における国内法制定を経て効力を持つことになる「指令」であるのに対し、新たな規制は、加盟国の国内法として制定し直されることなく、全ての加盟国で直接適用される「規則」として準備が進められており、その強制力は強まることになる。

使用されるプラスチックの25%以上を再生プラスチックとすることや、新たに販売される車両に部品の安全な取り出し方や交換に関するデジタル情報を備えた「循環車両パスポート」を付けることなどが盛り込まれた、この新たな規則案(以下、新規則案)は、わが国の主要輸出産業の1つである自動車産業の事業戦略にも影響を及ぼすと予想される。本稿では、新規則案について説明するとともに、事業者が新規則案の施行に向けて対応すべき化学物質管理上の課題について考察することとする。

2. 新規則案の内容

新規則案の対象となる車両の種類は、発効時点では一般的な四輪乗用車や貨物自動車(車両カテゴリーM1、N1)に限られるが、発効から60カ月後には現行のELV指令の対象外である大型車両や二輪バイク・軽四輪車等(同M2、M3、N2、N3、O、L3e、L4e、L5e、L6e、L7e)についても、規制の一部(例:拡大生産者責任や廃車の回収に関連する条項)が適用されることになる。

新規則案の特徴は、車両の設計から市場への投入、使用済の最終処理に至るまで、車両のライフサイクルにおける全ての段階をカバーしていることで、その内容は広範囲にわたる。主なポイントは、①循環型設計の促進、②リサイクル目標の設定、③拡大生産者責任の適用、④廃車処理の改善、⑤廃車の「行方不明」防止、の5つであり、新規則ではこれらについて、主な関係者(製造業者、輸入業者・販売業者、認可廃車処理施設、欧州委員会・加盟国)が対応すべき各種規定を設けている。

(1)製造業者が対応すべき主な事項

新規則案では、製造業者(自動車メーカー)に対し、主に前述の①~③のポイントを踏まえ、循環型設計への対応、リサイクル目標の達成、拡大生産者責任(Extended Producer Responsibility、EPR)への対応、に関する対応を求めている。その概要は、図表1のとおりである。


図表1 製造業者の対応事項に関する主な規定

左右スクロールで表全体を閲覧できます

項目 規定内容 条項
循環型設計
への対応
    再利用に適する特定の部品・コンポーネント等の取り外しを妨げないよう車両を設計する
第7条1
新しい車種ごとに循環性戦略を作成する 第9条1
以下の材料のリサイクル含有割合を当局に申告する
(ネオジム、ジスプロシウム、プラセオジム、テルビウム、サマリウム、電気自動車用モーターの永久磁石中のホウ素、アルミニウム・マグネシウムおよびその合金、鋼)
第10条1
廃棄物管理業者や修理・メンテナンス業者に対し、EV電池や部品・コンポーネント等の安全な交換・取り外しのための情報を提供する 第11条1
部品・コンポーネント等のラベル表示を行う 第12条1
新たに販売される車両に循環車両パスポートを付け、第11条に記載された部品情報等を電子媒体で無償提供する 第13条1-2
リサイクル
目標の達成
    型式認証される車両について、以下の条件を満たすように製造する
    (a)最低でも質量85%まで再使用または再利用可能
    (b)最低でも質量95%まで再使用または再生可能
第4条1
型式認証される車両につき、使用されるプラスチックの25%以上を再生プラスチックとし、そのうちさらに25%を廃車由来のものとする 第6条1
拡大生産者
責任への対応
    廃車回収システムの構築に対する責任や、認可廃車処理施設が法に則り適切な処理を行えるよう支援する責任を負う
第16条
廃車回収費用、スペア部品等の売上分を除いた廃車処理費用、廃車回収の啓発キャンペーン費用等への資金拠出を行う 第20条1
  1. 出所:新規則案(COM (2023) 451 final)*4を基にみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

循環型設計に関しては、EV電池や電気自動車用モーターの中のレアアースを含む多様な資源を回収しやすいよう、戦略的に再使用・再利用・再生を意識した設計、ラベル表示、情報提供を行うことなどが、製造業者に求められている。

また、製造業者自らも再使用・再利用・再生に取り組み、規則発効から72カ月後までに第4条1や第6条1の目標を達成する必要がある。なお、第6条には、リサイクル含有割合の申告が求められている第10条1の記載品目についても、今後リサイクル目標値の設定が検討される旨が記載されている。

さらに、製造業者には、拡大生産者責任の観点から、廃車処理の改善に資する廃車回収システムの構築等に対する貢献や資金拠出も求められている。

なお、自動車製造における化学物質の使用については、欧州の化学物質管理規制であるREACH規則*5、残留性有機汚染物質に関するPOPs規則*6、欧州バッテリー規則*7に定められた制限を適用する旨や、現行のELV指令で定められている鉛、水銀、カドミウムおよび六価クロムの制限を継続する旨が、第5条に記載されている。これらの点に関しては、新規則案への移行に伴う実質的な変更はない。ただし、新規則案には、車両に使われている懸念物質の情報提供に関する措置や、廃車リサイクルの品質に悪影響を及ぼしうる懸念物質に対処するための追加措置の必要性について、欧州委員会が報告書をまとめるとの記載もあり(第55条)、これらの措置に関する新たな規定を設ける余地が中長期的に残されている。

(2)輸入業者、販売業者が対応すべき主な事項

新規則案では、EU内において初めて対象車両を商業目的で供給する事業者も「生産者」と定義しており、これに該当する輸入業者や販売業者も、製造業者と同様に(1)で述べた拡大生産者責任への対応を求められることになる。なお、拡大生産者責任への対応にあたっては、企業単位でなく、ほかの「生産者」(製造業者、輸入業者、販売業者)と「生産者責任組織(producer responsibility organization)」を設立することも認められている。

(3)認可廃車処理施設が対応すべき主な事項

認可廃車処理施設に対しては、前述した新規則案の5つのポイントのうち、主に④の廃車処理の改善に関する規定が設けられている。具体的には、廃車を破砕する前に、EV電池や電気自動車用モーターの中のレアアースといった価値のある部品・コンポーネント(下記参照)を取り外すことや(第27条3(c))、廃車およびその部品、コンポーネント、素材を包装廃棄物や電気・電子機器廃棄物と混合しないこと(第28条3)などが求められている。

<取り外し義務のある部品・コンポーネント>

電気自動車用電池、電気自動車用モーター、SLIバッテリー、エンジン、触媒コンバーター、ギアボックス、フロントガラス・ガラス製の後窓・側面窓、ホイール、タイヤ、ダッシュボード、音響・ナビゲーション等の情報娯楽システム、ヘッドライト(差動装置を含む)、ワイヤハーネス、バンパー、流体容器、熱交換機、10kgを超えるその他の単一材料の金属構成部品、10kgを超えるその他の単一材料プラスチック部品、電気・電子機器コンポーネント(電気自動車のインバーター、表面積が10cm2を超えるプリント回路基板、表面積が0.2m2を超える太陽光発電パネル、自動変速機のコントロールモジュール・バルブボックス)

  1. 出所:新規則案(COM (2023) 451 final)*4附属書VIIよりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成
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