
1. はじめに
米国の環境保護庁(EPA)は、有機フッ素化合物(PFAS)について、2021年10月に戦略ロードマップ(PFAS Strategic Roadmap)を公表し、規制の強化に取り組んでいる。そのうち、重要な事項として2021年6月にEPAは、2011年以降にPFASを含む商品を製造・輸入した事業者に対し、商品中に含まれるPFAS含有量、廃棄量、環境・健康影響情報等を報告・記録することを求める規則案を公表した*1。当初、この規則案は一部修正のうえで2022年初め頃に固まる予定だったが、その後、小規模企業に及ぼす影響の精査を行ったことなどから遅れが生じ、2023年9月にようやく最終的な規則*2が示され、2023年10月11日付官報(88 FR 70516、有害物質規制法(TSCA) 8条 (a) (7) Reporting and Recordkeeping Requirements for Perfluoroalkyl and Polyfluoroalkyl Substances)として公示されるに至った。
本稿では、この最終規則の内容について解説することとする。
2. PFAS情報報告・記録保持規則の概要
EPAのニュースリリースによれば、今般示されたPFASに関する情報報告・記録保持規則(以後、本規則)の対象となる物質数は1,462以上で、対応に伴う産業界のコストは8億~8億4300万ドルにのぼる*3。他の米国の有害物質規制法に基づく報告規則では、小規模企業の報告が免除されていたり、報告免除の閾値が設けられていたりするケースがあるが、本規則では、こうした免除は行われない。ただし、後で述べるとおり、報告者の負担を軽減するための一定の配慮はなされている。
報告者は、2011年以降に商業目的でPFASを含む商品を製造・輸入した事業者で、同年から継続して製造・輸入している場合には、10数年に及ぶPFAS関連情報の提出が必要となる。報告は、EPAの電子システム(Central Data Exchange, CDX)を通じて、報告者ごとに原則として各1回、行われる。企業機密情報(CBI)扱いの要望についても、実証書類を揃えたうえで同時に届け出る必要がある。報告者の記録保持期間は5年である。
報告期限は、原則として本規則が施行される2023年11月13日から18カ月後(2025年5月13日)となるが、PFASを含む商品の輸入のみが報告対象となる小規模企業の提出期限は24カ月後(2025年11月13日)と、長めに設定されている。
3. 規則の具体的な内容
本規則には、報告対象となるPFASの範囲、報告すべき内容、報告フォーム等が明記されている。
(1)報告すべきPFASの範囲
本規則で定めるPFASの範囲は以下の①~③である。2021年6月の法案公表段階では、①のみが対象として想定されていたが、ノースカロライナ州の川で汚染が発覚した化学物質と類似するPFAS物質を対象に含むなど、PFAS物質の利用状況をより幅広く捉える観点から、②と③も本規則の範囲に加えられた。
① R- (CF2) -CF (R') R''(CF2およびCF部分の両方が飽和炭素である場合)
② R-CF2OCF2-R'(RおよびR'は、F、Oまたは飽和炭素のいずれか)
③ CF3C (CF3) R'R''(R'およびR''はFまたは飽和炭素のいずれか)
出所:PFASに関する情報報告・記録保持規則*2よりみずほリサーチ&テクノロジーズが仮訳
EPAは、上記の範囲に該当する化学物質をTSCAのインベントリや少量免除(LVE)届出物質等からピックアップして、同庁の化学物質ダッシュボード(CompTox Chemicals Dashboard*4)上でリスト掲載することを予定している。ただし、このリストに掲載されていない物質でも、TSCAの第3章A.2に明記されている「化学物質」の定義に該当し、2011年以降に商業目的で製造・輸入された場合は、本規則の対象である。
(2)報告内容
報告者は、「知っている、または合理的に確認できる(Known to or reasonably ascertainable、KRA)」範囲で、以下の内容をEPAに報告することが求められる。なお、環境および健康への影響の報告については、OECDの調和テンプレート(IUCLID 6)を利用して報告することが求められる。
- 各化学物質または混合物の対象となる一般名または商品名、化学的同一性および分子構造
- 各物質または混合物のカテゴリまたは提案された使用カテゴリ
- 製造または処理された各物質または混合物の総量、使用の各カテゴリで製造または処理された量、およびそれぞれの提案された量の合理的な見積もり方法
- 各物質または混合物の製造、処理、使用、または廃棄に起因する副生成物の説明
- 各物質または混合物の環境および健康への影響に関する既存の全ての情報
- 職場で各物質または混合物に暴露された個人の数、および暴露される個人の数に関する合理的な見積もり、および暴露期間
- 各物質または混合物の廃棄方法または方法、およびその方法または方法の変更
出所:PFASに関する情報報告・記録保持規則*2よりみずほリサーチ&テクノロジーズが仮訳
「知っている、または合理的に確認できる」の範囲は連邦規則集(CFR)705.3に定義されており、「所有又は管理しているすべての情報に加えて、同様の状況にある合理的な人が所有し、管理し、又は知っていると予想されるすべての情報」が含まれる。具体的には、マーケティング調査、販売報告書、顧客調査、安全性データシート(SDS)、サプライヤー通知情報、米国化学会のCAS登録情報等をはじめとする、TSCA 8条 (a) (7)に基づく報告義務を有する他の企業やその従業員等が有する各種情報が報告対象となる。このため、報告者としての責務を負う企業自体がPFASに関する情報を直接持ち合わせていない場合でも、主要な顧客のウェブサイトを閲覧したり、PFAS含有が確認・推測できる商品について、化学物質の名称、CAS登録番号、分子構造等を仕入れ先へ問い合わせたりするといった合理的な確認を怠った場合、責務を果たしていないとみなされうる点に注意が必要である。
一方で、製造・輸入業者が生産数量以外の特定のデータ要素について知らず、合理的な見積りもできない場合には、当該データについて「不明・合理的に確認できない(Not known or reasonably ascertainable、NKRA)」旨を報告することが可能である。
(3)報告形式
EPAに提出する報告フォームには、一般フォームに加え、商品輸入者向け簡易フォームや少量R&D物質向け簡易フォームがある(下表)。後の2つのフォームは、PFAS関連情報の入手が困難なケースや取扱量の観点から比較的リスクが低いとみられるケース向けに、報告者の事務負担を軽減する観点から整備されたものとして位置づけられる。
このほか、PFASメーカー・輸入業者(商品輸入者は除く)が化学物質の各種識別番号(例: CAS登録番号、TSCAに基づく登録番号やLVE届出番号等)を知らず、サプライヤーから情報を入手できない場合には、「知っている、または合理的に確認できる」情報をまとめたうえで、サプライヤーからEPAに識別情報を提供するよう申請することができる「共同提出」の仕組みも設けられている。
PFASに関する情報報告・記録保持規則の報告フォーム
種類 | 主な留意点 |
---|---|
一般フォーム |
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商品輸入者向け 簡易フォーム |
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少量R&D物質向け 簡易フォーム |
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出所:PFASに関する情報報告・記録保持規則*2よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成
4. 結び
本規則では、報告者の負担を軽減するための一定の配慮はなされたものの、小規模企業の報告免除や報告免除の閾値設定が行われておらず、幅広い報告者に対し、場合によっては大量かつ長期にわたる情報提供を求めている。このため、事業者からは反発の声も少なくない。
一方、EPAはPFAS戦略ロードマップにおいて、科学的根拠に基づく意思決定を確保することを重要視しており、本規則が「PFASの理解向上と人々をPFASから効果的に保護するうえで、ゲームチェンジャーになる*3」ことを期待している。今後、EPAが事業者の声に配慮しつつ、どのような形で本規則の運用を図っていくことになるか、注視したい。
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*1PFASに関する情報報告・記録保持規則案
https://www.regulations.gov/document/EPA-HQ-OPPT-2020-0549-0001 -
*2PFASに関する情報報告・記録保持規則(米国官報:2023年10月11日付)
(PDF/667KB) -
*3
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*4
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