1. はじめに
欧州の化学物質管理規制であるREACH規則において、有機フッ素化合物(PFAS)を規制する提案が、2023年1月13日にデンマーク、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの5つの当局から共同で欧州化学品庁(ECHA)に提出され、2月7日に公表*1された。本規制提案は欧州で最大級の化学物質管理規制になるとされている。
PFASはその環境残留性や生態蓄積性から、永遠の化学物質(Forever Chemicals)と呼ばれ、また人への有害性が懸念されている。PFASを製造するメーカーの1つである米スリーエム(3M)は2022年12月20日、2025年末までにPFAS製造を中止すると発表*2しており、また日本においても環境省が「PFASに対する総合戦略検討専門家会議*3」を2023年1月に立ち上げるなど、世間の注目も高まりつつある。
本稿では、この欧州PFAS規制提案の内容を解説する。ただし今後のパブリックコンサルテーションを踏まえて内容が修正される可能性があるため、2023年2月時点の情報である点にご留意いただきたい。なお、世界各国のPFAS規制の全体像については、「グリーン・ケミストリー推進に向けた戦略のあり方 ―化学物質PFASの規制の広がりと欧米企業の対応の最前線―」を参照されたい。
2. 欧州におけるPFAS規制の概要
欧州では、10,000種類以上のPFASの製造・上市・使用(輸入を含む)を制限する規制案が提出*4された。PFASは、環境中で永続的であり、それらの放出が最小限に抑えられない場合、人、植物、動物は益々ばく露され、その濃度は人の健康と環境に悪影響を与えるレベルに達するとしている。提案では、何らかの対策が講じられない限り、今後30年間で約440万トンのPFASが環境に放出されると推定されている。
10,000種類以上を超える全てのPFASについての規制が発行した場合(2025年中予定とされている)、18カ月間の移行期間の後、企業は製造・上市・使用(輸入を含む)が制限される。PFASが制限される用途の中には、焦げ付き防止の調理器具、スキー用ワックス、化粧品、洗浄剤などの消費財への用途も含まれる。また医療機器や産業への用途など代替手段がまだなく、代替手段の特定・開発に時間がかかる一部の用途・適用先については、18カ月間の移行期間に加えて、特例としてさらに5年間または12年間の猶予期間が提案されている。
今回の規制提案策定の中心となったオランダ国立公衆衛生環境研究所(RIVM)は、報道発表*5において「PFASの代替物質は現在、存在しない、または今後も代替物質が見つからない場合もある。提案の正式な提出自体が、企業はPFASの代替手段を探す必要があるという明確なシグナルである」としており、企業はPFAS代替手段の確保が求められることになるだろう。
3. 規制の具体的な内容
基本的には、「少なくとも1つの完全にフッ素化されたメチルまたはメチレン炭素原子(H/Cl/Br/I原子が結合していない)を含むフッ素化物質」が制限の対象となり、対象となるPFASの数は10,000種類以上となる。ただし、環境中で分解することが判明している一部の物質については除外される。ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等のフッ素樹脂や高分子(ポリマー)も対象となる。幅広い産業において使用されていることから、製造業への多大な影響は避けられないだろう。
また特例(猶予期間)が提案されている用途として、他法令で規制されている物質、または用途ごとに代替手段の有無、必要性の検討を踏まえた猶予期間の提案が行われている。また、製品におけるPFASの濃度による除外もある。
(1)対象となる濃度
PFASは全ての物質の分析法が確立しているわけではないため、すでに分析法が定まっている個別のPFASの規制閾値および全PFASに対する閾値が定められている。
- 個別のPFASに対するターゲット分析の結果、個別物質ごとに25ppb以上(定量から除外された高分子PFASを除く)
- 個別のPFAS(前駆体はオプションとして測定)に対するターゲット分析の結果、PFASの合計値が250ppb 以上(定量から除外された高分子PFASを除く)
- 全てのPFAS(高分子PFASを含む)について、50ppm以上。測定は、全フッ素分析が行われ、50mgF/kgを超える場合には、製造・輸入事業者または使用者は、当局からの要請に応じてPFASまたはPFASの対象ではないフッ素化合物それぞれの濃度の証明書を当局に提出するものとする。
出所:PFAS制限提案*4よりみずほリサーチ&テクノロジーズが仮訳
(2)他法令で規制されている物質の免除
以下の他法令で記載されている物質については、本規制が免除される。
- 殺生物性製品規則 EU 528/2012に定められた殺生物剤製品
- 植物保護製製品規則(EC)1107/2009に定められた植物保護製品
- 人間用および動物用医薬品
出所:PFAS制限提案*4よりみずほリサーチ&テクノロジーズが仮訳
ただし上記の免除対象となる物質であっても規制の施行後18カ月の移行期間の後、2年に1回、以下の内容をECHAに届け出る必要がある。
- 使用目的の対象となる免除要件
- 前年に市場に出された物質の識別情報および量
(3)用途ごとの特例(猶予期間)
用途ごとの特例(猶予期間)は、化学品およびポリマーに分けて整理されており、またパブリックコンサルテーションの意見を踏まえて検討される用途が挙げられている。
ただし猶予期間が設定される用途であっても、報告が必要とされている多くの用途については、規制の施行後18カ月の移行期間の後、毎年3月31日までに以下の内容をECHAに届け出る必要がある。
- 使用目的の対象となる免除要件
- 前年に市場に出された物質の識別情報および量
報告の対象となっていないパラグラフ5または6の特例(下表)を利用するフッ素樹脂およびパーフルオロポリエーテルの輸入事業者および下流の使用者は、以下を含む事業所固有の管理計画を策定する必要がある。管理計画は、毎年見直され、要請に応じて執行当局による検査に利用できるようにしなければならない。
- 使用されている物質や製品の識別情報
- 使用の正当性
- 使用条件と安全な廃棄に関する詳細
特例の対象として提案されている化学品
パラグラフ | 番号 | 用途・製品 | 猶予期間 | 報告対象 |
---|---|---|---|---|
5 | a | PFAS高分子の製造における助剤。ただし、PTFE、PVDFおよびFKMの生産には適用されない | 6.5年 | |
5 | b | 規則(EU)2016/425、附属書I、リスク区分III(a)および(c)に規定されたリスクから使用者を保護することを目的とした個人用保護具 (PPE) に使用される繊維製品 | 13.5年 | ○ |
5 | c | 規則(EU)2016/425、附属書I、リスク区分III(a)-(m)に規定されたリスクから使用者を保護することを目的とした専門的な消防活動における個人用保護具(PPE)に使用される繊維製品 | 13.5年 | ○ |
5 | d | 5bおよび5cの物品の再含浸のための含浸剤 | 13.5年 | ○ |
5 | e | 撥水性と撥油性の組み合わせを必要とする工業的または専門的な環境におけるハイパフォーマンスの空気および液体用途に使用されるろ過および分離媒体に使用するための繊維製品 | 6.5年 | |
5 | f | -50℃以下の低温冷凍装置の冷媒 | 6.5年 | ○ |
5 | g | 実験室の試験測定機器の冷媒 | 13.5年 | ○ |
5 | h | 冷却遠心分離機の冷媒 | 13.5年 | ○ |
5 | i | 規制施行後猶予期間18カ月以前に市場に投入された既存のHVACR機器のうち、代替物質が存在しない機器のメンテナンスおよび補充 | 13.5年 | ○ |
5 | j | 国の安全基準および建築基準によって代替品の使用が禁止されている建物のHVACR装置の冷媒 | 期限なし | ○ |
5 | k | 工業用精密洗浄油 | 13.5年 | ○ |
5 | l | 酸素が豊富な環境で使用するための洗浄液 | 13.5年 | ○ |
5 | m | クリーン消火剤(現在の代替品が、保護対象の資産に損害を与えるか人の健康にリスクをもたらす場合) | 13.5年 | ○ |
5 | n | 診断検査機器 | 13.5年 | ○ |
5 | o | 航空機および航空宇宙産業の油圧システム(制御弁を含む)の腐食防止/腐食防止のための作動油への添加剤 | 13.5年 | ○ |
5 | p | 機械式コンプレッサーを搭載した燃焼エンジン車の空調システムの冷媒 | 6.5年 | ○ |
5 | q | 船舶用以外の輸送用冷凍機の冷媒 | 6.5年 | ○ |
5 | r | 高圧開閉装置の絶縁ガス(145kV以上) | 6.5年 | ○ |
5 | s | 過酷な条件下で使用される潤滑剤、または安全な機能と機器の安全のために使用が必要な潤滑剤 | 13.5年 | ○ |
5 | t | 測定機器の較正および分析用標準物質 | 期限なし | ○ |
出所:PFAS制限提案*4よりみずほリサーチ&テクノロジーズが仮訳
特例の対象となる可能性の化学品※
パラグラフ | 番号 | 用途・製品 | 猶予期間 | 報告対象 |
---|---|---|---|---|
5 | u | 自動車産業で使用される騒音・振動絶縁用エンジンベイに使用される繊維製品 | 13.5年 | ○ |
5 | v | 硬質クロムめっき | 6.5年 | |
5 | w | 建物の断熱材用に現場で噴霧される発泡フォームの発泡剤 | 6.5年 | ○ |
5 | x | 3D印刷における溶剤ベースの脱バインダーシステムの工業的および専門的使用 | 13.5年 | ○ |
5 | y | ポリマー3D印刷用途の平滑剤の工業的および専門的使用 | 13.5年 | ○ |
5 | z | 不燃性とスプレー品質の高い技術的性能が要求される用途向けの技術的エアロゾル用噴射剤 | 13.5年 | ○ |
5 | aa | 紙の文化資料の保存 | 13.5年 | ○ |
5 | bb | 洗浄と熱伝達:医療機器用のエンジニアリング流体 | 13.5年 | ○ |
5 | cc | 医療機器の通気用膜 | 13.5年 | ○ |
5 | dd | 軍用車両の空調に使用される冷媒 | 13.5年 | ○ |
5 | ee | 半導体の製造工程 | 13.5年 | ○ |
※パブリックコンサルテーションの意見を踏まえて検討される
出所:PFAS制限提案*4よりみずほリサーチ&テクノロジーズが仮訳
特例の対象として提案されているポリマー
パラグラフ | 番号 | 用途・製品 | 猶予期間 | 報告対象 |
---|---|---|---|---|
6 | a | 工業的および専門的使用の食品・飼料生産を目的とした食品接触材料 | 6.5年 | |
6 | b | 埋め込み型医療機器(メッシュ、創傷治療製品、チューブ、カテーテルを除く) | 13.5年 | ○ |
6 | c | 医療機器のチューブとカテーテル | 13.5年 | ○ |
6 | d | 定量噴霧式吸入器(MDI)のコーティング | 13.5年 | ○ |
6 | e | プロトン交換膜(PEM)燃料電池 | 6.5年 | |
6 | f | 石油および鉱業におけるフッ素樹脂の用途 | 13.5年 | ○ |
出所:PFAS制限提案*4よりみずほリサーチ&テクノロジーズが仮訳
特例の対象となる可能性のあるポリマー※
パラグラフ | 番号 | 用途・製品 | 猶予期間 | 報告対象 |
---|---|---|---|---|
6 | g | 工業的および専門的使用の耐熱皿の焦げ付き防止コーティング | 6.5年 | |
6 | h | ヘルニアメッシュ | 13.5年 | ○ |
6 | i | 創傷治療製品 | 13.5年 | ○ |
6 | j | 定量噴霧式吸入器以外の医療機器のコーティング用途 | 13.5年 | ○ |
6 | k | 硬質ガス透過性コンタクトレンズおよび眼科用レンズ | 13.5年 | ○ |
6 | l | PCTFEベースの医療用製剤、医療機器および医療用分子診断用のパッケージング | 13.5年 | ○ |
6 | m | 点眼剤包装におけるPTFE | 13.5年 | ○ |
6 | n | 最終滅菌された医療機器の包装 | 13.5年 | ○ |
6 | o | 輸送車両の安全に関連する適切な機能に影響を与えるアプリケーション、およびオペレーター、乗客または商品の安全に影響を与えるアプリケーション | 13.5年 | ○ |
※パブリックコンサルテーションの意見を踏まえて検討される
出所:PFAS制限提案*4よりみずほリサーチ&テクノロジーズが仮訳
4. 規制のスケジュール
PFAS代替手段の確保には、相当の時間と研究開発が必要である。2023年3月22日から6カ月間パブリックコンサルテーションが行われる予定となっており、業界・企業等は規制案に対する意見(特定の用途の特例等の意見)を提出することができる。その後、パブリックコンサルテーションの意見を踏まえて欧州化学品庁(ECHA)におけるリスク評価委員会(RAC)および社会経済分析委員会(SEAC)において、提案に対する科学的/社会経済的な評価が行われる。両委員会で意見が採択されれば、欧州委員会に送られ、PFASの制限について決定がなされる。早ければ、規制は2025年中に発効する可能性がある。
5. おわりに
PFASは、ネットゼロに向けたGHG削減・除去技術にも多く使用されており、今回の欧州のPFAS規制案の社会的な影響は非常に大きいものである。企業は、社会や自社の事業において必要不可欠なPFAS用途については、パブリックコンサルテーションにおける意見の提出によって特例(猶予期間)を確保しながら、PFASフリーな社会に向けて適正管理、使用削減、代替手段の探索を進めていく必要がありそうだ。
-
*1
-
*2
-
*3
-
*4
-
*5
本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。全ての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。