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循環型経済(サーキュラーエコノミー)に対応した化学物質管理が求められる自動車産業

車両設計・廃車管理に関するEUの新たな規則案(3/3)

2024年1月
みずほリサーチ&テクノロジーズ サステナビリティコンサルティング第2部
堀 千珠、後藤 嘉孝

4. 自動車メーカーの課題解決に向けたアプローチ ―化学物質管理の観点から―

課題2の解決に向けては、自動車メーカーだけでなく、自動車の流通業者や廃棄物管理業者を含めたサプライチェーン全体での取り組みや加盟国の支援が求められることとなるが、ここでは、コンプライアンスなどの観点から差し当たり単独で先行検討すべき、課題1 の“未把握の規制対象物質”に対応するための3つのアプローチを示すこととしたい。

アプローチ1:規制対象外の物質に関する情報伝達

第1の方法は、事前に規制対象物質以外についても幅広く情報伝達をしていくことである。EUのエコデザイン規則案*12では、非常に広い「懸念物質」の定義を採用し、この懸念物質をデジタル製品パスポートで伝達することを検討している。自動車の分野でもエコデザイン規則案と同じ懸念物質の定義が採用されていることから、EUでは循環車両パスポートにおいて規制対象以外の懸念物質も予め情報を伝達していくアプローチが進められていくと考えられる。


<エコデザイン規則案における「懸念物質」の定義>

第2条 定義
(28) 「懸念物質」とは、以下の物質を意味する。

  1. (a)規則 (EC) No 1907/2006の第57 条に定める基準を満たし、第59 条(1)に従って特定されている物質(SVHC)
  2. (b)CLP規則 附属書類VIのパート3 で、以下の有害性クラスまたは有害性カテゴリーのいずれかに分類される物質
  • 発がん性カテゴリー1 および2
  • 生殖細胞変異原性カテゴリー1 および2
  • 生殖毒性カテゴリー1 および2
    [規則 (EC) No 1272/2008が以下の有害性クラスを含んだ場合には、立法手続きの過程で追加:
    難分解性、高蓄積性、毒性(Persistent, Bioaccumulative, Toxic: PBT)
    非常に難分解性および非常に高蓄積性(very Persistent very Bioaccumulative: vPvB)
    難分解性、移動性および毒性(Persistent, Mobile and Toxic: PMT)
    非常に難分解性で非常に移動性(very Persistent very Mobile: vPvM)
    内分泌撹乱(Endocrine disruption)]
  • 呼吸器感作性カテゴリー1
  • 皮膚感作性カテゴリー1
  • 水生環境カテゴリー1~4 に対する慢性有害性
  • オゾン層への有害性
  • 特定標的器官毒性 - 反復暴露カテゴリー1 および2
  • 特定標的器官毒性 - 単回暴露カテゴリー1 および2
  1. (c)懸念物質が存在する製品中の材料の再使用およびリサイクルに悪影響を及ぼす物質
  1. 出所:エコデザイン規則案*12よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

アプローチ2:情報を遡及して確認できる仕組みづくり

第2の方法は、デジタル技術を用いて、過去にトレースバックできる仕組みを構築しておくことであろう。日本ではChemical Management Platform(CMP) *13において検討が行われており、ブロックチェーンを活用して、秘匿性を担保しつつ、効率的に製品含有化学物質情報の提供を行う仕組みの検討が行われている。こうした仕組みを用い、今後の規制の変化に応じて、自動車に含まれる化学物質の情報を提供するアプローチも検討する余地があろう。

アプローチ3:「安全で持続可能な物質」の使用

第3の方法は、「安全で持続可能な物質」のみを使用していくことである。EUでは、安全で持続可能な設計(Safe and Sustainable by Design、SSbD)の化学物質の基準について検討が進められている。SSbDは、いずれ規制される可能性がある懸念物質とは反対に「将来的に規制される可能性が低い物質」ということができるだろう。SSbDと評価された材料を使用すれば、循環車両パスポートやCMP等を通じた情報伝達の必要性が低くなり、将来的な規制対応コストを削減することができる(SSbDの詳細は、「化学物質と材料の『安全で持続可能な設計(SSbD)』を検討する」(『月刊化学物質管理』2023年8月号)を参照)。

以上、3つのアプローチを紹介したが、別の年代の自動車や他のメーカーの自動車が連続的にまとめて廃車処理されている現状を考えると、アプローチ1、2における再生材の情報伝達・把握は一筋縄ではいかないだろう。この点については、フランスの自動車大手ルノーグループが2022年10月に、循環型経済に特化した新会社(The Future is Neutral)を設立し、自社の使用済自動車から新車を製造する「クローズドループ・リサイクル」の実現を目指して廃棄物管理業者との連携を図っており、こうした取り組みが今後の鍵となるだろう。アプローチ3についても、安全で持続可能と評価される物質が限られる中で、短期間での完全な移行は見込みにくいが、自動車関連メーカーは、EU内でのSSbD基準策定の動きを見極めながら、研究開発を進めていくことが重要と考えられる。

なお、廃プラスチックをプラスチック製品の原料として再利用する「マテリアルリサイクル」にコスト面や品質面の課題がある中で、廃プラスチックを化学的に分解して他の化学物質に転換する「ケミカルリサイクル」の活用も、自動車メーカーが今後、廃車部品を利用するうえでの選択肢の1つとして期待される。

5. おわりに

欧州委員会は、新規則案の実施は「製造段階での長期的なエネルギー節減、輸入原材料への依存度の低下、持続可能な循環型ビジネスモデルの促進*14」につながり、2035年までに540万トンの素材(プラスチック、鋼、アルミニウム、銅など)や、350トンのレアアースの再使用や再利用が見込める*15としている。また、部品・コンポーネント等を取り外しやすくする規定を車両の設計・処理段階で設けることで、価値のある資源が活用されずに破砕されてしまうのを防ぐ効果を期待している。

しかし、使用されるプラスチックの25%以上を再生原料とするという新規則案第6条1の目標は、かなり野心的なものといえる。 その達成に向けた取り組みはいわば壮大な実験であり、日本の自動車メーカー等も今後、欧州委員会による再使用・再利用・再生率の算定・検証方法の設定や循環車両パスポートの整備に向けた動きを注視しつつ、対策を講じていく必要があろう。

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サステナビリティコンサルティング第1部、第2部03-5281-5282

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