
はじめに
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の開示を実施している国内企業が増えている。1回目のTNFD開示を終えた企業の担当者のなかには、「次に何をすればよいのか」という悩みを抱えている方も多いだろう。1回目の開示の次に取り組むべき対応については、以前のコラム(1回目のTNFD開示の次に何をすべきか : みずほリサーチ&テクノロジーズ)で整理したが、その一つとして、「自然への依存・影響の定量評価」が挙げられる。
現状では、ENCOREなどの汎用ツールで重要な依存・影響を特定しているが、その大きさを定量評価するには至っていない企業がほとんどである。今後は、目標や方針の具体化を進めていくために、気候変動分野のScope1,2,3の算定などと同様に、自然資本分野でも定量的な評価が重要になる可能性がある。そこで本稿では、1回目のTNFD開示の次に取り組むべき、依存・影響の定量評価の進め方について整理する。
依存・影響の定量評価のポイント
自然への依存・影響の定量評価は、気候変動分野の定量評価と比べて難しい。まず、自然への依存・影響は多面的である。自然への依存には土砂災害抑制サービスや水供給サービスなど様々な依存の項目が、自然への影響には土地利用変化や汚染、水利用、資源利用などの様々な影響項目があり、基本的にはGHG排出という一面だけ見ればよい気候変動分野とは異なる。
さらに、自然への依存・影響には地域性がある。同じ製品であっても、地域によって生産方法や、生産地域の周辺の自然環境の特徴が異なるため、その依存・影響の大きさやその重要性には地域差がある。例えば、大豆生産量1t当たりの土地利用面積はブラジルと日本では大きな違いがある。また、同じ木材生産に伴う土地利用変化であっても、保全上重要な熱帯雨林の伐採が進むブラジルの森林と、管理不足による森林劣化が進む日本の森林では、伐採に伴う自然や地域社会へのインパクトが異なる。
上記の2つの特徴を踏まえて、自然への依存・影響の評価を進めるには、どうしたらよいだろうか。依存・影響の多面性を考慮して評価するためには、無理に1つの指標で評価しようとするのではなく、土地利用変化は土地利用変化面積、水利用は取水量、汚染は肥料使用量、自然のレクリエーション機能は自然観光の訪問客数など、それぞれの依存・影響の項目ごとに指標を設定して、それぞれ定量化するアプローチが有効だ。複数の影響項目を1つの指標に統合する手法もあるが、算定の不確実性が大きく、項目ごとのほうが目標設定や対応ロードマップの作成につなげやすい*1。TNFDやSBTs for Natureなどのイニシアチブも、開示指標や目標の指標を影響項目ごとに設定しており、それらの指標を参考にして適した指標を検討するとよい。
依存・影響の地域性を踏まえた評価をするためには、できるだけ空間解像度の高いデータを収集して、地域ごとに評価作業を実施することが重要だ。例えば、企業全体としての土地利用変化や水利用の大きさではなく、水ストレスが高い地域Aにある工場での水利用量、森林破壊リスクが高い地域Bにおける土地利用変化面積を評価するとよい。さらに、評価結果をLEAPアプローチにおけるLocateフェーズの結果と照らし合わせれば、どのような自然に対してどの程度の依存・影響を与えているかを地域レベルで把握できる。
依存・影響の定量評価の実施手順
上記のポイントを意識した、依存・影響の定量評価の具体的な手順は、大きく5つのSTEPに分けられる(図表1)。最初に、ENCOREなどの外部ツールを用いた定性評価の結果を参考に、定量評価を実施する依存・影響の項目を選定する(STEP1)。その次に、依存・影響項目ごとに評価に用いる指標を、TNFDの開示指標などを参考にして選定する(STEP2)。選定した指標について一次データまたは二次データを収集して(STEP3)、そのデータを用いて評価結果を出力し(STEP4)、その結果を取りまとめて考察し、対応策の検討に活用する(STEP5)。
図表1 自然への依存・影響の定量評価の進め方
みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
定量評価を実施する企業にとって、最も大きなハードルになるのが、STEP3のデータの収集だ。直接操業であれば、すでに把握している環境データを活用することで対応できる。一方で、サプライチェーン上流における依存・影響の大きさのデータを揃えるのは容易ではない。ただ、現在進んでいるGHG排出量データのサプライヤー間の収集を拡張することで、解決できる可能性がある。GHG排出量の算定の精緻化に向けて、製品の排出原単位情報の一次データのサプライヤー間のやり取りが進んでいるが、その取組を肥料の使用量や水の使用量などのほかの環境データにまで拡張することが有効な方策になる。
一次データの収集が難しい場合には、二次データを活用するのも一案である。GHG排出量の算定時にLCAデータベースを参照しているのと同じように、二次データの活用も可能である。GHG排出量の原単位データのように使いやすいデータベースはないが、外部の研究機関のレポートや学術論文などをから、製品の生産1tあたりの水消費量(ウォーターフットプリント)や、農作物の生産1tあたりの森林破壊面積などの自然への依存・影響に関する原単位データを得ることができ、それをもとに定量評価できる。
定量評価した結果は、対応の優先順位付けに活用できる(STEP5)。例えば、影響の大きい調達物・産業プロセスや、影響の大きい地域を対象に、優先的に影響を低減する取組を進めることが考えられる。また、定量評価の結果を目標設定に活かすことも可能である。「サプライチェーン上流における保全上重要な地域の土地利用面積を〇%削減する」「水ストレスの高い地域での取水量を〇%削減する」といった定量的な目標を掲げれば、対応策のロードマップ作成やその進捗管理がしやすくなる。
終わりに
自然への依存・影響の定量評価は、GHG排出量の算定と比べると、困難な点が多いのは事実である。それでも、参照できる指標やデータセットが揃いつつあり、定量評価を行うのに必要な環境が整い始めている。特定の事業や製品に限定する形であってもよいので、少しずつでも定量評価に着手していけば、ネイチャーポジティブ対応を進める際の基盤となる情報を得ることができ、自然との関係性のマネジメントを高めることができるだろう。
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*1それぞれの影響項目を重みづけすることで1つの単位に統合する手法も存在する。例えば、生物多様性フットプリントの手法であるReCiPe 2016やLC-IMPACTでは、いくつかの影響を統合して、PDF(Potentially Disappeared Fraction of Species)という一つの単位で算定することができる。
ただし、影響の大きさを大まかに把握することには向いているが、算定における不確実性が高く、かつ性質の全く異なる自然への影響を統合した算定結果が出力されるため、具体的な影響低減に向けた目標や対応策の検討に活用するのにはあまり向いていない可能性がある。
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