
*本稿は、『plaplat®』2025年3年21日(発行:長瀬産業㈱)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。
PFAS(有機フッ素化合物)には1万種類以上の物質が存在するとされ、その中にはフッ素樹脂等のプラスチックも含まれます。PFASは撥水性、耐油性、耐熱性といった優れた特性から、食品包装、防汚加工、消火剤、半導体製造、医療用具等幅広い用途で利用されてきました。しかし、極めて分解されにくく、環境中に残留しやすいため「永遠の化学物質(Forever Chemicals)」とも呼ばれ、近年は今後の規制動向に大きな注目が集まっています。本稿では、特にフッ素樹脂の規制動向と代替技術、リサイクルの取り組みなどについて紹介します。
PFAS規制に対象となる、身近なプラスチック樹脂のリサイクルの現状
REACH規則において規制対象として提案されているPFASには、既に規制対象となっている特定PFAS(PFOS、PFOA、PFHxS)だけでなく、現在は規制対象外のフッ素樹脂も含まれています。フッ素樹脂はその耐熱性、耐薬品性、非粘着性、電気絶縁性など、他の樹脂にはない機能を持ち、PTFE*1やPVDF*2等が身近なプラスチックとして広く利用されています。 図1,図2に示すようにさまざまな産業で使用されており、例えば半導体製造装置の部品、5G/6Gの高速通信機器の基板、リチウムイオン電池の電極バインダー(PVDF)、自動車のシール・ガスケット、水の電気分解や燃料電池のイオン交換膜(Nafion™等)、クリーンエネルギー技術を支える重要な役割を担っています。また、フライパンや炊飯器の加工、医療用カテーテル(ePTFE)、自動車の燃料ホースや電線被覆など、日常生活の多岐に渡る製品にも採用されており、必要不可欠と評価されています[1]。
図1 ふっ素樹脂製品の品目別出荷額内訳(2023年)
一般社団法人日本弗素樹脂工業会.「統計資料」,参照_2023.
http://www.jfia.gr.jp/data02.html.http://www.jfia.gr.jp/data03.html
図2 ふっ素樹脂製品の産業別出荷額内訳(2023年)
一般社団法人日本弗素樹脂工業会.「統計資料」,参照_2023.
http://www.jfia.gr.jp/data02.html.http://www.jfia.gr.jp/data03.html
しかし、こうした重要な用途を持つ一方で、環境負荷の面からは、フッ素樹脂に含まれるPFASがその製造過程や廃棄時に問題を引き起こす可能性があるため、今後の規制や管理の対象となる懸念が高まっています。
フッ素樹脂はその高い分子量や安定性から、OECDにおける「低懸念ポリマー(Polymers of Low Concern)」の定義に該当し、使用段階での直接的なリスクは低いとされています。しかし、製造工程での乳化重合にはPFASが加工助剤として使用され、排水や大気への放出の可能性があり、環境や人体への影響が指摘されています。
また、フッ素樹脂製品は使用後の処理も課題です。現状フッ素樹脂はリサイクルが難しく、多くは焼却処分されますが、極めて安定したC-F結合を完全に切断するためには高温焼却が必要です。一般的な都市ごみ焼却炉でも850~1100℃程度の燃焼温度域に達する事は、理論上、分解可能とされています。しかし、不完全燃焼した場合には、微量ながらPFASが副生成する可能性があるとも言われています[3]。
プラスチック業界のPFAS代替素材とは?技術革新による持続可能な未来へ
こうしたPFASとプラスチックの状況を踏まえ、フッ素樹脂業界や関連団体では自主的な対策が進められています。
例えばフッ素樹脂メーカーでは、加工助剤由来の非ポリマーPFAS残留物の環境放出を、最小限に抑える取り組みを具体的に行っています[4]。また、欧州の複数業界団体による共同声明[5]では、フッ素樹脂はその使用段階では安定しており、環境リスクは低いとされています。しかし、製造工程におけるPFAS排出は、厳格に管理し、段階的な改善措置を講じる必要があると強調しています。また、同共同声明では「フッ素ポリマーはクリーンエネルギー移行に不可欠であり、ライフサイクル全体を通じた排出管理を徹底すれば、持続可能な利用は可能だ。」とされ、業界として技術革新と排出削減に取り組む事によって、フッ素樹脂を規制から免除するように働きかけている状況です。
また、PFASに対する規制が進む中、各企業はフッ素樹脂の代替素材やリサイクル技術の開発に積極的に取り組んでいます。
三井化学はPFASを含まない代替樹脂「TPX®」を開発し、電子部品の離型フィルムやケーブル被覆等における代替素材として提案を進めています。TPX®は耐熱性や透明性に優れ、従来のフッ素樹脂に匹敵する機能を持ちながら、環境負荷を低減できると期待されています[6]。
また、三菱ケミカルグループは2023年に、PFASを一切含まない難燃性ポリカーボネート樹脂「XANTAR™ XFシリーズ」を開発しました。これまで、難燃グレードのポリカーボネートでは少量のPTFE添加が用いられるケースがありましたが、XANTAR™ XFでは新規の難燃化技術によって厚み0.6mmでUL94 V-0相当を達成し、電子機器向けのPFASフリー素材として展開されています[7]。
海外でも、フッ素樹脂の代替素材の検討が進んでいます。例えば、リチウムイオン電池におけるPFAS代替技術の研究が進み、従来のPVDFに代わる水溶性バインダーや生体由来・無機系バインダーの利用が検討されています。ただし、現時点では、バインダーや電解液におけるPFAS代替技術は、商業規模での安定供給や最適化が課題となっています。これらの技術を市場に導入するためには、更なる研究と技術革新が求められています[8]。
フッ素樹脂のリサイクル技術と供給リスク
同時に、使用済みフッ素樹脂のリサイクル技術も注目されています。
フッ素樹脂は化学的に非常に安定しているため、機械的リサイクルが難しいとされてきましたが、近年は高温熱分解等によるケミカルリサイクル技術が研究・開発されています。例えば、米国3Mグループの子会社Dyneonは、高温熱分解でPTFEやPFAを分解し、90%以上の収率でモノマーを回収する技術を実証しています[9]。日本国内でも、亜臨界水酸化や光分解を活用した、フッ素樹脂のリサイクル研究が進んでいます [10][11][12]。
フッ素化学品の原料となる蛍石(フッ化カルシウム)は有限な資源であり、中国とメキシコが主要な供給国であることから、将来的な供給リスクが懸念されています。蛍石はフッ素樹脂の他、半導体製造で使用される、高純度フッ酸やリチウムイオン電池の電解質であるLiPF6等の原料としても重要です。欧州では現状、多くのフッ素樹脂が焼却又は埋立処分されており(図3)、蛍石を重要原材料(CRM)に指定して対応策を検討しています[13]。
蛍石の価格高騰や供給不足は、フッ素樹脂の生産や価格に直接影響する可能性があります。そのため、廃棄物からフッ素原料を回収し、循環利用する枠組みを構築する事が持続可能性の観点からも重要です。
図3 欧州におけるフッ素ポリマーの廃棄フロー[13]
Conversio Market & Strategy GmbH (2023) Fluoropolymer waste in Europe 2020,参照
https://fluoropolymers.eu/wp-content/uploads/2023/10/10.-Fluoropolymer-waste-in-Europe-2020-ProK.pdf(PDF/2,010KB)
PFAS規制の影響と今後の方向性
プラスチック条約の議論やPFAS規制は、今後ますます厳格化されると予想されます。
環境汚染や人体への影響が懸念されるPFASの使用削減や、安全な代替素材の開発が一層重要になると考えられます。但し、フッ素樹脂は産業上の有用性が極めて高いため、全面的な禁止は産業全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。2024年11月のEUによる最新のPFAS規制の進捗状況では、当初提案されていた全面禁止や一定の猶予期間を伴う禁止に加えて、適切な管理を条件としてPFASの使用を許可する方向も検討されていると発表されています[14]。
こうした背景から、
①フッ素樹脂の製造時の排出削減・適正管理の取り組みを進める事
②フッ素樹脂使用製品の回収・リサイクル体制を整備し、使用済み材料から資源を循環させる仕組みを構築する事
③フッ素樹脂が必要不可欠ではない用途については、代替技術・素材への転換・技術開発を推進する事が求められます。
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*1PTFE:ポリテトラフルオロエチレン
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*2PVDF:ポリビニリデンフルオライド
参考文献
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[1]Tullo, A. H. (2023). How fluoropolymer makers are trying to hold on to their business. Chemical & Engineering News, 101(8).
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[2]一般社団法人日本弗素樹脂工業会「統計資料」
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[3]US EPA (2024) Interim Guidance on the Destruction and Disposal of PFAS and Materials Containing PFAS
https://www.epa.gov/system/files/documents/2024-04/2024-interim-guidance-on-pfas-destruction-and-disposal.pdf(PDF/2,769KB) -
[4]PlasticsEurope (2023) FPG Manufacturing Programme for European Manufacturing sites
https://fluoropolymers.eu/wp-content/uploads/2023/09/FPG-Manufacturing-Programme-for-European-Manufacturing-sites-Final-September-2023.pdf(PDF/532KB) -
[5]ACEAほか. (2023). Joint statement on the importance of fluoropolymers for the clean energy transition and the EU’s Net Zero Industry.(欧州自動車部品協会ほか14団体による共同声明)
https://www.acea.auto/files/Joint-statement-on-the-importance-of-fluoropolymers-for-the-clean-energy-transition-and-the-EUs-net-zero-industry.pdf(PDF/403KB) -
[6]三井化学ホームページ-TPX
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/special/tpx/pfas/ -
[7]三菱ケミカルグループ (2023). PFASフリーと高難燃性を両立させた高付加価値ポリカーボネート樹脂「XANTAR™ XFシリーズ」を開発(ニュースリリース)
https://www.mcgc.com/news_release/01707.html -
[8]Eleni K. Savvidou et.al (2024) PFAS-Free Energy Storage: Investigating Alternatives for Lithium-Ion Batteries, Environ. Sci. Technol., 58, 50, 21908–21917
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.est.4c06083 -
[9]Chemical Processing. (2015). Fluoropolymer Recycling Plant Features Hima Emergency Shutdown System.
https://www.chemicalprocessing.com/environmental-health-safety/news/11330295/fluoropolymer-recycling-plant-features-hima-emergency-shutdown-system-chemical-processing -
[10]帝京大学 (2022) テフロン™のケミカルリサイクルに成功~フッ素系ポリマーから CaF2 を回収することが可能に~循環型社会構築に向けた技術利用へ期待
https://www.teikyo-u.ac.jp/application/files/3116/6095/7164/news_20220822_01.pdf(PDF/407KB) -
[11]神奈川大学 (2024) 難分解性のフッ素樹脂 FEP を簡単な方法でフッ化物イオンまで完全に分解することに成功
https://www.kanagawa-u.ac.jp/cr_att/0011/28480_98458_010.pdf(PDF/626KB) -
[12]立命館大学 (2024) 難分解性のPFASを可視光で温和に分解する技術の開発 -持続可能なフッ素リサイクルに繋がる成果
https://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=3701 -
[13]Conversio Market & Strategy GmbH (2023) Fluoropolymer waste in Europe 2020
https://fluoropolymers.eu/wp-content/uploads/2023/10/10.-Fluoropolymer-waste-in-Europe-2020-ProK.pdf(PDF/2,010KB) -
[14]ECHA (2024) ECHA and five European countries issue progress update on PFAS restriction
https://echa.europa.eu/-/echa-and-five-european-countries-issue-progress-update-on-pfas-restriction
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