
*本稿は、『plaplat®』2025年7年18日(発行:長瀬産業㈱)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。
欧州委員会は2023年7月、既存の廃自動車指令(ELV指令)と3R型式認証指令を統合し、車両設計段階から資源循環を確保する新たな規則案を公表しました。同案は再生プラスチック25%含有義務や車両循環パスポートの導入を掲げており、サプライチェーン全体に大きな影響を及ぼします。
また、2025年1月と6月には欧州議会案および欧州理事会案が示され、目標値の緩和や段階的適用などが提案されました。
本稿では3案の差異を整理し、企業が今後見据えるべき着地点を考察します。
検討の経緯
欧州では約600万台/年の車両が廃車になりますが、その全てが適切に回収されているわけではありません。いわゆる「行方不明車両(missing vehicles)」が域外流出や不法解体を通じて銅やレアアース磁石などの戦略資源を失わせ、環境汚染を引き起こしていると指摘されています。現行のELV指令(2000/53/EC)*1は2000年に制定され、回収率や有害物質制限を定めてきましたが、電動車の急速な普及と複合材料の増加により限界が露呈しています。
こうした背景を受け、欧州委員会は2020年3月に発表した「新循環経済行動計画(CEAP)」*2で、製品設計段階から循環性を高める規制の導入方針を示し、両指令を統合する改正作業を開始しました。
2023年7月に公表された欧州委員会によるELV規則案*3では、以下の3つを柱としています。
(1)車両に使用されるプラスチックの25%を再生プラスチックとし、さらにその内25%を廃車由来とすること
(2)車両循環パスポートによって解体・リサイクルに必要な情報をデジタル形式で提供すること
(3)拡大生産者責任(EPR)を強化することなど
2025年1月29日に公表された欧州議会改訂案*4では、再生材含有率を20%とし、そのうち15%をELV由来とする緩和案を示しました。あわせて炭素繊維を有害物質管理の枠組みに追加しています。一方、2025年6月17日に欧州理事会は「一般アプローチ(General Approach)」※を採択*5し、再生材比率を15%・20%・25%へと三段階で引き上げる案を提示し、炭素繊維については含有規制の対象とせずに安全な取り外し情報を提供する方向へ軌道修正しました。
※一般的アプローチ(General Approach):法案に対して欧州理事会が加盟国間で政治合意した交渉方針を示す文書であり、理事会としての公式立場を伝えることで、今後の三者協議(トリローグ)での合意形成を容易にするもの。
本稿では主なポイントとして、①再生プラスチックの含有率目標、②含有物質の要求事項、③循環型設計の促進を取り上げて解説していきます。
再生プラスチックの含有率目標
ELV規則案における最も重要な論点は、再生プラスチックの含有目標です。欧州委員会案では、自動車に使用されるプラスチックの最低25%を再生プラスチックとするという、野心的な目標が提案されました。
再生プラスチックの含有率目標は「包装と包装廃棄物に関する規則」にも盛り込まれており、今後は他分野でも再生プラスチックの需要拡大が見込まれるため、安定的なプラスチックの確保が課題となります。
ELV規則案に対するパブリックコメントでは、主に次の3つの意見が寄せられ、議論の焦点となりました。
①プラスチックの定義:エラストマー、熱硬化性樹脂、塗料、接着剤、シーラント剤を含めるかどうか
② 再生プラスチックの定義:バイオ由来プラスチックやケミカルリサイクル由来プラスチックを認めるかどうか
③消費者使用前プラスチック(Pre-consumer plastic waste)を再生材として扱うかどうか
図1に再生プラスチックの含有率目標について、欧州委員会、欧州議会案、欧州理事会案の提案を比較した結果を示しています。欧州議会と欧州理事会はともに欧州委員会案を緩和する方向で検討しているものの、具体的なアプローチには違いがあります。例えば、欧州議会案では消費者使用前プラスチックやバイオベースプラスチックを対象に含める一方で、欧州理事会案では再生プラスチックの目標値を15%から段階的に25%へ引き上げる方針を示しています。
図1 再生プラスチックの含有率目標の比較
(出所)欧州委員会、欧州議会案、欧州理事会案をもとに、みずほリサーチ&テクノロジーズが作成
含有物質の要求事項
図2に含有物質の要求事項について、欧州委員会、欧州議会案、欧州理事会案の提案を比較した結果を示しています。
欧州委員会案は、ELV指令と同様に鉛・水銀・カドミウム・六価クロムの4種類の規制を維持し、附属書で例外を管理する方式を踏襲しています。欧州議会案はこれに炭素繊維を追加する案を示しました。一方、欧州理事会案は炭素繊維を規制の対象には含めず、解体時の分別・回収などの対象とする提案を行っています。この違いにより、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を多用するEVや水素タンク関連部品の扱いが今後の交渉焦点になると考えられます。
また、過去に使用されていた懸念物質(レガシー汚染物質)の扱いにも注目が集まります。現在は使用禁止となっている難燃剤などのプラスチック添加剤が再生プラスチックに含有されている可能性があり、この対応のため欧州議会案では部品の再利用や再生プラスチックは「適用除外」とする案を示しています。
さらに、今後の規制対象となる物質として、欧州委員会案はエコデザイン規則の「懸念物質」の定義を採用していたのに対して、欧州議会案、欧州理事会案はいずれも新たに懸念物質のリストを検討・作成する案となっています。
図2 含有物質の要求事項の比較
(出所)欧州委員会、欧州議会案、欧州理事会案をもとに、みずほリサーチ&テクノロジーズが作成
循環型設計の促進
図3に循環型設計の促進に関する要求事項について、欧州委員会、欧州議会案、欧州理事会案の提案を比較した結果を示しています。
循環型設計を実現するためには、
①各車両(または車両カテゴリー)ごとに循環戦略(Circularity Strategy)を策定し、
②リサイクルを円滑にする観点から、部品へのアクセス性を確保し、安全な取り外し・交換を可能にする構造とすることが求められます。
また、これらの情報は「車両循環パスポート」を通じて廃棄物事業者へデジタル形式で提供され、事業者側は提供情報に基づき特定部品の取り外しを義務づけられます。3者の案を比較すると、循環計画を車両単位で策定するか、車両カテゴリー単位で策定するかの意見が割れており、また部品の取り外し義務に炭素繊維を追加するかが論点となっています。
図3 循環型設計に関する比較
(出所)欧州委員会、欧州議会案、欧州理事会案をもとに、みずほリサーチ&テクノロジーズが作成
今後のスケジュール
2025年6月に欧州理事会が一般的アプローチを採用したことで、ELV改正案は次に欧州議会の第1読会へ送付される予定です。現行のタイムラインでは、議会は2025年9月に修正案を採択し、その後に三者協議(トリローグ)が開始される見通しです。
直近のFit-for-55関連規則(例:改正EU ETS、炭素国境調整メカニズム(CBAM)、再生可能エネルギー指令改正(RED III )は、欧州理事会案が交渉の「下限」、欧州議会案が「上限」となっています。例えば、RED IIIの場合には、EU全体の最終エネルギー消費ベースのエネルギーミックスに占める再エネ比率は、欧州議会45%、欧州理事会40%が提案され、最終的に42.5%で合意*6されています。ELV規則案についても、最終合意は両者の中間で落ち着く可能性が考えられます。
参考文献
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*1EU (2000)Directive 2000/53/EC of the European Parliament and of the Council of 18 September 2000 on end-of life vehicles - Commission Statements
https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2000/53/oj/eng -
*2EU (2020)COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS A new Circular Economy Action Plan For a cleaner and more competitive Europe (COM(2020)98 final)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex:52020DC0098 -
*3EC (2023)Proposal for a REGULATION OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on circularity requirements for vehicle design and on management of end-of-life vehicles, amending Regulations (EU)2018/858 and 2019/1020 and repealing Directives 2000/53/EC and 2005/64/EC(COM(2023)451 final)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=celex:52023PC0451 -
*4EP (2025)DRAFT REPORT on the proposal for a regulation of the European Parliament and of the Council on circularity requirements for vehicle design and on management of end-oflife vehicles, amending Regulations (EU)2018/858 and 2019/1020 and repealing Directives 2000/53/EC and 2005/64/EC (COM(2023)0451 – C9-0308/2023 – 2023/0284(COD)
https://www.europarl.europa.eu/meetdocs/2024_2029/plmrep/COMMITTEES/CJ45/PR/2025/02-17/1313745EN.pdf(PDF/506KB) -
*5Council of the EU (2025)General Approach” ST-10092/2025 (2025-06-11)
https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-10092-2025-INIT/en/pdf(PDF/1,245KB) -
*6Council of the EU (2023)Revision of the Renewable Energy Directive (RED III)– final compromise
https://energy.ec.europa.eu/topics/renewable-energy/renewable-energy-directive-targets-and-rules_en
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