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住宅のサブスク化による新たなビジネスモデル

2020年1月14日 経営・ITコンサルティング部 紀伊 智顕

はじめに

近年、IoTやAI、ビッグデータ、ブロックチェーンなどデジタルテクノロジーを用いて新しいビジネスを立ち上げる部署を設置した会社が増えているが、任命された担当者は何をどうやって始めるのか頭を悩ませていることが多いのではないだろうか。

しかし、身の回りに目を向けてみると、従来は所有することが普通だった洋服や車などモノのサービス化*1が加速しており、今後は、住宅分野においてもデジタルテクノロジーを用いた新たなビジネスモデルがいくつも立ち上がってくると予想されている。

「住む」の再定義による新たな住宅サービス

「住む」を簡単に。スマホ完結賃貸
敷金礼金・仲介手数料なし、水光熱費・Wi-Fiは全部コミコミ、選べる家具家電

上記は、インドのホテル運営会社OYOが2019年3月にスタートした賃貸サービスの「OYO LIFE」の謳い文句である。WEBからホテル予約のような簡潔さで検索ができ、契約もオンライン上で完結する。さらに、敷金・礼金、仲介手数料などの初期費用は無料、水道光熱費とWi-Fi利用料も家賃・共益費に含まれており、家具・家電付き物件も選べる。また、従来は数カ月かかっていた賃料の設定について、ビッグデータの分析により5日以内に短縮することが可能となったほか、ユーザーに好まれるインテリアデザインの予測を行うなど、デジタルテクノロジーを活用することにより、UI/UXの強化による付加価値向上と業務効率化を同時に達成している。

家具付きのサービスアパートメントやマンスリーマンションはこれまでも存在していたが、主に外国から日本に赴任した駐在員、単身赴任者や長期出張者がターゲットになっており、通常の賃貸と同じく、不動産会社への問い合わせ、申込書への記入に加えて、家具や家電が備え付けてあることから、保証人や入居費用の前払いが必要など、誰もが気軽に利用できるものではなかった。

一方、OYO LIFEは、スマートフォン1つで全ての手続きが完了し、最短で翌日から入居が可能である。水道・電気・ガス・Wi-Fiの契約は不要であり、家具・家電付き物件であれば、食器類、寝具、洗濯機、電子レンジ、冷蔵庫、掃除機、ローテーブル、カーテンなどを完備しており、利用者は、出張や旅行のように着替えなど身の回りの品を持ち運ぶだけで引っ越しが完了する。

同じマンションの賃貸条件を比較すると、月々の支払いはOYO LIFEの方が約2~3万円高くなっている。ただし、OYO LIFEの賃料には光熱費約1万円、ポケットWi-Fi利用料約4,000円が含まれており、主要な家具や家電も設置済みで無料で使えることから、購入費用、あるいは引っ越し費用を削減することができる。

さらに、同サービスでは、住むだけではなく、暮らしに紐づいたさまざまなサブスクリプションサービス*2を、気軽に利用できる料金体系(初月は無料・1,000円など)で提供している。面白いと感じたのは、国内のギャラリーが厳選した絵画や写真先品などのアートを月々4,800円から気軽にレンタルできる「clubFm」。1カ月間じっくりとアートのある暮らしを体感した後、気に入れば購入でき、気分を変えたければ別の作品に交換できる。配送料や設置器具費用もすべて含まれているうえ、希望者には部屋の雰囲気にあった作品を無料で選定してくれるコンシェルジュサービスもある。

今まで日本の現代アート市場は、富裕層や海外居住経験者、一部の愛好家にとどまっており、海外と比べても極めて小さかったが、こうしたサービスにより多くの人が気軽にアートを体験できるようになり、貸出や購入回数などのさまざまなデータから作品や作家の人気ランキングなどが作成され、それがまた話題となってさらに利用者や購入者が増えるなど、市場拡大に寄与することも期待される。


左右スクロールで表全体を閲覧できます

同一物件によるOYO LIFEと大手賃貸サービスでの賃貸条件の違い
物件名
(最寄り駅)
間取り
専有面積
OYO LIFE 大手賃貸サービス
賃料+共益費 初期費用 保証料 賃料+共益費 初期費用 保証料
賃貸マンションA
(東武練馬駅)
1K
25.51m2
111,000円 なし なし 88,500円 80,500円 初回24,000円
年10,000円
賃貸マンションB
(西横浜駅)
1K
15.83m2
87,000円 なし なし 54,000円 36,000円 初回20,000円
年6,000円

出所:OYO LIFEおよび不動産情報サイトを参照し、筆者試算(2019年12月6日)

モノのサービス化の流れが住宅に波及した場合のライフスタイルとは

若年層を中心にクルマや衣服などリアルなモノのサービス化が加速しているが、さらに住宅でもニーズに合わせて気軽に住み替える流れが大きくなれば、家具や家電もわざわざ購入するのではなくあらかじめ住宅に設置されたものを使う、あるいは好みに合わせてレンタルするようになるだろう。

一人暮らしの若者であれば、普段は学校や職場に近い住宅に住みつつ、気分転換を図りたい時は同じ趣味の人が集まるシェアハウスに帰り、週末は友人達と郊外の別荘に遊びに行く、という生活がスマートフォン1つで気軽に予約・利用できるようになる。

こうした住宅のサブスク化*3において、デジタルテクノロジーはどのような役割を果たすのだろうか。

たとえば、ベッドにはセンサーが備え付けられており、睡眠時間や眠りの深さなどを測定し、アプリ等を通じて健康に関するアドバイスを受けられる。衣服にはRFIDが装着されており、クローゼットに設置されたアンテナから在庫を把握し、スケジュール(仕事や会食等)や天気、流行などを勘案した着こなしが提案されるだろう。また、ペット好きが集まるシェアハウスでは、犬や猫の首輪にセンサーが装着されており、体温や心拍、散歩の時間や距離などから適切な体調管理が行われ、いつも元気なペットと一緒な時間を過ごせる。

郊外の別荘に行く移動手段は、人数や好みに合わせて移動手段が提案されるが、カーシェアならスマートフォンのICチップが鍵となり、公共交通機関であればデジタルチケットが配信され、スムーズな移動が可能となる。バーベキューの食材や飲み物もあらかじめ冷蔵庫に届けられており、画像認識やRFID等の自動認識技術により、使った分だけ課金される。掃除や防犯はロボットが担当し、清潔かつ安全な環境が提供される、といったような暮らしが考えられる


モノのサービス化の流れが住宅に波及した場合のライフスタイルのイメージ
図1

住宅のサブスク化による新たなビジネスモデル

従来の売り切り販売モデルでは、自動車であればディーラー、家電であれば地域販売店や家電量販店など小売店が販売チャネルの中心となっているため、メーカーがユーザーから直接データを取得することは、技術的には可能でも中抜きにされる小売店側には抵抗感があった。また、ユーザーにとっても自分が所有権を持つ製品からデータを提供することは、それに見合うメリットを得られなければ必然性は感じられず、自動車や家電をインターネットに常時接続して提供するサービスは、本田技研工業が提供しているインターナビ「リンクアップフリー」*4など一部を除き、あまり広がっていなかった。

一方、サブスクリプションモデルでは、製品の所有権はサービス提供側にあるため、課金に必要な利用状況や盗難防止のための位置等のデータ提供については、プライバシー保護への配慮などセキュアな情報管理が行われることが大前提ではあるが、ユーザーも事前承認のうえサービスを利用している。

サブスク化された住宅に設置されたさまざまなIoTセンサーから集められたデータは、情報銀行など改ざんが困難なブロックチェーンに格納される。また、収集されたデータはサービス提供のためだけではなく、プライバシーに配慮して匿名化・統計化された状態でプラットフォーマーからメーカーやサービス提供者にフィードバックされ、売り切り販売モデルでは困難だった利用者属性、稼働状況等の把握が可能となり、新たな製品・サービスの開発に有効に活用される。その結果、ユーザーはより魅力的な製品・サービスを安価に利用できるなど、エコシステムが形成される可能性がある。

しかし、住宅のサブスク化による新たなビジネスモデルは、1つの企業が全てを担うことは困難である。顧客接点を握りサービス提供窓口を担うプラットフォーマー、不動産業者、サブスクリプション・MaaSなどのサービス提供者、製品を作るメーカー、製品を提供するリース事業者、IoTセンサーから収集されたデータ等を取り扱う情報銀行など、提供するサービスの形態・内容・地域等に合わせてコンソーシアムを形成し、共同でサービスを提供するものが主流となる。

そのため、この新しいマーケットを開拓するためには、自社の強みを踏まえつつパートナー企業と連携し、
・申込みから利用まで、手続きや運用は全てスマホ・PCでワンストップ
・すぐに使える
・オープンな料金体系
・魅力的な付加サービス
といった、ユーザーにこれまでにない「住体験」を提供することが重要となるであろう。

  1. *1製造業が作りだす「モノ」に「サービス」の概念を付加すること。課金形態は、「モノの販売による代金の一括回収」に代わり、「利用度に応じて回収」する。代表的な例は、カーシェアリング。
  2. *2モノや機能の利用権を定額で一定期間購入するサービス。
  3. *3住宅をモノとして購入するのではなく、定額を支払い一定期間利用すること。定額全国約25拠点住み放題「ADDress」、定額で世界中約200拠点住み放題「HafH」などのサービスが登場している。
  4. *4通信機能付きカーナビゲーションシステム「インターナビ」の通信費を本田技研工業が負担し、膨大な走行情報を収集、ユーザーは走行情報の分析結果を用いたより早く正確に着くルート案内や交通情報、防災・気象情報を無料で取得できるなど、Win-Winの関係を実現。
    https://www.honda.co.jp/internavi/linkupfree/

紀伊 智顕(きい ともあき)
みずほ情報総研 経営・ITコンサルティング部 シニアコンサルタント

RFID、ITS(高度道路交通システム)、スマートコミュニティなど、IoT、AI、ビッグーデータ関連の調査・コンサルティング、実証実験・PoC実施支援に携わる。2016年8月よりみずほフィナンシャルグループ デジタルイノベーション部 シニアデジタルストラテジストを兼任、Fintech分野(クラウドファンディング、ブロックチェーン等)の新規事業検討・開発を担当。

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