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竹田町商店街振興組合のケースから考察する

越境学習者を受け入れる地域の「学び」

2023年3月24日 社会政策コンサルティング部 渡邉 武瑠

越境学習者を受け入れる側の「学び」という視点

近年、人材育成における越境学習*1の重要性が提唱される中で、当社では、リアルな地域課題の解決にビジネスの力で挑む越境体験を通して、次世代リーダー育成を目指す人材開発研修「越境リーダーズキャンプ」を2021年度から実施している*2

筆者は、本プログラムの運営メンバーとして、研修フィールドとなった地域の協力者との調整を担当した。この経験を通じて、越境学習者を受け入れる地域関係者は、研修への協力を通して、具体的な提案やアイデアはもとより、どのような「学び」を得られるのかという問題意識を抱いた。「受講者の学び」については当社レポート*3においても整理しているが、「受講者を受け入れる側の学び」については、十分な先行研究が存在していないため、事例観察を通じて今後の論点を提起する必要があると考える。

本稿では、研修フィールドの1つである大分県竹田市において商店街振興組合の副理事長を務める河野洋史氏の「学び」について、プログラム開始当初、実施中、終了後の各プロセスを追うことで整理したい。

竹田町商店街振興組合の置かれていた状況

竹田市生まれの河野氏は、専門学校を卒業後、福岡県内で働いていたが、家業であるホテルつちやの経営を手伝うために帰郷し、竹田町商店街振興組合に加入した。当時、同組合では青年部立ち上げの動きが進展中であり、河野氏はリーダーとして商店街の若手メンバーの連携を強化していくことが求められていた。変革を求める河野氏らと、現状維持の振興組合の役員陣とは、議論が白熱する場面も多々あったという。

しかし、2022年に転機が訪れる。竹田町商店街振興組合の副理事長に河野氏が就任したのである。この時、役員陣全体が40~50代を中心とする層に代替わりしたことで、商店街の変革に向けた機運が高まっていった。当社が運営する越境リーダーズキャンプへの協力依頼を受けたのは、まさにそのような状況下であり、持続的な経営、域外誘客の強化などの課題を抱える商店街の変革に向けた動きの促進にもつながるという期待の下で受け入れを決めたという。

受講者に対する意識の変化

まず、プログラム開始当初における学びは、「大企業出身の受講者と受け入れる地域住民」という枠組みを超えて、「個人対個人」の関係性の中で受講者と関わることが、双方にとってより有意義な議論を生むという気づきであったという。

都市部の大企業人材が竹田市の課題に取り組んでくれることに期待を抱いていた河野氏は、地域への理解を深めてもらうために、自身のライフストーリーを語ったり、地域の切実な課題について議論を行ったりと、積極的に受講者と交流を深めていた。受講者とのやり取りの過程では、「地域住民以上の熱意をもって、個人としてのこれまでのバックグラウンドや問題意識も活かしながらプランを検討してくれており、感動した」というコメントを寄せている。

このような様子や発言内容から、当初は大企業人材という「属性」に着目していたものの、プログラムを通して、受講者各人のパーソナリティに触れ、個人として向き合う中で、受講者達の当事者意識や課題解決に挑む熱意を感じ取っていったと考えられる。

変化を経て享受した「学び」①:「外部の視点」から自身や地域を見つめ直す

次に、プログラム実施中における学びとして、「外部の視点」から自身や地域を見つめ直すことの重要性の再認識が挙げられる。一例として、地域外への情報発信についてはすでに取り組んでいると認識していたものの、受講者からの提案により、十分にカバーできていない領域があることに気づくことができたという。一度竹田市の外に出て、帰郷後には地域の未来に対する危機意識を抱いたように、Uターン人材ならではの視点を有していた河野氏でさえも、地域に定着する中で、商店街や地域の中での「当たり前」を自然と受容するようになっていた側面があったという。今回、全くの「よそ者」である受講者の視点から、地域の中で見落とされていた課題をキャッチして提案を行ったことが、改めて自身の認識や地域を見つめ直すことの契機になったと考えられる。

なお、この外部の視点の重要性は、前述した個人対個人の関係構築があってこそ再認識できたものと考える。

変化を経て享受した「学び」②:地域の中での「立ち位置」や「ミッション」が鮮明に

最後に、プログラム終了後の学びとして、地域の中での立ち位置やミッションへの理解の深まりがある。受講者からの提案内容を受けて、新たな取り組みに着手したいという意欲がありながらも、人的リソースの制約から実行を躊躇する商店主もいたという。他方、河野氏においては、本プログラムの受け入れを通して得られた学びを自身の中で落とし込むことに加えて、それらを地域の仲間と分かち合い、さらには行動へとつなげていくことが、次なる課題であると認識されたという。本プログラムへの協力が、商店街の変革を担う自身の「立ち位置」や、域外の協力者と商店街とのつなぎ目となって課題解決に挑んでいくという今後の「ミッション」についてより鮮明に理解し、覚悟を深める契機になったのではないだろうか。

本稿はあくまでも一事例の観察に過ぎないが、越境学習者を受け入れる側の「学び」を捉える枠組みは、今後の新たな課題であると考えられ、筆者自身もそのような視点も大切にしながら今後の事業開発に携わっていきたい。

  1. *1次世代リーダー育成プログラム「越境リーダーズキャンプ」においては、法政大学の石山恒貴教授による「自らが準拠する状況(ホーム)とその他の状況(アウェイ)の境を行き来し、ホームとは異なる多様な知識や情報を統合する能力を獲得する学び」という定義を参考にしている。
  2. *2大企業アルムナイと連携した法人向け研修プログラム「越境リーダーズキャンプ」モデル実証を開始(2021.12.1)
    法人向け次世代リーダー育成プログラム「越境リーダーズキャンプ」本格スタート(2022.9.27)
  3. *3越境学習は、今後の次世代リーダー育成に何をもたらすのか ―当社人材開発事業『越境リーダーズキャンプ』モデル実証から考察する―(みずほリサーチ&テクノロジーズ コンサルティングレポート vol.3)
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