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技術動向レポート

次世代・革新型蓄電池技術の現状と課題

蓄電池技術はどこに向かうのか?(6/6)

サイエンスソリューション部 チーフコンサルタント 茂木 春樹
グローバルイノベーション&エネルギー部 コンサルタント 佐藤 貴文
環境エネルギー第1部 チーフコンサルタント 吉田 郁哉

4.次世代・革新型蓄電池の実用化にあたっての技術的課題

ここまで述べてきたように、いずれの次世代・革新型蓄電池も、ポストリチウムイオン電池として主役となりうるポテンシャルは有しているものの、すぐに代替として期待できるレベルには至っていないと考えられる。本節では、それぞれの蓄電池が有する個別の技術課題ではなく、蓄電池が実用化されるときに解決されるべき共通の技術的課題について考察した。

新たな蓄電池が実用化されるために解決が必要な技術的課題を考察するために、蓄電池が実用化されるまでに必要な開発プロセスの概念図を図表8に示す。図表8より、次世代・革新型蓄電池が実用化されるためには(1)量産技術開発、(2)蓄電池の監視・制御技術開発、(3)計測・解析技術開発、の3つの技術的課題が存在するものと考えられる。以下にそれぞれの課題について、リチウムイオン電池を例に挙げながら解説する。

(1)量産技術開発

新たな技術を実用化し広く普及させるためには、高い信頼性をもちつつ、可能な限り安価に大量生産を可能とする技術が必要となる。蓄電池もこの例外ではないが、量産技術には制約が多いため、試作段階から量産技術を意識した開発が必要となる。リチウムイオン電池は現在広く普及しているが、その歴史は、1979年のGoodenough博士(2019年、吉野彰氏とともにノーベル化学賞を受賞。当時は、東大から留学していた水島公一氏も共同研究。)らの正極材料としてのリチウム系酸化物の発見、その後の吉野彰氏のリチウムイオン電池の原型の完成まで遡る。しかし、普及へのブレークスルーは、1991年にソニー株式会社の西美緒氏ら(当時)によって成し遂げられた製品化によるものと言っていいだろう。ソニーにおける開発には多くの苦労を要しており、有機電解液を用いた蓄電池すら存在しなかった時代、多くの試行錯誤を繰り返したという。すなわち、新たな蓄電池が広く普及するためのブレークスルーは、実験室の研究成果でポテンシャルを見出すことだけでなく、その後の量産化の道筋が見えて初めて成り立つといえる。

(2)蓄電池の監視・制御技術開発

蓄電池は電気を充放電する機能を担う以上、外部回路からの要請に対しては常に「受け身」の状態である。蓄電池を適切に活用しないと安全性が著しく損なわれることは、リチウムイオン電池において周知の事実である(22)。安全性が高いと言われている蓄電池でも、適切な使用条件は必ず存在するため、蓄電池の状態を監視し、適切な使用条件の範囲で運用する必要があるだろう。また、蓄電池の性能を長期間に渡って維持する観点からも、適切な充放電の制御は重要である。

蓄電池を適切に制御するためには、蓄電池の状態を監視する必要があり、これら状態監視と制御を担うシステムをバッテリマネジメントシステムと呼ぶ。蓄電池の状態監視は、即時性(リアルタイム性)のある計測技術と内部の作動原理に基づいた状態推定技術の2つが必要であるため、新しい蓄電池にはその特性や作動原理に応じたバッテリマネジメントシステムの開発が用途毎に必要となる。たとえば、リチウムイオン電池のバッテリマネジメントシステムでは、用途に応じて必要とされる技術水準が異なるだけでなく、蓄電池の構成材料によっても適用される監視・制御技術が異なる。同じリチウムイオン電池でも、中身が異なると共通のバッテリマネジメントシステムを適用できないことからも、蓄電池の素性に応じた監視・制御技術の必要性がわかるだろう。

(3)計測・解析技術開発

蓄電池の開発において、試行錯誤にかかる負荷は大きな課題のひとつである。図表8に示す通り、要求仕様や開発目標を満たす新たな蓄電池の開発では、まず研究室レベルで試作し、性能や特性を試験によって評価することが必要となる。性能を評価した後、性能発現や劣化の要因を分析し、改良方針を定め、再度試作と評価を行うという試行錯誤を繰り返すことになる。このとき、試験では劣化特性のように評価が完了するまでに長い時間(23)を要するものもあるため、開発にかかる負荷が大きいことは想像に難くないだろう。これらは、蓄電池の性能発現メカニズムや劣化メカニズムが完全には解明できていないことが一因である。蓄電池の開発指針となるメカニズムを解明するためには、計測技術やシミュレーションなどの解析技術の開発、実証が必要であり、実用的な計測技術や解析技術が開発されれば、蓄電池開発における試行錯誤の負荷を軽減することが期待される。


図表8 新たな蓄電技術実用化に向けた開発プロセスの概念図
図表8

  1. (資料)みずほ情報総研作成

最後に、技術が関係する課題について、もうひとつ言及しておきたい。次世代・革新型蓄電池の実用化に向けた共通の課題として量産技術やシステム技術を挙げたが、新しい蓄電池技術の実用化にあたっては、ユーザーや社会的、制度的な課題も重要な因子であることは言うまでもないだろう。蓄電池の技術進展にあわせて、そのようなユーザー側の課題と各蓄電池技術の特長とのマッチングについて分析を行うことは、技術開発の方針を決める上でも今後いっそう重要となっていくものと考えられる。

5.おわりに

今後どの蓄電池がポストリチウムイオン電池になるのか、あるいは現在のリチウムイオン電池の発展系が主役になり続けるのか、現時点で断定することは難しい。いままでの蓄電池をみても、広く普及しているタイプは数種類しかないことも事実であることから、基礎研究段階から量産化段階にステップを進めることは極めて難しく、これこそが生き残る必須条件であることは確かである。リチウムイオン電池やNAS電池をはじめとして、蓄電池は我が国が得意とする技術分野でもあることから、今後いっそうの技術開発が期待される。

なお、本稿では紙面の都合上、取り上げることができなかった蓄電池もある。それらの蓄電池にも一長一短あり、用途毎の要求仕様にあわせて実用化に向けた研究開発が進んでいくだろう。今後も当社では、蓄電池技術とその適用先に関する技術動向について情報整理、分析を継続するとともに、当社の特色でもある解析技術を駆使した蓄電池の研究開発支援(24),(25)を通じて、少しでも我が国の蓄電池関連産業の一助となることができれば幸いである。

  1. (1)充放電可能な電池を示す技術用語としては〝二次電池〟も用いられるが、本稿では〝蓄電池〟で統一して述べる。なお、一般的には〝充電池〟と呼ばれることもある。
  2. (2)街や地域など特定の範囲において、電力をはじめとしたエネルギーを有効活用する社会システムのこと。近年では、交通システムも含めた検討が行われている。
  3. (3)蓄電池の容量1kWhあたりで、走行可能な距離。エンジン車の燃費と同様で、値が大きい程効率が高い。なお、海外では100kmまたは100マイルを走行する際に必要な容量で表される。
  4. (4)蓄電池の最小単位。単電池と表現される場合もある。
  5. (5)DOE Fuel Economy
  6. (6)NEDO技術戦略研究センターTSC Foresight, vol.20, 2017年7月「電力貯蔵分野の技術戦略策定に向けて」
  7. (7)National Technology & Engineering Sciences of Sandia, LLC, DOE Global Energy Storage Database
  8. (8)「NAS」は日本ガイシ株式会社の登録商標です
  9. (9)単一の蓄電池についての技術動向把握が目的であるため今回の分析では除外したが、複数の蓄電池を組み合わせたシステムを否定するものではないことに注意されたい。特性が異なる蓄電池を複数組み合わせたシステムでは、互いに苦手な部分を補うことができる点などにメリットがある。
  10. (10)小久見善八ら監修「図解 革新型蓄電池のすべて」オーム社、2011年
  11. (11)「高電圧・高安全性蓄電池を実現するフッ素系電解液」ダイキン工業、関西大学、(NEDOプレス発表資料)2010年。ただし、ガソリンの熱量のうち実際の動力に利用できるエネルギー効率は一般に50%以下であることに注意(蓄電池から電力を取り出す際のエネルギー効率は90%以上)。
  12. (12)(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構、「EV電池および電池材料(Ni, Co, Li)の市場動向 ―BatteryMaterials 2019 参加報告―」
  13. (13)Y. Kato, S. Hori, T. Saito, K. Suzuki, M. Hirayama, A. Mitsui, M. Yonemura, H. Iba, R. Kanno, Highpower all-solid-state batteries using sulfide superionic conductors, Nature Energy, 1, 16030(2016)
  14. (14)N. Ohta, K. Takada, I. Sakaguchi, L. Zhang, R.Ma, K. Fukuda, M. Osada, T. Sasaki, LiNbO3-coated LiCoO2 as cathode material for all solidstate lithium secondary batteries, Electrochem. Commun., 9, 1486 (2007)
  15. (15)数十MPa(数百気圧)以上の加圧拘束を必要とする場合もある。
  16. (16)(独)製品評価技術基盤機構、「5年で2倍以上に!リチウムイオンバッテリー搭載製品の事故―モバイルバッテリーは購入時にPSE マークを確認しましょう―」
  17. (17)Y. Yamada, K. Usui, K. Sodeyama, S. Ko, Y.Tateyama, A. Yamada, Hydrate-melt electrolytes for high-energy-density aqueous batteries, Nature Energy, 1, 16129 (2016)
  18. (18)J. Wang, Y. Yamada, K. Sodeyama, E. Watanabe, K.Takada, Y. Tateyama, A. Yamada, Fire-extinguishing organic electrolytes for safe batteries, Nature Energy,3, 22 (2018).
  19. (19)C. X. Zu, H. Li, Thermodynamic analysis on energy densities of batteries, Energy Environ. Sci., 4, 2614(2011).
  20. (20)金属が樹状に析出する現象。電池内部で発生すると内部短絡などの問題を引き起こす。
  21. (21)水素の酸化還元反応の電位を基準とし、反応物の活量が1のときの酸化還元電位。電池電圧の理論値を算出する際などに用いる。
  22. (22)(独)製品評価技術基盤機構、「急増!ノートパソコン、モバイルバッテリー、スマホの事故―リコール製品や誤った使い方に注意しましょう―」
  23. (23)たとえば、蓄電池のサイクル劣化試験では数100~数1000回の充放電試験を行う。充電と放電にそれぞれ1時間かけるとしても、数1000時間(数ヵ月)程度の時間が必要となる。期間短縮のために、高温状態での加速劣化試験なども行われるが、実際の劣化挙動と異なる場合があるなどの課題もある。
  24. (24)茂木春樹,高山務,米田雅一,電池開発現場での活用を目指した二次電池シミュレーション技術開発(1),みずほ情報総研技報,8,15(2016).
  25. (25)茂木春樹,仮屋夏樹,高山務,米田雅一,電池開発現場での活用を目指した二次電池シミュレーション技術開発(2),みずほ情報総研技報,10,22(2019).
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